2018年・東日本大震災・津波 復旧実態調査(宮城県南部編) 山元町沿岸2 青山貞一・池田こみち 環境総合研究所顧問 掲載月日:2019年5月20日 2020年3月11日第2次公開 独立系メディア E-wave Tokyo 無断転載禁 |
<総合メニューへ> 調査の内容と方法 基本データ 山元町1 山元町2 亘理町1 亘理町2 亘理町3 亘理町4 亘理町5 岩沼市1 岩沼市2 ◆宮城県山元町沿岸2 出典:東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会配付資料 ◆宮城県山元町沿岸2 宮城・岩手県の東日本大震災・津波・原発事故事後調査では、東京駅から新幹線で古川駅まで行き、古川駅でレンタカーを借りた後、宮城県南端の山元町の太平洋沿岸に向かった。 下の写真は古川駅前で撮影したものだが、古川は現在大崎市となっている。古川といえば、大正デモクラシーの吉野作造の故郷である。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 以下は古川駅近くで測定した空間放射線量です。0.10μSv/hとなっていた。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 以下は山元町に高速道路で行く途中の写真である。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 山元町の沿岸には、下の写真の「東日本大震災 鎮魂・伝承・希望之碑」があった。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 以下は 礎(いしじ) として刻まれた津波犠牲者の氏名である。よく見ると、いずれも高齢者福祉施設の女性犠牲者が多いことが分かる。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 なお、山元町の人的被害及び家屋被害は以下の通りである。 人的被害数 死者 637人(遺体未発見の死亡届17人および震災関連死20人を含む) ※町内での遺体発見数680人 行方不明者 0人(死亡届提出17人を除く) 重傷者 9人(救急搬送分) 軽症者 81人(救急搬送分) 家屋の被害(平成25年5月24日現在) 全壊 2,217棟(うち流出1,013棟) 大規模半壊 534棟 半 壊 551棟 一 部 損 壊 1,138棟 以下は、亘理農業改良普及センター調べによる農地、農業関連被害です。 ・山元町農地関連被災状況 農地浸水面積1,595ha(耕地面積2,050ha) 楊排水機場被災箇所39か所 被災いちご農家戸数126戸(震災前129戸) ◆山元町沿岸域に設置された堤防 まず最初に沿岸に新たにつくられた堤防を視察した。沿岸域は広範にわたり住宅などの立地規制がされており、その最前線に堤防があった。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 下の写真は堤防の頂上に池田がおり、その外側海側に太平洋が写っている。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 山元町の上記の堤防は、先に示した第一線堤の堤防である。この堤防は山元町から亘理町、岩沼市までは、ほぼ同じ構造の防潮堤が設置されていることが確認された。 出典:東北地方整備局 仙台河川国道事務所 宮城県土木部 ※記者発表資料(PDF) 仙台湾南部海岸堤防が完成し、津波防災・減災対策が大きく前進 ◆山元町沿岸域に設置された避難丘 陸側一帯は、花釜避難丘公園となっていた。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 下は花釜避難丘公園の避難丘である。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 下は花釜避難丘公園の避難丘だが、宮城県の沿岸域には、このような避難丘公園が各自治体ごとにひとづつあった。高さは9m(TP9m)である。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 下は公園内にある公衆トイレである。 下は避難丘の最上段から沿岸域を撮影したものである。遠くに海が見ある。この避難丘より海側には住宅は一切見えない(ない)。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 一方、山側を見ると、以下の写真のように、遠くに住宅が見える。住宅まではおおよそ1kmある。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-29 亘理町1につづく |