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日本変革のブループリント





第三章 グローバルな小日本主義
「ミニマ・ヤポニア」(6)


佐藤清文
Seibun Satow

掲載日:2007年1月元旦


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すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。



全体目次



5 産業

 カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは、『ドイツ・イデオロギー』の中で、「交通」が歴史を変えると語っています。彼らは「交通」を広い意味で用い、人や物の移動だけでなく、情報伝達も含めています。

 確かに、現に進行している情報・運輸ネットワークの発展は人類が経験してきた中で最も急速な歴史的変化を世界にもたらしています。

 周知の通り、最近の中国の経済発展は目覚しいものがあります。各種家電の生産量の世界シェアの一位ないし二位は中国です。もちろん、その中には、進出した日本企業の工場から出荷された製品も多く含まれていますが、彼らがその技術を我が物にする日も遠くありません。

 アメリカで生まれ、日本で確立された大量生産方式は安い人件費に支えられた中国の独壇場となりつつあります。加えて、中国はインドや中東と連携を進めています。

 将来、近代以前にユーラシア大陸で最も富み且つ連携し合ってきた中国・インド・中東が経済力を有することでしょう。それはシルクロード経済圏の復活です。

 こうした流れにおいて、日本のすべての産業はソフト・パワー的認識に基づいていく必要があります。日本は大量生産大量消費の時代から脱却しつつあります。

 これからの産業はたんなる経済だけでなく、環境・文化への配慮、すなわちコモンズへの寄与する産業が社会的に求められていきます。

 産業別従事者の比率は、3次産業が最も高い実情があり、それはその意見の意義を端的に示しています。産業連関から、先に触れたように、大規模建築土木工事以上に、文化事業などへの公共投資も経済波及効果が大きいのです。

 また、観光業やサービス業において、社会的共通資本としてのコモンズは財産です。脱産業化政策を進める諸国では、エコツアーが成功を収めています。

 けれども、一次・二次産業を切り捨てるというわけではありません。

 21世紀、遺伝子工学・ナノテクノロジー・ロボット工学・コンピューター技術が最も繁栄する科学技術と目されています。国や地域によって資本の活用形態が違いますが、この分野において、日本は質の高い小さな技術を得意にしています。アメリカは美術革新が進展する際に産業が発展し、その応用期に入ると、停滞し始めます。

 韓国は財閥中心ですので、不況に陥ると、経営者が大胆な路線転換を行えます。一方、日本は物作りの伝統があり、現場が強い特徴があるのですが、逆に、戦略やソリューションに弱いので、その強化が望まれます。

 自動車の燃料制御など見えないコンピューターの技術は国際的な信頼をすでに獲得していますが、それはユビキタス・コンピューターにとって大いなる将来性です。

 ただ、
ITといった先端産業は標準化された生産様式であり、蓄積した技能を必ずしも必要とせず、後発国にとってキャッチアップが容易です。

 その反面、日本の電子時計に押されていたスイスの機械時計が高級品で復活したように、質の高さやデザインが要求される自動車などの成熟産業はこれからも国際競争力を持ち続けるでしょう。

 また、トヨタのプリウスの欧米での名声が示している通り、意欲的な企業はすでに取り組んでいますけれども、循環型社会や環境問題、社会問題への応答といったコモンズに寄与する産業への転換は世界的な需要も期待できます。

 ライフ・サイクル・アセスメント
(Life Cycle Assessment: LCA)の「原則および枠組み」が、1997年、国際標準規格(International Standard Organization: ISO)として発行されて以来、多くの企業がその考えを導入しています。二次産業全体で、こうした社会的な動向を素早く取り入れるべきです。

 一次産業もソフト・パワーの発想によって活性化しています。田中県政では、「信州ブランド」を確立するために、「原産地呼称管理制度」を制定しました。

 台湾でも、「日本 信州・長野フェア」を開催し、評判になっています。グローバリゼーションの進展と共に、単一化が進む程、差異を持った多様性が価値を創出しています。

 鋳型のような「同じ」ではなく、「違い」に人は魅了されるのです。誇れる文化的アイデンティティは、その外部の人を惹きつけてやまないのです。

 市場経済の普及と科学技術の発展は一次産業を牧歌的な風景から二次産業的もしくは3次産業的へと変えています。その意義は食糧増産だけから、社会との関連の中での自己発見及び環境への配慮も含むようになっています。

 かつて漁業と鉄の街と知られた岩手県釜石市は日本におけるマリン・バイオの拠点となりつつあります。海洋バイオテクノロジー研究所は世界中の企業と提携し、マリン・バイオの画期的な研究成果を提供しています。環境問題に対する取り組みも含まれていることは言うまでもありません。

 差異性への意志は少子高齢化に直面する地方の小さな自治体をも活性化させています。徳島県勝浦郡上勝町では、最近いろいろなメディアで取り上げられていますが、高齢者が葉っぱや枝、花などソフト・パワーを発信しています。

 株式会社いろどり
を通じて、注文を受け付け、出荷しています。たんに商品を開発販売するだけでなく、その財産である自然を育て、循環型社会を目指したゴミの処理も怠りません。この高齢化率の高い村はやる気に溢れています。

 一次産業は、たんなる市場への商品提供以上に、コモンズの保全に欠かせません。しかし、それは居直るような態度であってはなりません。コモンズの相互関連性を理解した上で、保護されなければならないのです。

 気仙沼の牡蠣の養殖業者「牡蠣の森を慕う会」が、「森は海の恋人」のキャッチコピーの下、1988年以来森を育てる運動に取り組んでいます。

 それ以前、年々、牡蠣が次第に痩せてきました。その理由が海のミネラル分の不足ではないかと推理した漁師たちは、気仙沼湾に注ぐ大川の水源となっている室根山に広葉樹の苗木を植樹し始めました。

 美しく豊かな海を維持するために、森林を守らなければならないのです。コモンズは他のコモンズト関連しているのであり、その連関自体から全体を把握する必要があるのです。

「森は海の恋人」は気仙沼在住の歌人熊谷龍子の「森は海を 海は森を恋ながら 悠久よりの 愛紡ぎゆく」に由来しています。

 せっかく高い技術を保有しながら、一次・二次産業共に、後継者不足も指摘されています。

 そうした技術を共通資本と考え、熟練の物作り技術のデータ・ベース化も行われていますが、自治体並びに大学と連携して技術の開発・発信を積極的に試みることで、後継者がより育成されていくでしょう。併せて、開放性を促進させる法整備も必要です。

 コモンズヘ貢献する産業の育成が日本の産業政策には不可欠なのです。

つづく