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シンポジウム「子どもの環境と影響」
参加記

鷹取 敦

掲載日:2008年9月27日


 2008年9月27日土曜日、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議の10周年記念シンポジウムが、環境ホルモン問題を全世界的に知らしめた「奪われし未来」の共著者であるジョン・ピーターソン・マイヤーズ氏と、アメリカの環境NGO"Environmental Working Group"(EWG)の副代表スーザンコンフォート氏を講演者(初来日)に招き、市ヶ谷のJICA国際会議場で開催された。

 講演者は海外からのお2人に加え、千葉大学大学院教授の森千里医学博士、国立医薬品食品衛生研究所の鹿庭正昭氏の4人で、午前10時から夕方5時半頃まで行われた。

 それぞれの講演内容の概要を講演順に紹介したい。


■へその緒が語る体内汚染〜未来世代を守るために〜
 千葉大学大学院教授の森千里医学博士■

 本コラムでも紹介した先日の「シンポジウム ストップ!廃プラごみ発電」の講演者のひとり、長山准教授の講演も胎児、乳児への影響に重点を置いたものであったが、1人目の講演者である森氏も同じく胎児をはじめとする「ハイリスクグループ」(化学物質等の影響が生じやすいグループ)への影響をどう軽減していくかが研究の中心となっていた。

 生活の中で使われる化学物質は急激に増加し、それと合わせるように近年、児童のアレルギー疾患が急増している。特に1995年以降、顕著に増加しているという統計データがあるという。遺伝的な要因がこのように短期間で変化するとは考えにくいことから、環境要因による影響が大きいのではないかと指摘された。環境要因には物理的要因(熱、放射線等)、社会・文化的要因(ストレス、生活習慣、栄養状態等)、生物的要因(ウィルス等)、化学的要因(化学物質)があるが、森氏は一番、科学的な解明が遅れている化学物質に着目している。

 化学物質による健康影響の問題は、急性毒性から、慢性毒性・シックハウス(ビルディング)・化学物質過敏症・環境ホルモンへの人体への影響へと広がり、一方で生物濃縮、食物連鎖による影響、複合汚染の問題もあり、現在の化学に関わる問題は複雑化を増している。この問題を従来の単純な急性毒性問題のように個別化学物質の有害性の研究や因果関係の調査だけに着目していては、到底問題解決は困難であり、「予防医学」の考え方を取り入れなければならないことを強調された。まさに、21世紀は「環境の時代」であるとともに「予防医学」の時代であるという。

 化学物質の影響は、従来解明されてきた直接的な影響に加え、DNAへのダメージ、DNA伝達への影響、さらには、Epi-genetic(遺伝後)の問題があることが分かってきた。その時代時代の知見だけで対応すると後から出てきたものに対応できないため、一層、予防原則の基での研究や対策、診断治療が重要であると指摘された。

 森氏の研究ではPCBを化学物質の代表物質として選び(分析手法が確立していて把握しやすい等の理由から)、母親、臍帯(へその緒)、臍帯血、母乳等について蓄積や移行について把握されている。他の化学物質(たとえばダイオキシン類)については一般的にPCB濃度との関係が高いことを確認されている。PCBは加齢とともに体内に蓄積され、臍帯を通じて胎児に移行、母乳によっても乳児に移行するという。

 森氏は、よく行政が行う(集団の)「平均値」をもって安全である、という評価には全く意味がないと強調して指摘された。疾患は平均値で起こるのではなくて、個々人の濃度によって起こるのであり、また同じ濃度でも人によって疾患となる感度が違うからである。濃度で言えば、全体の約10%の人が、平均値より5〜10倍高い濃度を示す傾向があるという。

 また、急激な成長の過程にある胎児、乳幼児は吸収した物質を出来るだけ体内に保持し、排出しないようにして、身体の重要な部分を作り上げようとするため、汚染の影響を受けやすいという。また成人病発症の原因は胎児期にあるのではないかという説があることを紹介された。病人、高齢者、化学物質過敏症の人なども化学物質の影響を受けやすい。

 このようなグループ、年代を「ハイリスクグループ」、「ハイリスクライフステージ」といい、このような人たちの健康を守るための社会を構築することが、化学物質に大きく依存した現代社会では重要であり、そのための具体的な提案をされ、実際に大学で行われている試行について紹介された。

