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福島県の甲状腺検査の問題

2017年12月末データより

甲状腺がんの割合の検討


鷹取敦

掲載月日:2018年4月6日
 独立系メディア E−wave
無断転載禁


 福島県は、福島第一原発事故後、県民健康調査の一部として事故時の年齢が18歳までの福島県内の県民(子供)を対象として甲状腺検査を行っている。2011年度から2017年度までにおよそ30万人の子供を対象として、のべ3回の検査が行われており、2016年12月末までのデータが公開されている。



 下の地図は先行検査の検査対象自治体の区分に、第一次航空機モニタリングによる空間線量率を重ねたものである。より汚染の大きな地域が2011年度に、次に汚染の大きな地域が2012年度に行われていることがわかる。



 下の地図は本格検査の対象地域である。先行検査の最初の2年度の地域が、2014年度に、残りの汚染が相対的に低い地域が2015年度に行われていることがわかる。この後は同じ組み合わせで2年毎に検査が行われている。



 この甲状腺検査の結果について、調査を実施している福島県が対外的にていねいな説明を行っていない。そのため検査で見つかった甲状腺がんの数だけが印象に残るような報道により、原発事故によって発生した甲状腺がんが刻一刻と増えているかのような印象を受けている人は少なくないだろう。

 筆者は、原発事故によって甲状腺がんが大幅に上昇することがあれば、定量的に把握できるよう、福島県が検査結果を公開する都度、詳細な数値を分析し考察してきた。この経過についてこれまでに下記の2本の論考と1回のインタビューを公開している。

 原発事故の被害は、被ばくによる直接の健康被害だけではない、補償などでは取り返しがつかない甚大で難しい長期的な被害が現に生じているが、本稿では、甲状腺検査によってみつかった甲状腺がんの数のみに着目することにした。

◆福島県の甲状腺検査の問題(その1〜3)(2014年7月公開)
http://eritokyo.jp/independent/takatori-fnp0041.htm

◆福島県の甲状腺検査の問題2015年9月末データより
甲状腺がんの割合の検討(2015年12月公開)

http://eritokyo.jp/independent/takatori-fnp0045.htm

◆福島県甲状腺がん検査問題(インタビュー動画:2016年6月公開)
https://www.youtube.com/watch?v=EEIjY8OnOf8

 上記の動画公開から約2年弱経過した今日(2018年4月)、2017年12月末までのデータを加えた結果について報告する。

■原発事故前の甲状腺がんの罹患率

 がんの「罹患率」とは期間内(通常1年間)に新たに見つかった数であり、通常人口10万人あたりの人数で示される。新たに見つかった数なので、その時点のがん患者の全数ではなく、既にがんが発見された人、手術を受けた人は含まれない。

 国立がん研究センターのがん登録・統計のウェブサイトから、全国の事故前・事故後の甲状腺がんの罹患率を示す。このサイトはいろいろな条件を設定してグラフや数値を表示することができる。

◆がん統計・登録 グラフデータベース
http://gdb.ganjoho.jp/graph_db/index

 横軸を年齢階級とした罹患率のグラフを、事故前の2009年、2010年、事故後の2013年について示す。赤線と大きな赤文字、%表示は筆者が追加した。事故前のグラフには18歳付近に赤線を、事故後のグラフには事故時に18歳であった年齢(21歳)に赤線を引いた。

 事故前、事故後ともに男性より女性が多く、年齢が上昇すると甲状腺がんの罹患率も大きく上昇していることが分かる。







 次に横軸を調査年(1975年〜2013年)とした罹患率をグラフを以下に示す。原発事故以前にも増加し続けてきたことが分かる。

 これは検査を受ける機会が増えてきた可能性、検査機器の精度の向上等により見つかりやすくなった影響の可能性等が考えられる。検査を受ける人が増えれば見つかる数が増加し、検査機器の精度が向上すればやはり見つかる数が増加するからである。もちろん甲状腺がんそのものが増加している可能性もある。



 次に、同じく横軸を調査年(1975年〜2013年)とした年齢階級別のグラフを示す。グラフの数が多くなると見づらくなるので、34歳までを表示した。年齢が上がるほど甲状腺がんが見つかる数が多いことがわかる。

