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除染目標に関する環境省の

まやかしと問題点

鷹取敦

掲載月日:2014年8月8日
 独立系メディア E−wave
無断転載禁


 2014年8月7日、環境省が除染目標に個人線量を導入することによって、事実上、緩和しようとしていると批判する記事が東京新聞に掲載された。

東京新聞・除染目標 事実上の緩和個人線量重視まやかし
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2014080702000138.html

 同8月2日の福島民報にも関連する記事が掲載されている。東京新聞や福島民報の記事にあるように、環境省は福島市、郡山市、相馬市、伊達市と勉強会を開催し、除染目標を「緩和」する新方針を副大臣が発表している。

福島民報・被ばく低減に防護策示す 線量計貸与や遮蔽物
http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2014/08/post_10472.html

福島民報 2014年8月2日
被ばく低減に防護策示す 線量計貸与や遮蔽物


 除染の新方針は1日、福島市の福島ビューホテルで開かれた環境省と福島、郡山、相馬、伊達の4市との勉強会で環境省の井上信治副大臣が発表した。
 井上副大臣は「個人被ばく線量の低減を図るため、除染以外の方法も検討すべき」とし、個人線量計の貸与や道路側溝への遮蔽(しゃへい)物の設置、放射線量が高い地点の周知などを挙げた。

 空間線量から、個人被ばく線量に基づいた除染への転換について、井上副大臣は「個人線量を基準とすることで、きめ細かい対応ができる。除染を加速し、復興を進めたい」と強調。除染の本来の目的である被ばく線量の低減に向け、線量の高い場所を重点的に除染するほか、放射線を遮蔽する対策を講じるなど地域の実情に合った手法で進める考えを示した。一方、住民からは除染の打ち切りにつながるとの懸念もあり、専門の相談員を配置する方針だ。

 政府は平成23年5月に除染の長期目標として個人の年間追加被ばく線量を1ミリシーベルトと規定。一定の生活パターンから1時間当たりの空間線量に換算した推計値として毎時0.23マイクロシーベルトを提示し、多くの自治体がこれを除染計画の中で目標に掲げてきた。

 しかし、新方針では、4市の調査結果として、平均で年間1ミリシーベルトの被ばく線量になるのは空間線量が毎時0.3〜0.6マイクロシーベルトの地域の住民だったと記載。環境省の担当者は「毎時0.23マイクロシーベルトにとらわれる必要はない」と説明し、「(毎時0.23マイクロシーベルトが)誤って伝わってしまい、反省している。今後はしっかりと理解を求めていきたい」と述べた。

 ただ、平均的な空間線量と個人線量を結び付けるのは十分に注意が必要として今後、データを増やし分析を進めることが求められるとした。生活パターンによって個人線量はばらつきが多いことから、住民に線量計を配布し、個人線量に着目した除染以外の放射線防護も充実するよう求めた。

 福島民報の記事にあるように、新方針で「平均で年間1ミリシーベルトの被ばく線量になるのは空間線量が毎時0.3〜0.6マイクロシーベルトの地域の住民だった」と記載し、「毎時0.23マイクロシーベルトにとらわれる必要はない」と説明していることが、東京新聞で事実上の緩和であると批判されているのである。

 しかしながら、除染目標の問題はわかりにくいため、今回環境省が緩和の方針を示した、という東京新聞が批判するような単純な問題ではないことは、あまり理解されていない。実は国が除染の目標を示した最初の時点から、矛盾とまやかしがある。以下、除染目標に関わる問題を整理して示す。

■国の除染に関する目標の誤った印象付け

 国の除染の目標は0.23μSv/hではなく、「2年後までに」、「約50%減少した状態」というものである。50%のうち40%は物理的減衰(半減期の速度で減少)と、風雨などによる減少(ウェザリング)の効果、残る10%が除染による削減というのが当初の目標であり、環境省も当初よりそのように説明していた。(ただし学校、公園は自然減40%+除染20%=60%の減少が目標)

除染に関する緊急実施基本方針、平成23年8月26日
http://www.meti.go.jp/press/2011/08/20110826001/20110826001-3.pdf
※上記のサイトがリンク切れになっておりました。ダウンロードしたPDFをこのリンクから開けるようにいたしました(2018/11/08)

 10%削減程度であれば、除染してもしなくても大して変わりはないから、国は除染にほとんど期待をしていないのだろうという印象を当時持っていた。また自然減と合わせて50%減という目標の示し方は、水増し的なところがあり、除染に過大な期待を持たせるものであった。(ただし、その後の調査で、実際には除染の効果は10%より大きかったことが分かっている。)

 一方、0.23μSv/hと言う線量率は除染の対象とする地域(除染特別地域、除染実施区域)を決める際の区域の線引きの基準である。0.23μSv/hとは屋外に8時間、屋内に16時間滞在していると仮定し、屋内の線量率が屋外の4割と仮定した場合の0.19μSv/hに事故前からの線量として0.04μSv/hを加えた線量率である。

 つまり、除染による目標50%減と0.23μSv/hは全く関係ないのである。そして除染によって50%減になっても、元が高い地域では依然として0.23μSv/hより高いままなのである。

 この矛盾はきわめてわかりにくく、住民としては理解しがたいと思われるため、自治体によっては0.23μSv/を独自の除染目標としている場合もある。この点について、環境省は誤解するにまかせ、つい最近までまともに説明をしてこなかった。

 そして除染には、長期的な目標が定められている。これが1mSv/年である。この目標をいつまで、どうやって除染で達成するのか、それをどういう方法で確認するのか一切示されていない。漠然と除染によって1mSv/年まで下げられるのだという印象付けをする効果しかなく、これは実際の環境省の持っていた見通しと異なる誤った印象操作である。長期間経てば、半減期と風雨によって低下するので、それを待っているだけではないかとも思われる。