 ヒトの胎児への曝露量調査を通じて、正確な情報伝達(認知)、影響の判定方法の確立(関心)、予防法の確立(行動)し、「次世代環境健康学」を創成を目指しているという。またそのため「環境健康トランスレータ」の資格を作り、これまでに100人以上の人材を輩出しているという。(こうした資格制度については、環境カウンセラーを思い起こさせ、この点については筆者としてはやや違和感を感じた。)

 森氏の試みでは、個々人の汚染をPCBを指標として調べ、特に蓄積濃度が高い方には、汚染摂取の少ない生活スタイルへの改善、蓄積された汚染の排出方法について開発、取り組みを進めるという。そのための試行として、「ケミレスタウン」を大学キャンパス内に作り、環境改善型予防医学研究を行っているそうである。


■身近な化学製品、家庭用品による子どもへの影響
 国立医薬品食品衛生研究所の鹿庭正昭氏■

 2人目の講演者である鹿庭氏は、3月に国立医薬品食品衛生研究所を退職され、現在は非常勤の立場で同研究所で勤務されている。これまで30年間、家庭用品の安全性、特に皮膚を経由した一般的な化学物質による健康被害に関する研究をされてきており、その概要を紹介された。

 家庭用品の鉛については、1981年、文具に含まれる鉛が問題となりこれは対応されたものの、その後1997年に学校の遊具のほとんどから検出され、これは未だに残っているという。2005年の金属アクセサリに含まれる鉛が問題になったのは記憶に新しい。

 鹿庭氏は現役時代に手袋、履き物、接着剤、染料、抗菌加工等に使われている化学物質等による被害について取り組まれてきた。原因物質はいくつかに類型化可能であり、これらを考慮することによって予防可能であるという。しかし、メーカーの技術者が「アマチュア化」しており、化学物質の毒性について知らない技術者が増えていると指摘された。

 MSDSについては、消費者アンケートを行ったところ、一般の人に分かりやすい記述でない、という意見が多く消費者の段階ではあまり活用されていない実態が明らかになったという。現在のMSDSにあるような「皮膚感作性あり」とあっても、どの程度強く、どのような場合に起こるのか分からないので、製品作りの際にも役に立たないという。過去の被害の事例が表記されていれば、製品設計の時に参考になるが、そうした情報が明記されていないため、メーカーが安易に化学物質を使用する傾向があるのではないかと指摘された。

 鹿庭氏が研究所に入ったばかりのころ、「乳幼児用品」には化学加工をしないことが原則であると、たたき込まれたそうである。ホルムアルデヒドについても「検出せず」だったが、科学的に「検出せず」だけでは意味がないので、その後、16ppmと定量下限値が定められたそうである。

 製品による「事故」に対するメーカーの対応についても言及された。デスクマットによる事故(皮膚炎の発症)があった時、大手文具メーカーは、原因究明の体制の作り方に課題(皮膚科、化学物質の専門家を入れず内向きであったという)はあるものの真摯に対応したという。大手メーカーでも、全く対応せず「敵前逃亡」する例もあるので、大手メーカーだからといって信用できるなどということは全く無いと指摘された。消費者にはこの違いをきちんと見極めて、「敵前逃亡」するような企業には社会的な制裁を加えて欲しいと言われた。

 製品つくりとしては、化学物質を極力使わない安全なものに基準をそろえるのが「理想」であるものの、現実的には化学物質に「強い」一般の人にはレギュラーグレードの製品、ハイリスクグループには多少コスト増であっても極力配慮した製品といった、グレード分けを行うのが現実的ではないかと提案された。(ハイリスクグループは一般に経済的にも恵まれない境遇におかれることが多いので、この提案はやや無理があるのではないだろうか。社会的な費用として広く負担するような仕組みが必要だろう、というのがこの提案についての筆者の感想である。)


■科学は環境・健康問題を解決できるか〜病気のない社会への新たな可能性〜
 ジョン・ピーターソン・マイヤーズ氏(「奪われし未来」共著者)■

 マイヤーズ氏の講演は、世界中に蔓延した現代社会の影響について言及するところから始まった。チベットの山奥の秘境に36時間かけて到達し、そこで出逢った僧侶が手を動かしているのをのぞき込んだところ、仏教の祈りの動作ではなく、彼の手にはゲームボーイがあったという。ことほど左様に、大気も水も世界中がつながっており、世界のあらゆる樹皮からPOSs(残留性有機汚染物質)が検出されるという。一方、身体の中についても、米国人乳児10人の臍帯血を対象に413種類の化学物質を検査した結果、平均200種類の物質が検出されたという。

