エントランスへはここをクリック   

2014 初夏の浅間高原

(6)八ッ場ダム巨大7橋梁工事-2

青山貞一 Teiichi Aoyama
池田こみち Komichi Ikeda
斎藤真実 Mami Saito

July 31, 2014
Alternative Media E-wave Tokyo
無断転載禁

(1)下久保ダム・神流湖  (2)JAL墜落現場再アタック (3)鬼押出し園-1
(4)鬼押出し園-2  (5)八ッ場ダム工事7-1  (6)八ッ場ダム工事-2 
(7)八ッ場ダム工事、温泉移設  (8)野反湖とキスゲ  (9)碓氷峠とおぎのや


 一方、下の写真は昨年夏の段階で供用を開始した一般県道湖面2号橋である。民主党が政権を取った2009年秋、メディアが頻繁に撮影し報道していたあの橋である。すでに閉鎖したやんば館という国土交通省の広報センターの真上にある。

 写真を見ても車が一台も通過していないが、この1年だけでも数回、現地を視察しているが、この橋梁の通過交通量は極めて少ない。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-7-17


湖面2号線橋梁
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-7-17

 下は、完成し供用している湖面2号橋の上からほぼ完成した湖面1号橋を撮影したものである。 わずかな距離の間にこのような巨大な鉄筋コンクリートの巨大な橋を何本も通していること自体、八ッ場ダム工事が本来の目的から離れ、いかに土建予算を消費するためのものであるかが理解されよう。

 このあたりの地形がいかに険しく、複雑であるかが分かるというものである。たまたま7月17日の夕方は小雨に加え霧がでて、まるで水墨画の世界となっていた。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-7-17


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-7-17

 
下は湖面2号線橋梁の工事で、やっとの事で残された不動の滝である。従来は、川原湯温泉の豊田牛乳の横を降り、歩いて不動の滝のすぐ近くまで行けたが、それらの地域はすべて水没することを理由に、現在立ち入り禁止となっている。


湖面2号線橋梁から見た不動の滝
撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400 2014-7-17

 下はもともと不動の滝に行く途中にあった鄙びた不動尊である。何と不動尊は湖面2号線橋梁の川原湯温泉側の付け根に移築された。八ッ場ダムでは膨大な数の史蹟、遺跡、道祖神、墓石などが移築され、国土交通省が勝手な場所に移築したり、まとめて「団地」化している。これは八ッ場ダムに限らない、品木ダムでも他のダムでも同じである。まさに罰あたりではないか。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-7-17

 下の写真は、湖面2号線建設以前はもともとすばらしい集落があった地域である。現在はすべて立ち入り禁止となっており、集落も移転している。こういうすばらしい自然や集落を破壊し続け不要なダムを作り続ける官僚組織やその「政官業学報」をこれ以上放置すれば、日本の将来はないだろう!


湖面2号橋梁の真下の集落。すべて湖底に沈むことになっており
集落はすでに移転している

撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400 2014-7-17

 川原湯温泉地域の豊田牛乳本社近くでいつまでもつづく公共工事。もう5年以上続いている。



川原湯温泉地域の豊田牛乳本社近くでいつまでもつづく公共工事

撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-7-17

 先に下久保ダムのブログで書いたように、巨大ダム下久保ダム・神流湖は、吾妻渓谷に似た地形にダムで神流川を堰き止め神流湖をつくっている。総延長も吾妻渓谷をせき止めてつくる八ッ場ダムに類似している。

 その下久保ダム、神流湖では、比較的簡素な橋梁2本しか対岸との間に存在していない。

 にもかかわらず、八ッ場ダムの場合、道路、鉄道(軌道)をあわせ7本もの豪華な橋梁をつくっているのである。当然のこととして、もし、八ッ場ダムそのものをつくらなければ、これら7本の橋梁はまったく不要である。

 繰り返すが、当初予算4600億円に加え道路特別会計などで5000億円をはるかに超える巨額の税金、公金の大部分が人口わずか5000人ちょっとの群馬県長野原町に短期間に集中投入された結果、全国規模で見て秀逸で稀有な吾妻渓谷は、見るも無残、土木工事の一大デパートと化している。

表  日本におけるダム建設費                 単位:億円
ダム名 県名 当初見積額
億円
(A)
実際の
建設費額
億円(B)
倍率
B/A
計画
策定時期
八ッ場 群馬県 2,110 4,600 2.1 1986年
大滝 奈良県 230 3,640 15.8 1972年
徳山 岐阜県 330 3,500 10.6 1976年
川辺川 熊本県 350 2,650 7.5 1976年
滝沢 埼玉県 610 2,320 3.8 1976年
湯西川 栃木県 880 1,849 2.0 1986年
志津見 島根県 660 1,450 2.1 1988年
出典:2007年8月30日の日本経済新聞一面記事より。赤色の強調は筆者
   ダム建設費膨張9兆円、一段の肥大化も 当初計画比1.4倍
   日本経済新聞 2007.8.30

 利根川水系上流には膨大な数の巨大ダムがつくられ、その上さらに、治水、利水などあらゆる面から不要と思える八ッ場ダムをつくっているが、すでに本体工事の建設以前に上記の予算を使い果たしている。メディアが報じなければ何がこの「虚構の谷間」で起きているか国民は知るよしもないのである。

 このブログでは、敢えて橋梁について書いたが、なんで全国的に秀逸で稀有な渓谷に7本もの巨大橋梁をつくり、それらを破壊するのか、さらに渓谷の両側に都合4本の長いトンネルが新たに作られる必要があったのか、はなはだ疑問である。

 長野原町のダム建設現場は、もともと国道145号線が一本が走っているだけのまちであり、交通計画論的に見れば、ダム工事が終われば長野原町に多くの自動車の発生集中交通量が存在することなどありえない。

 工事が終われば、従来通り道路交通も鉄道も、草津温泉に行き、帰るものがほとんどのはずだ。これは国土交通省関東整備局が実施しているOD調査(起点終点調査)結果を見れば一目瞭然のはずである。

 私は以前から「昔、関東軍、今、建設省(=国土交通省)」と言ってきた。

 国土交通省が一度決めたことはテコでも変えない。まるで軍隊、それも民意から離れ暴走した関東軍そのものである。

 現在、自民党政権下でその国土交通省に3.11の復旧、復興関連予算、そして国土強靱化計画にもとづく新たな予算がつき、さらなる土建国家化が進んでいる。日本はG7のなかにあって、間違いなく官僚社会主義国家であると言える。行政も司法も、官僚に従い、民意は無視され、巨額の税金や借金が地方にどんどん投入され、不要なダムや道路などが依然としてつくられているのである。

 これほどの自然破壊、町壊しをして、果たして地域の人々がどれほど潤い、将来にわたって幸せを感じることができるのか、疑問である。豪華な道路や橋梁、移転住宅が浮き上がって見えるのは、これだけの開発の後に残るものがあまりにもむなしいからに他ならない。

つづく