東南アジア最後の秘境 ミャンマー マンダレーの旧王宮(3) 青山貞一 Teiichi Aoyama 池田こみち Komichi Ikeda 掲載月日:2016年8月4日 独立系メディア E−wave Tokyo 無断転載禁 |
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撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2016-6-4 Mandalay この後、再建された美しいマンダレー王宮の中に入ります。 以下は王宮の全体図です。私達が王宮に入ったのは、右下からです。この後、ほぼ王宮のほぼ全施設をまわりました。大部分は公開されており、写真撮影もOKでした。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2016-6-4 Mandalay 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2016-6-4 Mandalay 撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900 2016-6-4 Mandalay なお、以下はマンダレー王宮の平面図です。平面図の中央より少し右側が現在私達いる位置のようです。 Source: Wikimedia 入ってすぐのところに以下の左右二つの大きなホールがあります。 ◆ミーナン謁見会堂(ホール)左・右 Mye Nan Audience Hall (Left/Right) これは英語でMye Nan Audience Hall と言います。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2016-6-4 Mandalay 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2016-6-4 Mandalay 以下はと The Great Audience Hall で二つのホールのちょうど真ん中の部分で、ここで入場者の切符チェックがあります。またここからは靴を脱いで、原則裸足で入ることになります。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2016-6-4 Mandalay 以下は上の左右の大きなホールの英語の解説です。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2016-6-4 Mandalay ◆ミーナン謁見会堂(ホール)左・右 Mye Nan Audience Hall (Left/Right) 日本語解説 このホールでは、会議が開かれ、Sawbwagyiに従う者たちのなかでもそれなりの地位の人々が参加しました。具体的には、政府官僚5階級のうち最上級にランクされる2名の役人、タイ国王子、富裕層、政府官僚の5階級に属するメンバー、また、tatpaung-myosarsとして知られる自治体の長クラスの人物達、また、モン族・シャン族及びヨドヤ(タイ)地域を管轄する行政長官などが含まれます。 左謁見室は形、広さが全く同じで、会議中は、左謁見室に入った人々と同じ階級の人々が左謁見室(右謁見室?)に入ります。(階級の違う人々が同じ部屋に入らないと言う意味か左右同じ階級の人が入ると言う意味か。)しかし、王宮への貢ぎ物や挨拶などの人々が左謁見室に入った場合には、右謁見室には同階級の人々が入るものの、(その時貢ぎ物を持って挨拶に来た)彼らは、相手方より高い地位とされます。 謁見室の広さは、南北82フィート、東西34フィートの広さがあり、高さは32フィートとなっています。 注★上記は赤字にした部分がちょっと英語が腑に落ちないところがあります。 つづく |