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仏、ルーヴル美術館
初の女性館長、デ・カーズ就任


池田こみち Komichi Ikeda(環境総合研究所顧問)
独立系メディア E-wave Tokyo 2021年6月4
日 公開


 例年なら、夏休みを前に、ゆったりとあちこちの美術館を訪ねるのによい季節だが、今年はコロナ禍でそれどころではない。既に1年半近くにもおよぶ自粛生活で息詰まる日々である。そんななか、久しぶりに胸躍るニュースが飛び込んできた。

 あのパリのルーヴル美術館で、その220年余の歴史の中で初めて女性館長が次期館長として就任することが決まったというのだ。マクロン大統領直々の任命とのこと。5月最終週に各紙が一斉に報じた。新聞やテレビでご覧になった方も多いと思うが、写真付きで紹介しているので日経の記事を以下に引用しておく。

ルーヴル美術館に初の女性館長 仏大統領任命 2021.05.26 20:35

 この秋に次期ルーヴル美術館館長に就任するのはロランス・デ・カール(Laurence des Cars)さん54歳、現在はフランス第二の美術館であるオルセー美術館の館長を務めている。多くの記事で彼女のプロフィールやこれまでの実績などを紹介しているが、単に女性初ということだけでなく、彼女の就任によって何がかわるのか、を是非とも注目していきたい。

 日本には、いわゆる美術館というものが全国に公立・市立、大小とりまぜると1000館余り存在しているとのことだが、その中で女性の館長はどれくらい居るのだろうか。2020年3月23日の日経新聞に次のような記事があった。全国主要施設に限定はされているものの、最近では女性の起用も進んでいると言うが、日本ではまだまだ館長職は男性が多くを占めているようだ。

 日本の美術館や博物館の館長はほとんど男性が占めてきた。文部科学省がまとめた18年度「社会教育調査」の中間報告によると、全国の主要施設の館長(専任)512人のうち女性は14%の72人。

■日経:主要美術館、館長に女性起用相次ぐ  2020.03.23

 海外メディアでもデ・カールさんへのルーヴル館長就任のニュースは一般紙、専門誌など大きく取り上げられているが、注目したいのは美術館の役割についての彼女の考え方である。報じられている情報を総合すると次のようにまとめられるのではないだろうか。

 大勢の来訪者を集めること(ルーヴル美術館の来訪者は2018年に1020万人の最高記録を樹立している)、話題性のある作品を展示し注目されたい、美術館のもつ資源・作品を十分に活用し、かつ大切に次世代に残していくこと、と言った商業的・経営的な側面に手腕を発揮することはもちろんだが、加えて、社会にとっての美術館はどうあるべきか、人々や地域にとっての美術館の役割、各年代層に受け入れられる美術館の使命、そして何よりも「世界のルーヴル」としてどのような社会性のあるメッセージや情報発信、展示・企画が実施できるか、といったことを意識しながら新館長として仕事をすることが責務であり、やりがいであると思っている人のようにお見受けした。

 直接お話ししたこともないのに烏滸がましいが、是非ともルーヴル初女性館長としてこれまでのルーヴルにはなかった活躍を期待したい。ここでは、海外メディアのひとつ、The Indian EXPRESSの女性記者が報じたニュースを紹介しておきたい。 筆者がルーヴル美術館を訪れたのは今から45年も前のことだが、もう一度、あの壮大なスケールの美術館を訪れて当時とは違った感動を味わってみたいものである。


◆解説:ルーヴル美術館228年の歴史上、初の女性館長となったローランス・デ・カール(Laurence des Cars)とは?デ・カーズは、19世紀から20世紀初頭の美術品を専門とし、第二次世界大戦中にナチスに略奪された美術品の返還の原動力となった人物でもある。

掲載誌:The Indian EXPRESS
文:Dipanita Nath , The Indeian EXPRESS 記者
編集:英語版 更新日 2021年5月28日 午前7時42分49秒