 また、10〜14歳、15〜19歳は原発事故があった2011年以降、10万人あたり約1名程度増えているように見える。福島県の甲状腺検査の先行調査(2011〜2013年)により102名の甲状腺がんが見つかっており、これは10万人あたりに換算すると0.9名となるので、この検査結果が反映されているものと推察される。



 以上はがん統計の結果であるが、検査を受けなければがんは見つからないので、がん統計で実際の甲状腺がんの数が把握されているわけではない。

 特に甲状腺がんのようにゆっくりと進行するがんは、検査をしなければ実際より少ない数しか把握できない。罹患率は検査をした人数に対する割合ではなく、人口に対する割合で示されるので、実際に罹患した人の割合より小さな数字ががん統計に示されていることになる。


 たとえば、仮に福島県が今後、甲状腺がん検査の対象者の数を大幅に減らした場合には、当然のことながら発見される甲状腺がんの数は減少することになるが、当然、このことはがん統計の甲状腺がんの罹患率にも当てはまるのである。

■原発事故による増加を把握する方法

 「本当の」罹患率を把握するためには、分母を人口ではなく、検査を受けた人数として計算する必要がある。また、上記でみたように、年齢が上昇すると罹患している人の人数が増えることが明らかなので、検査した年齢を揃えて比較する必要がある。

 ただし、福島県の甲状腺検査では、新たに甲状腺がんになった人を調べる調査ではなく、事故時に18歳以下だった県民を対象とするため、甲状腺がんの「罹患率」ではなく、「有病率」(検査したその時点の甲状腺がんの全数)を比較することにした。

 なぜなら、第1回目の調査(2011〜2013年度)で見つかるのは、生まれてから検査時点までの期間(事故時18歳の場合、最長20年間)を、第2回目以降の調査、前回の調査から2年もしくは3年間の期間のみを対象とした罹患率となり、横並びで比べることができないからである。

 甲状腺がんの検査を受けた人数に対する割合(有病率)を、検査時の年齢別にグラフにすると下の図の赤い太線で示したイメージとなる。



 これが原発事故によって増加した場合、何年か後に実施した検査で下のグラフの赤太線となる。赤い点線は事故前のイメージである。



 ちなみに、チェルノブイリ原発事故後の調査では、事故時に0〜4歳だった子供の新たに見つかった甲状腺がんの症例数(罹患した実数)が、事故から5年目以降に大幅に増えている。(ただし、事故直後の4年間は甲状腺がんが増えていなかったか、検査の規模が小さかったから見つからなかっただけなのかは分からない。)

 検査時の年齢が同じでも、事故時に0〜4歳だった子供の甲状腺がんの増加が特に顕著である。

 下図の赤字は筆者による追記である。調査年の下の数字は福島第一原発事故における相当する年である。注目すべきは、事故時に0〜4歳の子供で増加していること、事故から年が経過するほど増加が顕著なことの2点である。そして当然のことながら被ばくが大きな地域で増加が大きいことが、被ばくと発見された甲状腺がんの関係を示す条件である。以上の3点が重要である。


図 ベラルーシでチェルノブイリ事故による甲状腺がんと診断された症例数
出典:http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09020312/05.gif

■甲状腺検査を受けた人の年齢別割合

 検査人数に対する割合(有病率)を、年齢別に比較することから、まずは年齢別の検査を受けた人の割合を示す。対象年齢の全県民が対象ではあるが検査を受けるかどうかは強制ではないからである。

 以下の3つのグラフをみると、小学校、中学校などは学校で行われる検査に参加するため、受診率は高いが、県外の高校、大学への進学、就職などによって受診率は大幅に低下していることが分かる。検査実施年が後になるほど年齢があがるので、受診率も下がる。

 先にみたように、事故前の甲状腺がんの割合は年齢が上がるほど上昇するので、年齢が上の子供の受診率の低下は、甲状腺がんが見つかる実数の大幅な低下に繋がる。そのため、やはり検査を受けた人数に対する割合を年齢別に見ていくことが重要であることが分かる。





