政府広報 「放射線についての正しい知識を。」 の問題 鷹取敦 掲載月日:2014年8月19日
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2014年8月17日「放射線についての正しい知識を。」という政府広報が、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞、日経新聞の大手5紙と、福島民報と福島民友の地方紙2紙に掲載された。(掲載紙は、池田こみちが復興庁に問い合わせて確認。) 2014年8月17日掲載の政府広報 ■政府広報の概要内容は、政府が福島県から避難されている方々を対象に行った勉強会における東京大学医学部附属病院 放射線科准教授の中川恵一氏と、国際原子力機関(IAEA)保健部長のレティ・キース・チェム氏の講演の概要をまとめたものである。中川恵一氏の講演まとめの見出しは「放射線について慎重になりすぎることで、生活習慣を悪化させ、発がんリスクを高めている」というもので、小見出しとして「放射線の影響に関する深刻な誤解」、「福島で被ばくによるがんは増えないと考えられる」、「運動不足などによる生活習慣の悪化が発がんリスクを高める」というものである。 レティ・キース・チェム氏の講演のまとめの見出しは「国際機関により設定された科学的な基準に基づく行動をとってほしい」というもので、小見出しとして「放射性物質は様々な場所に」、「人体にとって有害な放射線量とは」、「科学的な根拠に基づいた国際基本安全基準」というものである。 講演の概要の下には、放射線と生活習慣の発がんリスク比較した表、震災後検診結果の推移(糖尿病型が9.4%から11.3%に増加していることと、糖尿病によるがん罹患リスクの上昇を示したもの)が掲載されている。 ■政府広報とメディアの問題政府広報とは「政府広報は、政府の重要施策について、その背景、必要性、内容などを広く国民に知っていただき、これらの施策に対する国民の理解と協力を得ることを目的」(内閣府 http://www8.cao.go.jp/intro/kouhou/)としたものである。最近の政府広報は下記の「政府広報オンライン」に一覧が掲載されている。 政府広報一覧(政府広報オンライン) http://www.gov-online.go.jp/pr/index.html 下記は新聞に掲載されたものである。ただし、平成24年(2012年)8月以降のものしか掲載されておらず、今年の8月分は未だ掲載されていない。 政府広報一覧・新聞広告(政府広報オンライン) http://www.gov-online.go.jp/pr/media/paper/index.html 内閣府の平成26年度予算(案)概要をみると、平成26年度の「政府広報・広聴活動の推進、国際広報の強化」のうち、「テレビや新聞、インターネット等を通じた内外広報活動、世論調査等を通じた広聴活動を実施する。」に約39億円の予算が割り当てられている。 平成26年度予算(案)概要(内閣府) http://www.cao.go.jp/yosan/soshiki/h26/yosan_gai_h26.pdf この予算が広告代理店等を通じて、新聞、テレビ等のメディアに配分されるのが、政府広報ということになる。 もちろん、政府広報として行う必要のあるものであれば、税金を支出することに問題はないが、政府の政策の必要性を一方的に押しつけようとするもの、政府広報で行うまでもないもの、政府広報として行うことで期待する効果が得られないと思われるものなどが含まれるように見える。 政府から独立した立場で報道すべき報道機関に、広告料を支払って広告を掲載するのであるから、重要な政策であればこそ、報道機関の独立性を損なわないよう配慮する必要があるが、たとえば無駄な公共事業として批判されているような事業の必要性を強調するような政府広報が掲載されることがある。そのような場合、いくらメディアが、記事と広告は別と主張しても、客観的な中立性は損なわれる。 ■放射線リスクの問題と政府広報放射線のリスクについて、さまざまな意見がある中、政府広報としてこのような全面広告を掲載することについて考えたい。原発事故による健康影響が放射線リスクだけではなく、運動不足などが糖尿病の原因となり、さらには癌の罹患リスクが上昇する、という指摘は誤りではない。 