<はじめに>

 美術史家で学芸員のローランス・デ・カール(Laurence des Cars)は、パリに本拠を置く世界最大の美術館であるルーヴル美術館228年の歴史の中で初めての女性館長として就任することとなった。

 このポストをめぐっては、3期目を目指していた現館長のジャン=リュック・マルティネス氏も候補の一人となっており、熾烈な競争が繰り広げられた。

 54歳のデ・カール氏は、文化大臣のロゼリン・バシュロ(Roselyne Bachelot)氏からこのニュースを聞いたとき、「心臓がどきどきした」と語っている。9月にマルティネス氏の後任として就任する予定である。

■ガラスの天井を破る人


.Laurence des Cars
Source:Artnews.com

 ジャーナリストと作家の娘であり、小説家ギー・デ・カールの孫娘であるデ・カー
ルは、19世紀と20世紀初頭の美術を専門としており、パリ・ソルボンヌ大学とルー
ヴル美術館で学び、ルーヴル美術館では教鞭をとっていた。

 1994年、パリを代表する美術館であるオルセー美術館に学芸員として入館し、2017年には館長に就任し、現在もそのポストに就いている。また、展覧会の開催や論文の執筆など、さまざまなプラットフォームで美術の普及に努めている。2007年から2014年にかけて、デ・カール氏はUAEの首都にルーヴル・アブダビを設立した中心人物の一人でもある。

■歴史への眼差し

 デ・カール氏は、第二次世界大戦中にナチスから略奪された美術品の返還を推進している。オルセー美術館の主要作品のひとつに、グスタフ・クリムトの『木の下のバラの茂み』があった。この作品は、ユダヤ人のノラ・スティアスニー(Stiasny)が所有していたもので、1938年にウィーンでナチスに奪われてしまった。デ・カール氏はこの作品をStiasny氏の家族に返還するよう働きかけ、フランスの文化省も同意した。「大規模な美術館は、我々の組織の歴史を振り返ることも含めて、歴史を直視しなければなりません。」とデ・カール氏はAFPに語っている。


<クリムトの絵>「木の下のバラの茂み」 Rose Bushes Under The Trees
Source:Wikimedia Commons: By Public Domain, Link

現在の姿を映し出す

 ルーヴル美術館は、世界で最も訪問者数の多い美術館であり、そのことは、新会長の考えと一致している。デ・カーズ氏は、現代的な問題に取り組むプログラムを推奨し、若者を美術館に呼び込むことで知られている。例えば、オルセー美術館では、「Black Models, From Gericault to Matisse(黒人モデル、ジェリコーからマティスまで)」と題した展覧会を開催し、人種問題や社会問題に注目し深く考察した。

 デ・カール氏は、ルーヴル美術館の場合、より多くの若者を取り込むために、会館時間を変更して遅くまで営業するべきではないかと考えている。彼女は英国の「ガーディアン」紙に、次のように語っています。

 「ルーヴルは十分に現代的な美術館になることができます。過去のことを伝えながら現代の世界に開かれ、過去の輝きを通して現在との関連性を与えることができます。私たちには時間が必要であり、展望が必要です。私たちは不安定な危機から抜け出し、刺激的でありながらも複雑な時代に生きています......ただ、私たちは皆、少しばかり方向性を見失っています。ルーヴル美術館は、ルーヴル美術館長としての私の関心事の中心である若い人たちに、より多くのことを伝えられると思います」。

もう一人の有名な女性

ルーヴル美術館には、世界中の文化機関や美術愛好家が展示を望む名画「モナリザ」が収蔵されている。4年前、フランソワーズ・ナイセン前文化大臣は、ルーヴル美術館に対して、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品を外(の美術館に)に貸し出すことができるのではないかと提案していた。しかし、それに対して、デ・カール氏は「いいえ、これは非常に壊れやすい作品なんです。世界の偉大な美術館では、ある作品が動かされていないことを確認して、その作品を鑑賞することも楽しみのひとつなのです」と語っている。