 マイヤーズ氏は「現在進行中の科学革命」に言及する。成人慢性疾患など健康と汚染の環境についての理解が大きく変わろうとしていること、プラスチックなどこれまで安全であると考えられてきた製品に関する予期せぬ発見が相次いでいること、これらは「予防医療」について大きなチャンスであること、などである。

 従来の毒性学、疫学研究では低濃度曝露の健康影響が過小評価されていたことを指摘された。これまで知られていた「単調に右肩上がりに増加する」(量が多ければ毒性が強い)有害物質に対して、ビスフェノールAを代表に「非単調」な影響を生ずる化学物質について科学的な知見を紹介された。

 無毒性量(NOAEL)を元に安全係数を常じ1000分の1のきわめて低い濃度を規制濃度とすると、実はその濃度がもっとも発ガン性が強い濃度であった、ということがありうるとタモキシフェン(乳がん治療薬)のデータを例に説明された。

 これらの低用量・低濃度での影響は、遺伝子の発現へより大きな影響を与えうるという。低濃度といっても水1滴、1ppbのビスフェノールAの分子の数は1320億もあり、これが遺伝子の発現制御機能を乗っ取るのではないかと言われている。これまでの有害物質が直接的に身体の防御機能を打ち負かすのとは異なる概念である。

 これまで単純に遺伝病と考えられたいたものは、遺伝と環境要因が相互作用して表れている可能性があり、そうであれば、遺伝性疾患と思われていたものでも、環境要因を取り除くことによって治療、予防することが出来るかもしれない、という。

 低濃度曝露が遺伝子発現に影響があることが動物実験で分かっている物質として、ビスフェノールA、パーフルオロ化合物、フタル酸類、臭素化難燃剤、ダイオキシン、PCB、DDT、ウラン、ヒ素、カドミウム、大豆フィスエストロゲン等を挙げられた。これらはこれまでの規制毒性学の盲点となっていた。

 さらにマイヤーズ氏は、複合汚染の問題についても指摘された。物質間の相互作用により、個々の毒性が弱くても同時に摂取することにより強い毒性を持つ場合が存在する。エストロゲン殺虫剤と11種のエストロゲン(毒性はきわめて弱い)を混ぜた例を挙げて説明された。単純に合計した毒性の2倍の毒性があるそうである。

 また森氏が話されていた、胎児期、発達期での影響が成人慢性疾患を発することを示唆する多くの動物実験があることを紹介された。がん、不妊症、生殖器障害、行動異常等が発達期の影響により大人になってから表れる可能性があるという。

 さらに世代を超える影響についても判明しつつあるそうである。孫世代、4世代目への影響を表す研究結果を紹介された。

 マイヤーズ氏は、多くの科学的な疑問が未解決のまま残されているが、次世代の予防医学の考え方を組み込む必要があることは分かっており、メッセージ性のある「グリーンケミストリー」が求められているという。

 かつては水を経由した疫病がニューヨーク市で蔓延した時代があった、現在の流行病であるホルモン関係がん、子宮内膜症、学習障害、ADHD、自閉症、変性疾患、早産、肥満と糖尿病、喘息、不妊症、子宮筋腫等の一部は、これら次世代の予防医学により予防可能かもしれない、と指摘された。

 ビスフェノールAの影響については、産業が資金を提供している研究では影響ありという結論はゼロだが、政府が資金を提供している研究では影響ありとの結論がなしという結論の10倍に及ぶという。研究の資金の主体、資金の出所も重要な要素であるということである。


■暮らしの中の汚染は10年でこんなにも減った〜米国環境NGO"EWG"の取組
 "Environmental Working Group"スーザン・コンフォート副代表■

 情報力を使って人間の健康と環境を守ることを使命としているNGO、Environmental Working Group(EWG)の活動について、副代表のスーザン・コンフォート氏より紹介があった。

 EWGの主要なプログラムは、有害物質とヒトの健康、農業助成・持続可能な農業、公有地・天然資源の3つであり、現在、4つ目であるエネルギーと地球温暖化について準備中だそうである。各分野の専門家から構成される33人のフルタイムのスタッフを擁し、年間予算500万ドル+ロビー活動費25万ドルの予算、ワシントンDC、カリフォルニア州オークランド、アイオワ州アメスの3カ所に事務所を持つ。財源は65%が財団法人、個人が25%、その他が10%、政府や対象とする分野の企業からは一切、寄付を受けないという。

