エントランスへはここをクリック   

日本変革のブループリント





第三章 グローバルな小日本主義
「ミニマ・ヤポニア」(7)


佐藤清文
Seibun Satow

掲載日:2007年1月元旦


無断転載禁
本連載の著作者人格権及び著作権(財産権)
すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。



全体目次



6 環境

 2004年、アメリカで『バタフライ・エフェクト』という映画が公開され、その斬新な発想と精緻な脚本により、全米で初登場一位を記録しています。時々、記憶を喪失してしまう少年エヴァンは、治療のために、医師から日記を綴るように勧められます。

 ある日、日記を読み返すと、失われた時が蘇り、過去に戻れる能力を持っていることを知ります。自分のせいで、幼馴染のケイリーの人生を狂わせてしまい、過去に戻ってその運命を変えようとするのですが、思いもよらぬ波及効果が派生して、悪い方向へ進んでしまうという物語です。日本でも、翌年の5月に劇場公開されています。

 この「バタフライ効果」は、元々、気象学の用語です。気象学者のエドワード・ノートン・ローレンツが1972年12月に行った講演『予測可能性─ブラジルの一匹の蝶の羽ばたきが、テキサスにトルネードを引き起こすか?(Predictability: Does the Flap of a Butterfly’s Wings in Brazil Set Off a Tornado is Texas?)』に由来します。

 一匹の蝶の羽ばたきで生じた風がグローバルな気象に影響を与えるという譬え話で、彼は、気象では、ほんのわずかな初期値の違いが時間と共に、指数関数的に拡大することを示したのです。

 ブライアン・イーノがシンセサイザーを操り、「環境音楽」を試行したのもこの頃です。実は、1968年、ローレンツはこのような性質を「決定論的非周期の流れ
(Deterministic Nonperiodic Flow)」と命名して気象学の学会晋で発表していましたけれども、それほど一般的になっていません。

 こうした初期値敏感性のある現象自体はそれ以前から知られており、これを契機に、コンピューターの普及も手伝って、現在「カオス」と呼ばれるそのような現象の研究が本格化します。自然的・人工的・社会的な現象のほとんどがカオス性を帯びていることが明らかになっています。

 ここ数年来、世界的に、記録尽くめの激しい気象変動が続いています。暑すぎる夏、大雨、大雪。巨大な台風やハリケーンの相次ぐ発生は地球温暖化を代表とする気象におけるカオス性の反映です。

 また、2005年、クラゲが異常に大量発生しましたが、あれは「カタストロフィ的変化」と言い、典型的なカオス現象です。環境ホルモンの影響もカオス性を孕んでいます。環境問題はこのカオス性を念頭に取り組まなければなりません。

 現在の環境問題は従来の枠組みでは捉えられません。未来性・グローバル性・カオス性があるのです。地球温暖化を例にとってみましょう。

 それは現に起きている事態と言うよりも、このままでは訪れるだろう未来の危機です。また、温室効果ガスの地球規模への拡散が問題になっています。

 しかし、土壌汚染にしろ、海洋汚染にしろ、一定領域にある濃度の汚染物質が留まってしまうから起きたのであって、拡散できるのなら、被害はあまりありません。

 さらに、直接的に生体に害を及ぼす有機水銀やダイオキシンと違い、温室効果ガスの一つである二酸化炭素はそれ自体で有毒ではなく、それがさまざまな要素と複雑に絡み合って温暖化を招きます。

 大気だけでなく、海洋なども考慮しなければならず、温暖化の詳しいメカニズムはよくわかっていません。未来性・グローバル性・カオス性へと発想を転換し、環境問題への対応には総合的な認識が不可欠です。

 環境問題は対処療法的姿勢では十分でありません。数理モデルに基づくコンピューター・シュミレーションで予測を立て、生活習慣病を予防するように、問題を生み出す現在の社会の仕組みを改善する必要があります。

 それはすでに公害問題で見られていました。日本は経済成長に邁進するあまり、数多くの公害を経験してきました。公害は社会的・政治的・経済的弱者が被害者になります。けれども、企業や官僚、政治家は保身に走り、被害をいたずらに拡大させたのです。

 水俣病では、患者認定の基準がいまだに争われている現状です。公害は差別がるとところに起きるのです。そうした弱者は意思決定の外に置かれています。

 未来は現在の意思決定のプロセスに参加することはできません。また、環境問題は、京都議定書が示している通り、一国だけで対応できません。

 国際的な連携が不可欠です。環境問題の解決は、すでに述べた通り、市場経済の存続に関わる根源的な問題です。それへの取り組みは経済活動の否定どころか、むしろ、長期的には、経済システムの破綻の回避につながるのです。

 先の三つの認識に基づき、グローバルなネットワークの情報へのアクセスを含めた市民のエンパワメントを強化し、意思決定のプロセスを変更して、環境問題を解決していくべきでしょう。これこそ真の意味での「構造改革」にほかなりません。


つづく