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兵馬俑 百度百科12

西安
(Xi'an、中国)

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda 共編
掲載月日:2015年1月22日 更新:2019年4月~6月 更新:2020年4月1日
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 本稿の解説文は、現地調査や現地入手資料、パンフなどに基づく解説に加え、百度百科中国版から日本への翻訳、Wikipedia 日本語版を使用しています。また写真は現地撮影以外に百度百科、Wikimedlia Commons、さらに地図はグーグルマップ、グーグルストリートビュー、百度地図などを使用しています。その他の引用に際しては、その都度引用名を記しています

 次は中国西安市(長安)の兵馬俑の中国百度百科版の12です。

◆兵馬俑 百度百科12



秦俑の特徴


兵馬俑展示  出典:中国百度百科

 兵馬俑の作成は、基本的に現実の生活をベースとしたものでした。その手法は絶妙かつ明瞭です。ひとつひとつの陶俑の装束、表情や姿勢は一つとして同じ者がありません。人物毎の髪型も異なり、手の動きも同じものはなく、顔の表情もまたすべて異なっています。彼らの装束、表情そして体の動きから、それが将校/官吏か兵士か、また、歩兵か騎兵かもわかります。総じて、秦俑の顔の表情にはすべて、秦の人に特有な威厳と落ち着きが現れており、はっきりとその人物の性格とその時代特有の力強さをもっています。

 兵馬俑の作造は、色を塗った塑(粘度を焼いたもの)を結合する方式を採用しており、時代を経ても、発掘したばかりのように、人物の顔の表情と衣服に描かれた色彩を見ることが出来ます。まるで生きているかのように作ることを重視した俑づくりの手法は、巧妙な構図、柔軟な技法、そして、真実性と豊かな装飾性にありました。そのため、秦の兵馬俑は、中国の彫塑史上重要な地位にあります。これまでに出土した千体を超える陶俑や陶製馬を整理してみると、一つとして同じものはありません。

 秦王朝統一から六国時代の後、秦国は、全国徴兵制度を導入したことにより、兵は全国から集まりました。これにより、おそらく、彼らの顔の形、表情、年齢の差がついたのだと思われます。職人達は、写実的な芸術手法を用いたため、彼らの表現は十分に真に迫るものがありました。これらの膨大な数の秦時代の俑群体の中に、明らかに一体一体異なるものを受け入れたことにより、全体がより一層いきいきと真実味を帯び、生気に満ちた物となりました。

 数千体の陶俑や陶製馬には、すべて精緻な彩色が施されていました。陶俑の顔面や手、脚の色はピンク色に統一され、肌や筋肉の質感を表現しています。特に、顔の部分部分の絵付けは、一段と素晴らしくつくられていました。目角(目頭や目尻)は白く、瞳は黒く、両目の眼球の瞳孔でさえも、いきいきと描かれていました。陶俑の髪型、髭、そして眉毛はいずれも黒です。身体全体の色は美しく調和していました。同時に、陶俑の絵付けは色調のコントラストが重要とされ、各俑の身体ごとに少しずつ違いがあり、異なる色彩の服飾はそれぞれの違いを鮮明に浮き上がらせ、芸術的魅力をアピールしていました。陶の馬も同様に、明るく調和した色彩で彩られており、静かな中にも、陶製の馬の様子がよりヴィヴィッドに形作られていました。


●協働による発展

 2017年4月14日、陝西省は、秦の始皇帝陵文化景勝築改造プロジェクトをスタートし、その中で重要なプロジェクトの一つは、銅製の車馬博物館を建設することでした。

 2017年5月18日、世界博物館の日に当たり、百度(Baidu)と秦の始皇帝陵博物院は「百度AI秦の始皇帝兵馬俑復元プロジェクトを深めるための共同発表会」を開催しました。


兵馬俑(百度百科13)へつづく