 長期目標の1mSv/年という数値と、線引きの0.23μSv/hという数値から受ける印象は、除染によって0.23μSv/hまで下げ、それがすなわち1mSv/年である、というものである。これは全く誤った印象づけによる誤解であるが、環境省は誤解されたままの方が、当面は都合いいと考えていたのではないだろうか。

■家の外の線量率と実際の被ばくとの関係

 0.23μSv/hは屋外の線量率である。また、除染目標も屋外の線量率で把握するものである。この点は、国の目標も自治体毎に独自に定めた目標も同様である。

 しかし実際の外部被ばくにおいては、生活の中で滞在時間の長い自宅や職場、学校の屋内の影響が大きい。特に1日のうち3分の1程度を過ごす寝室の影響は大きい。そして、屋外の線量率と屋内の線量率の関係は、個々の建物によって異なる。0.23μSv/hの前提は屋内の線量率は屋外の線量率の4割だが、多くの家屋ではこれより低い一方、屋根等の汚染の状況によって、一部の家屋では屋内の線量率が屋外と同程度かむしろ高い場合もある。

 たとえば自宅の屋内の線量率が高い場合には、屋外で0.23μSv/hであっても、年間1mSv/年より大きいことになる。逆に屋内が屋外より著しく低い場合には屋外で0.23μSv/hより高くても、外部被ばくは年間1mSv/年を下回ることになる。環境省が示しているのは、多くの家に該当する後者について0.3〜0.6μSv/hが年間1mSv/年に相当するということであり、前者の屋内が高い例を無視したものである。

■個人線量を除染目標に出来るか

 筆者は2011年春以来、個人線量計を持ち歩いているので、経験上も個人線量の持つ特性をよく理解している。

 個人線量とは、個人線量計を身につけて生活することで把握できる、一人一人の実際の外部被ばくのことである。個人線量とは実際の外部被ばくに相当するものなので、個人線量が1mSv/年を下回れば、長期目標1mSv/年を下回るということになり、この点においては「緩和」ではない。

 ただし、生活パターンが変化すれば、個人線量も変化するため、除染効果との関係は単純には分からない。どこにどれくらいの時間滞在するかによって変わってくるからである。したがって除染の効果を評価するには向かないのである。

 たとえば、夏休み等で長く自宅の屋内にいる場合、学校の校舎内の線量率と自宅の線量率が違えば個人の被ばくも変わってくるし、外部被ばくを避けるため出来るだけ外に出ない生活を心がけている場合には、見かけ上低くなるが、これが普通の生活における外部被ばくとは言えないであろう。

 また、個人線量が高ければ、それだけしっかりと除染してもらえるとなれば、個人線量計を身につけずに、線量率が高そうな屋外に置きっ放しにする人が続出するであろうことは目に見えている。これでは本人が自分の生活のために個人線量を把握することの妨げとなってしまう。

 そして個人線量はプライバシー、個人情報そのものであるという問題がある。日々の個人線量の記録を見れば、だいたいどういう行動をしたか分かる。家の中にいた時間が長いか、屋外に滞在した時間が長いかどうかなどが、日々の積算線量に表れるからである。このような個人情報を除染目標管理のために行政が収拾するのは、あまり好ましいことではない。一方、ガラスバッチによる個人線量の測定の場合には、積算線量は毎日単位ではなく、数ヶ月単位になるのでプライバシーの点からは好ましいが、日々の数値が分からず、数ヶ月後になって1つの数値を知らされるだけのものを、毎日朝から寝るまで身につけるのは、やりがいもなく苦痛なものである。

■環境省は本当に個人線量を除染目標にしようとしているか

 以上のように、個人線量を除染目標にすることは問題が多いが、そもそも環境省は個人線量を除染目標にしようとしているのであろうか。まだ公式な発表にはなっていないが、記事を見る限り、新方針で「平均で年間1ミリシーベルトの被ばく線量になるのは空間線量が毎時0.3〜0.6マイクロシーベルトの地域の住民だった」と記載し、「毎時0.23マイクロシーベルトにとらわれる必要はない」ということであるから、相変わらず、屋内の個別の事情は考慮せずに、屋外の線量率だけで評価しようと考えているようである。

 基本的な考え方を変えずに0.3〜0.6μSv/年に除染目標を変更しようとしているのであれば、住民からは、約束が違う、除染費用を節約するために緩和しようとしているのだろうと思われても仕方がない。実際にはこれでも多くの人が1mSv/年を達成できる可能性はあるものの、そもそもスタート時点のまやかしを個人線量の名を借りて、実際には個人線量でない方法で緩和しようとしていることが招く不信、社会的な混乱は大きいと思われる。

 これにより個人線量そのものへの不信が高まったり、個人線量計を外に置きっ放しにする人が増えれば、不利益を被るのは被災者である。

■帰還と1mSv/年の関係

 報道によっては、この「緩和」により帰還を促進させようとしているのではないかとの批判がある。しかし帰還の目安は1mSv/年ではないので、この見直しによって、帰還を促すことにはならない。避難指示解除の目安は20mSv/年である。ただし、実際には目安とする線量率の測定時期と解除時期に差があり、さらにインフラの整備等、居住環境が整わないと帰還できないため、解除時点では20mSv/年よりもかなり低い年間積算線量となっている。



 以上から分かるのは、環境省が当初の除染目標に関わる誤りを、長期間にわたって放置してきたこと、現在においてもなお、個人線量や住民のおかれている状況を正しく理解せず、自治体に責任と負担をおしつけ、問題解決のための責任を取ろうとしていないことである。「最後は金目」という大臣の発言と、この除染目標の問題は本質において共通しているのである。