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新地町被災者から届いた一通の手紙
青山貞一・池田こみち・鷹取敦
掲載月日:2012年12月16日
 
独立系メディア E−wave Tokyo
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宮城/岩手被災復旧復興調査
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福島県新地町被災者から届いた一通の手紙
宮城/岩手仮設焼却実態調査報告はこちら!

 2011年9月17日から19日に行った私達の第四次被災地復旧・復興現地調査で訪問した福島県新地町の被災者夫妻から一通の手紙が手元に到着しました。

 第四次現地調査時のインタビュー内容は以下にあります。

◆2011年9月20日 福島県新地町 被災者インタビュー(1)
◆2011年9月20日 福島県新地町 被災者インタビュー(2)

 福島県新地町は、福島県最北部の沿岸域にあり、3.11の巨大津波により小さな自治体だが116名の犠牲者を出し516世帯が家屋を失っています。


福島県新地町の位置
出典:マピオン

←新地町




















 インタビューに応じていただいた夫妻は、永年、新地町にお住まいの方であり、当日は雨天にもかかわらず、車で新地町の被災地をくまなくご案内いただきました。

 青山貞一は、この夏(2012年8月〜9月)、3回、福島県南相馬市で開催された再生可能エネルギー推進ビジョン有識者会議に出席するため東京から仙台経由で南相馬市にでかけました。

 手紙にもあるように南相馬市に行く南ルートは常磐線が破壊、寸断され、同時に原発事故により警戒区域に指定されているため近づけず、東京から片道6時間以上かかりました。

 東北新幹線のはやてで仙台到着後は、常磐線で宮城県亘理まで行き、その後、福島県相馬までは常磐線が不通のため、JRの代行バスを使います。

 その途中に新地町があります。南相馬に行くたびに新地町の復旧、復興はどうなったかなと思案していました。青山は会議に参加するたびに、同僚の池田こみちさん、鷹取敦さんに、現在、代行バスで新地町のバス停にいることをメールしていました。

 私達の被災者インタビュー調査から早1年3ヶ月、福島県新地町は、手紙にあるように、町民が一丸となって復旧、復興に尽力され、3.11被災地にあって最も早い時期に津波地域の具体的復興に着手することができたとあります。

 福島県新地町がいち早く復旧、復興され、新鮮な魚類を各地に配送してくれることを祈念します。



以下は福島県新地町における主な住居の再建事業地図である。




以下は、2011年9月雨天の中、新地町の被災地を夫妻に
案内いただいたときに撮影した動画です。


夫妻のご自宅に向かう途中の新地町沿岸部(海から200m)
 動画撮影:青山貞一 2011年9月19日

以下は、2011年9月の現地調査時に新地町の仮設店舗前で撮影した写真。


福島県新地町の仮設店舗の前にて  撮影:青山貞一 2011年9月19日


福島県新地町の仮設店舗にて 撮影:鷹取敦 2011年9月19日