 なお、本格検査(3回目)は、2017年12月31日現在では完了していない。過去の年度の調査経過からみて、本格検査(3回目)の甲状腺がんの数が確定するのは、年度を超えて2018年度の半ば過ぎになることが予想される。

■甲状腺がんが見つかった人数

 年齢別の割合を示す前に、まず確定した甲状腺がんの数の実数と、検査人数に対する割合の経過を示す。先行検査(1回目)から本格検査(2回目)の2014年度まではおおむね同程度0.03〜0.04%、10万人あたりにすると30〜40名程度だった。本格検査(2回目)の2015年度と本格検査(3回目)は同程度であり、やや減少しているように見える。ただし、実際に減少しているかどうかは、年齢別の割合で比べる必要がある。



 まず、甲状腺がんが見つかった実数を下図に示す。

 事故時5歳、6歳等の低い年齢からも甲状腺がんは見つかっているが、その数は他の年齢に比べると少ない。事故時に低い年齢の甲状腺がんが増加しているとまでは言えない。

 また、受診率が大きく下がっている年齢では、甲状腺がんが見つかっている数も大幅に減少していることが分かる。



■甲状腺がんの年齢別の有病率

 受診率が下がっている世代のデータをみると、やはり検査年齢別の割合で有病率を比べる必要があることがわかった。そこで、横軸を年齢、縦軸を検査を受けた人に対する甲状腺がんの割合(有病率)としてグラフを作成した。

 詳細な年齢は分からないものの、事故時および検査時の年齢区分毎の人数、調査実施年の事故からの経過年数からおおむねの年齢が推計できる。年齢区分の中央の年齢を用いて作成したのが下のグラフである。

 ●が先行検査(1回目)、■が本格検査(2回目)、▲が本格検査(3回目)である。本格検査(2回目)は先行検査より有病率が低下し、本格検査(3回目)はさらに低下しているように見える。



 ここで注意しなければならないのは、検査とその後の通常診療で一度甲状腺がんが見つかった子供が、再度福島県の検査を受ける必然性がないことである。一旦、通常診療(費用は県負担になったようですが)に移行した場合、その後の経過は診療の一貫として通院すればいいので、県の検査に参加する必要がなくなるからである。

 そこで、一度見つかった甲状腺がんの数を、その後の検査結果に加えることとした。福島県の検査によって甲状腺がんが見つかり手術をすることにならなければ、「有病」のままであったはずだからで、このグラフは有病率を示したものだからである。

 下図にその結果を示す。本格検査(3回目)は終了していないので、やや低めとなっているが、先行検査(1回目)と、先行検査(1回目)+本格検査(2回目)の年齢別有病率はほぼ一致していることが分かる。



 原発事故の被ばくによって甲状腺がんが増えているのであれば、事故時に0〜4歳の子供で増加し、事故から年が経過するほど増加するはずであるが、その傾向は未だに見られていないことになる。

 事故から年が経過するほど有病率が増加した場合、つまり原発事故によって甲状腺がんが増加した場合には、下のイメージのように変化するはずである。その場合には、増加する前と増加した後の差(黒い点線と赤い点線の差)が被ばくによって増加した甲状腺がんの割合ということになる。



 ところで、がんと診断されること自体、命に関わるリスクを伴う。以前に以下で紹介したように、がん診断直後1年以内の自殺を含む死亡率は大きい。がんと診断されることが大きなストレスを伴うからであろう。

◆がん診断と自殺リスク
http://eritokyo.jp/independent/takatori-fnp0035.htm

 また甲状腺がんと確定した子供は手術を受けている。手術によって組織を取り出さないとがんと確定できないことから、確定した人数は手術を受けた人数を意味する。甲状腺の手術を受けることによって生涯にわたって生じる不利益(術後の長期にわたる薬や通院が必要となる等)もある。

 これらのことも含めて、広い意味で原発事故の被害と言えるが、その被害を拡大させないようにする必要がある。検査のあり方については、当事者である子供やその家族をふくめた議論が必要であるし、検査の課題や結果の評価について、県外も含めて広く知らせる必要があるだろう。ましてや安易に「被ばくにより甲状腺がんが増えている」という現時点において事実と異なる誤った印象を広めることは、精神的ストレスや偏見などの被害を大きくすることにしかならない。