 EWGの活動の特徴は、膨大な政府のデータを効率よく収集し、なければ独自の調査を行い、情報・データに基づいて、政策に影響を与える研究を行い、マスメディア、インターネット等のメディアを頻繁かつ有効に活用し、議員へのロビー活動を通じて議会における議論を変える(できれば政策を変える)、ウェブとメーリングリストを通じて人々の意識を高めることによって政策決定にプレッシャーをかけることにあるという。

 対象とするデータは、政府が公開している、もしくは公開させた膨大なデータに加え、独自に調査を行ってきたそうである。ヒトの体内負荷量である血液、尿、母乳中525種類の化学物質の調査、ベビーフード、空気、水道水、加工フライパン、ヒ素処理木材、化粧品、魚、ペットフード、牛乳、レタス、ボトル入り飲料等についても調査を行ってきたという。

 EWGの活動として3つの事例を紹介された。

 1つ目は1996年の「食品品質保護法」(子どもの健康を守るための法律)の成立過程についてである。10年近く連邦議会で儀郎された法案は、業界寄りの骨抜きであった。

 これに対してEWGは、政府の行った動物実験データ、EWGが独自に行ったベビーフード、水道水のデータ、、州毎の農薬使用データ、選挙献金データ等を解析、特にFDAから入手した1700ページの「プリントアウト」したデータ(デジタルデータは提供されなかった)をデータベースに入力し、食品中の農薬曝露に関する解析を行い、骨抜き法案批判の根拠としたという。

 その後、法案の最終的な議員交渉の場にEWGのメンバー(当時は政策部長、現在の理事)が呼ばれ、数週間後には骨抜き法案はパイオニア的な法案に変わり、全会一致で可決され、連邦法としては初めて乳幼児および胎児の健康保護を目的として安全基準を法制化した法律となったそうである。


 2つ目はテフロン加工の有害性の情報に関わる事例であった。メーカーである3M社は20年前にはこの有害性を把握していたが、政府にはこれを報告していなかったことをEWGが行政文書(2万9千ページ)を読み込んで突き止め、EPAの規制措置への動きへと繋げた。EPAの規制が行われる直前に3M社はこの物質を市場に出さないことに合意したという。

 同様にデュポン社もPFOA(パーフルオロオクタン酸)が水道水を汚染しており、作業員の子どもに先天性異常が認められたという社内文書をEWGが調査して突き止めた。これは違法な物質ではないものの、デュポン社はこれを20年間隠していた。情報を隠していたことが違法行為にあたる。

 EWGは政府に申し立てを行い、さらの独自研究を行った。結果としてデュポン社は20年間重大な情報を隠していたことについて、EPA史上最高額となる1000万ドルの罰金を科されたそうである。さらに、カリフォルニア州は全米に先駆けてEWGが提案していた法案である、食品包装容器におけるPFOAの使用を禁止する法律を可決したそうである。


 3つ目の事例はビスフェノールAに関わる汚職の問題である。ビスフェノールAの評価を実施する政府機関が、ビスフェノールAメーカーと関係のあるコンサルが運営し、センター長はメーカーを含む大手企業から資金供与を受けて研究を行っていた人物であったという。

 EWGは独自調査を行い、さらに政府監視委員会に出席して汚職の可能性の調査について問題提起し、コンサルを契約を打ち切られたそうである。

 ビスフェノールAの問題はまだ最終的な結末を迎えていないという。

 また一方、でEWGや大勢の人の活動によっても、ようやくビスフェノールAというたった1つの化学物質の規制をある程度進めることしかできなかったことが大きな課題であると指摘された。これを解決するためのは、有害物質規制に包括的な改革が必要であり、「子ども安全化学物質法案」に注力しているそうである。

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 今回の講演には、筆者が環境総合研究所の調査等の活動を通じて持ってきた多くの問題意識と共通するものがあった。

 特に国、地方を問わず行政の、個別の環境問題、安全に関わる問題に対する姿勢は、「平均値」を持って問題無しとしたり、すぐさま生ずる急性毒性が予見されないことを持って「安全宣言」を行ったり、現在の不十分な規制基準、環境基準と比較し、ハイリスクグループ、次世代への配慮が全くなかったりすることに終始することがきわめて多い。

 またEWGの活動については、環境総合研究所の行き方と共通する点が多いと感じた。具体的な数値、データ、情報を根拠とした政策提言、必要であれば自主的な調査を行い独自のデータを持つこと、メディア、政治との関わり、独自の財政基盤を持つことなどである。

 今回の講演で受けた多くの示唆を今後の活動に活かして行きたい。