むしろ運動不足だけではなく、原発事故に伴う、生活環境・住環境の悪化、地域の生活基盤の破壊、コミュニティ・人間関係の悪化、将来の不安等によるストレスなどの健康影響は、いずれも原発事故によって生じているものであり、紙面では、これらの点についての言及が足りないくらいである。 また、事故前からもともと存在する自然起源等の放射線とその程度を知ることも、現実の生活において放射線問題に対処するにあたり有用なことでもある。 この政府広報の一番大きな問題は、国が原発事故の反省もなく他人事のようにこれらを示していることにある。福島第一原発事故について、国に大きな責任があることは言うまでもなく、スタートラインにおいて、国に対する大きな不信があると認識することが重要である。 原発事故に責任のある国が、放射線リスクより運動不足のリスクが大きいので、放射線リスクは気にしないようにしましょう(とは書いていないがそのような印象を与える)、喫煙、大量飲酒、やせすぎのリスクの方が被ばくリスクより大きいから放射線リスクは気にするまでもない(とも書いていないがそのような印象を与える)広報をすれば、却って不信を増大するばかりではないだろうか。 このような政府に対する不信は、福島第一原発事故が初めてではない。たとえばチェルノブイリ事故の時には、当事国ではないスウェーデンでも国(放射線防護庁)などに対する不信が高まり、放射線リスクについての混乱が生じていた。(詳細は「スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているか」の訳者の佐藤吉宗氏が「原子力事故をめぐる社会の反応─スウェーデンにおけるチェルノブイリ原発事故後の混乱とその特徴」 (http://www.jrias.or.jp/books/pdf/201408_JIYUKUKAN_SATO.pdf) に当時の記録を元に紹介している) まして、原発事故に直接的で重大な責任があり、にも関わらず原発再稼働に向けて全力を注いでいる日本政府が、このような広報を行っても逆効果ではないだろうか。 ■必要とされているのは一般論的な放射線の「知識」ではない国際原子力機関(IAEA)保健部長のレティ・キース・チェム氏は「皆さん不安を感じており、放射線に関する知識を求めていることを実感しています」とあるが、被災者が必要としているのは本当に「知識」なのだろうか。チェルノブイリ事故から10年後にベラルーシのオルマニーという人口1300人の村で欧州委員会の支援を受けて行われた取り組みでは、放射能の知識を教え込むことや、住民の持つ不安を否定することでは問題が解決しない、という教訓を得ている。実際に住民が生活の中で自らの取り組みを通じて被ばくを低減し、生活を回復するのに役に立つことが、生活を取り戻すために有効な方法であることが、地に足のついた取り組みを通じて分かっているのである。 スウェーデンでも、不安を抱える人々は何らかの対策を講じることで自分自身や子供達を守っていることを実感することを欲しており、「何も対策はいらない」というアドバイスや、何事もなかったかのように暮らすことをおかしいと感じる人が大勢いたという。 住民の不安を気のせいだとばかりに否定し、トップダウンで「正しい知識」を与え、「問題はなにもない」と説明することでは解決しない問題であることを、日本政府は全く理解していないことが、今回の政府広報によく現れている。 国(環境省)は、災害がれきの広域処理の際にも、広告代理店に二十数億円の税金を投じて、事実と異なる印象づけを熱心に行ったが、全く役に立たなかったどころか逆効果だった。単にマスメディアを「大本営発表」に利用することでしかなかった。 災害がれき広域処理に関わる政府広報(新聞見開き) 足りないのは「一般論的な知識」などではない。被災者が本当に直面している困難と必要としているものが何かを現場から学ぼうとする努力、意思決定の透明性や住民自らの関与の機会、被災者の選択肢を増やし具体的に支援する努力が、絶対的に不足しているなかで、そうした上っ面の情報提供はかえって被災者や不安に思っている人々の気持ちを考えていない、と批判されても仕方がない。 今回の政府広報や、先日、下記に指摘したような、ちぐはぐなことをしているようでは、国への不信は増すばかりである。 除染目標に関する環境省のまやかしと問題点 http://eritokyo.jp/independent/takatori-fnp0042.htm |