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   東南アジア最後の秘境 ミャンマー

ホテルでの夕食と操り人形
Dinner of Hotel and Mappet show

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda
掲載月日:2016年8月4日
独立系メディア E−wave Tokyo

無断転載禁
(86) ゴドーパリィン寺院   (87) ミマラン僧院  (88) パホタミャー寺院
(89) ガーチャウェ・ナダウン・パゴダ  (90) ナッラウン寺院
(91) タビィニュ寺院(1)   (92) タビィニュ寺院(2)  (93) ピタカタイ
(94) ホテルでの夕食と操り人形 
 

バガン初日のホテルでの食事
 
 バガン初日の夜は、ホテルがディナーを無料で提供してくれることになりました。理由は三連泊だからとのことですが、私たちの今回の経験からすると、バガンは甘利にも広大かつ数1000に及ぶ寺院、僧院、パゴダ(仏塔)が集積しており、到底、1泊や2泊で見ることはできません。

 私達は3泊しましたが、初日はマンデレーからの移動でバガン到着は午後2時半すぎですし、4日目は朝9時過ぎにニャウー空港に向けてホテルをタクシーででるので、3泊4日であっても、視察は限られます。

 仮にタクシーや馬車を使っての視察でも、一カ所当たり、10−20分では外観だけしか見れません。まして、アーナンダ寺院、スラマニ寺院、タビィニュ寺院、黄金王宮、ジュエサンドーパゴダなどは、最低でも1時間できれば2時間は欲しいのです。しかも、タクシーや馬車をその間待たせれば、費用がかさみます。

 何しろバガンは今回来たミャンマーの諸都市の中で、もっとも暑く、拝観、視察に集中しすぎると熱中症になる可能性が非常に高いと思います。

 おそらくエジプトのピラミッドの場合には、見るべきピラミッドなどは限られていますが、ことバガンは最低でも3000もあるパゴダや寺院は、じっくり見ると甲乙つけがたいものばかりです。しかも、今回はオールドバガンを中心に視察したのですが、実際にはオール後バガンからニューバガンに行く途中、また北のニャンウー村にも多数の仏教いせきがあるのです。

 ところで、レストランは下の写真のように森の中にある木造二階建ての一階にあります。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2016-6-6


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2016-6-6


Source:Thande Old Bgan Hotel

 シーズンは下の写真にあるように、エイヤーデ^−川のほとりの野外にテーブルと椅子を並べての食事になりますが、まだシーズンオフなので、森の中にある木造二階建ての一階のレストランでいただきます。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2016-6-6


Source:Thande Old Bgan Hotel

 夕食の写真は撮り忘れたのですが、ホテルが無料で提供してくれたディナーは、スープ、サラダ、カレー、コーヒーなどのセットメニューです。何しろミャンマーは食事にはカレーが多いのですが、日本のものとはまったく異なります。

 ミャンマーの食べ物については、3日目の夜にタラバー門を出てすぐのところにあるレストランについて書いたブログをご覧ください。


バガンのホテルでの操り人形ショー

 ところで、食事中、ミャンマーの伝統楽器の演奏とマペット(操り人形)のショーが有りました。実はマンダレーでも毎晩、夕食時にマペットのショーが有りました。これがなかなか面白いので、今回も、青山、池田が動画で撮影しました。

 食事は午後7時頃からですが、バガンでも食事中に、操り人形のショーがありました。マンダレーでは男女ふたりが人形を操っていましたが、バガンでは一人です。

 下の写真は操り人形の前座でおこなわれた民族楽器を使った演奏です。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2016-6-6


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2016-6-6

 この日は、中国から来ているご一行の子供が下の写真のように、かぶりつきに何度も行くなどもりあがりました。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2016-6-6

 二日目の夕食時も操り人形の実演が行われました。実現終了後、池田が彼女は英語が堪能だったこともあり人形遣いの女性に色々とインタビューしました。

 下の写真はインタビュー中のものです。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2016-6-6


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900  2016-6-6

 以下はインタビューの概要です。

 彼女は八歳から親のあとを継いで人形遣いの練習を始め既に三十年以上やっているとのことです。彼女の息子の一人もあとを継いでいるそうです。

 人形遣いは、代々受け継ぐ仕事のようです。家族で人形をつくり、衣装をつくり、使い手もやるという訳です。

 人形はかなり重く二キロ弱ありました。私も持たせてもらってちょっとだけ動かしてみましたがとても難しいことが分かりました。


つづく