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   ウズベキスタン現地予備調査

初日・入国審査

  Bkhara fist day at Passport Control

青山貞一 Teiichi Aoyama 池田こみち Komichi Ikeda

掲載月日:2015年3月7日
独立系メディア E−wave Tokyo
 無断転載禁
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 下の写真はタシケント空港です。


タシケント空港 

 空港のターミナルビルはすごく立派な建築です。とくに柱はウズベキスタンのモスクなどで用いられている建築様式となっています。

 実はウズベキスタンの空港や駅はいずれもすごく立派で重厚な建築物なのですが、その多くはソ連時代につくられたものです。

 にもかかわらず建築様式を見ると、ティムール朝などの様式やイスラムの様式が随所に見て取れます。ソ連時代にあっても、その種の自由はあったのでしょう。

 ところで、以下は青山が持参した最新の7インチ・タブレットでフェイスブックの友達に送信した最初のメール(ウズベキスタンからの第一報)です。


 みなさま   青山貞一です。

 明け方、無事、ウズベキスタンの首都タシケント空港につきました.

 タシケント空港の入国審査は無事通りましたが、出口に近い税関に、ロシアからウズべ キスタンに入国するたくさんのウズベキスタンの男性の行列がおり、通関が一杯になっていました。この行列は時間が経っても一向に前にすすみません。

 どの男性も黒色の皮ジャンバーに黒色のズボンの出で立ちです。何10人もの若い男性が黒づくめの出で立ちには、少々何か異様なものを感じました。しかし、後で分かったのですが、これがウズベキスタンの男性の平均的服装だったのです。

 それにしてもなぜか、いつになっても通関手続きが進みません。

 もともと、私たちは、ウズベキスタンからどこかの国に出かけて大量に買い物をし、ウズベキスタンに入国するわけではないのです。

 このまま待っていると、タシケントからこの日の最終目的地、ブハラ行きのウズベキスタン国内便の飛行機の出発時刻に間に合わなくなります。

 そのくらい多数の黒ずくめの男性が大きな荷物を持って入国審査に並んでいます。しかも、ウズベキスタン航空の国内便の飛行場は、国際線の飛行場から車で行かなければならないほど離れているのです。

 行列の中で、呆然、唖然としていると、「Aoyamaさんいらっしゃいますか」と、ウズベキスタン人らしき男性から声が掛かりました。

 その男性は「自分について来い」という仕草をするので、ついて行きました。このとき、タシケントからヒヴァにひとり旅する若い女性も私達についてきました。

 すると、何十人もの黒服のウズベキスタン男性たちを一気に飛び越し、税関に私達を連れて行き、男性が私達のパスポートを係員に渡すだけで税関を通過できたのです!

 私達は個人旅行ですが、別途日本から20人ほどのクラブツーリズムという代理店のグループツアーの団体客もおり、なんで私達だけが飛び越して通関されるのかという声も聞こえました。

 これはおそらく私達が航空券とホテル、それに送迎を依頼した会社が、このような事情をあらかじめ察知していて何らかの手配をしてくれていたのだと思います。もし、ずっと待っていれば、間違いなくブハラ行きの国内線に乗り遅れました。

 それにしても、こんなことは、よほどアフリカの奥地か昔の中国でもないとありえないのですが、おそらく税関といっても何ら問題あるものをもち込むわけではありませんし。

 まさか、こんなことがあるなんてビックリです。

 しかし、特別のはからいもあり、おかげでタシケントからブハラの国内線飛行場まで送迎の車で行けました。この国内線の飛行場の待合室は、4つほどの出入り口だけが付いた大きなガラーンとした箱のような建物です。

 どう見てもここでも写真撮影はできそうもありません(笑)。

 写真を撮影したことで飛行機に乗り遅れたら一大事なので、ここはぐっと我慢を決め込みました。

 出発時間が近づくと、扉の一つが開き、バスが私達を国内線の航空機まで運んでくれました。

 こうして、最終目的地でありますブハラ空港まで行く国内線フライトに何とか間にあったのです。


 タシケント空港からブハラ空港への国内便の飛行機は、下の写真にありますロシア製の懐かしい「イリューシン」でした。このイリューシンはプロペラ旅客機で、ものすごい騒音がでます。

 しかし、なにはともあれ、国内線の便に間に合い、午前8時過ぎに最初の目的地、ウズベキスタンの中世の古都、ブハラの空港に到着したのです。

 下がブハラ空港です。この空港も、実に立派な建物でした。


ブハラ空港

 しかし、なぜかブラハ空港では警戒はものものしいのです。

 おそらくこれはソ連時代からのもののはずでしょうが、すごい警戒態勢でびっくりです。

 後で分かったのですが、この物々しさは、翌日、ウズベキスタン大統領がブハラにくるためのセキュリティーのための警戒であったことが分かりました。


ロシア製の懐かしいプロペラ旅客機のイリューシン 
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8  2015-2-25

 このあと、ブハラ空港でイリューシンを降り、荷物を受け取ります。

 ただし、ブハラ空港は国内空港なのでタシケント国際空港のような税関検査はありません。

 ブハラではすんなりと通過できました。しかし、ウズベキスタンでの空港や鉄道の駅では、乗客以外は、空港や駅の構内には入れず、そればかりか、かなり離れたところで待つ以外にありません。

 飛行場はある程度理解できますが、列車の駅も駅からかなり離れたところに検問所があり、それより先、キップを持った旅行客以外一歩も中に入れないのです。

 下の写真はブハラ空港のターミナルビルです。この写真は、ブハラ2日目の午後、空港近くを通過した際に撮影したものです。ブハラ空港はデザインも斬新ですばらしい空港ですが、やはり実際に利用するひと以外は空港内に立ち入り出来ません。


ブハラ空港
撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-2-25

 ブハラ空港では、乗客それぞれが重い荷物を持ち、空港のターミナルビルからかなり離れた駐車場まで歩いて行き、そこで送迎車のドライバーと対面することになります。

 私達はブハラ空港で迎えに来てくれた現地の人の車でブハラ歴史地区にあるホテルに向かいます。

 何と、空港からホテルまでの光景はイラクのバクダッドかアフガンのカブールの街並みを彷彿とさせます。さらに、曇天の朝、多くの人々が路上で掃除をしています。これまたまた驚きです。

 後できいたら、なんでも翌日にウズベキスタンの大統領がブハラに来るので、まちの至る所で道路を清掃していたのだそうです。


つづく