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土壌汚染対策法の問題点が露呈
東京ガス工場跡地(港区)の
小学校建設計画


鷹取 敦

掲載日:2007年3月5日


 3月4日(日)の朝日新聞の東京版に、港区が人口増に対応するために小学校の建て替え用地として、東京ガスの工場跡地について購入の交渉をしていたが、環境基準を上回る有害物質が検出されたため購入を断念されたと報じられた。港区に確認したところ、交渉は未だに続けられており購入を完全に断念した訳ではないそうだが、用地候補として決定したわけでもないそうだ。

 記事には「国の環境基準を最大で1900倍上回るシアンなどの有害物質が検出されたことが公表された。」とある。

 この調査は、東京ガスが工場用地を更地にするにあたり、国の法律である「土壌汚染対策法」第3条および東京都の条例である「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(略称:環境確保条例)」第116条に基づいて行ったものである。調査結果の概要は東京ガスのプレスリリースとして公表されている。
「田町用地の土壌調査結果と対策の実施について」
東京ガス 株式会社、平成19年1月23日
http://www.tokyo-gas.co.jp/Press/20070123-01.html
 この結果をみると「土壌溶出量」[単位:mg/L]としてシアン、ベンゼン、鉛、ヒ素、水銀、フッ素、セレン、トリクロロエチレンが、「地下水」[単位:mg/L]としてシアン、ベンゼン、フッ素が、「土壌含有量」[単位:mg/kg]としてシアン、鉛の結果の概要が示されている。これらはいずれも基準を超過した項目である。

 この表には基準超過数/全試料数、データの最大値、基準値、最大汚染倍率(=最大値÷基準値)が表として示されている。目立つところではシアンの最大値が基準の1900倍(190mg/L)、ベンゼンが基準の620倍(6.2mg/L)などが示されているが、個々の数値、検出された場所などは示されていない。

 この調査の内容についてもう1つ公表されている文書がある。それは「東京都公報」平成19年3月2日である。ここで「土壌汚染対策法の規定に基づく汚染されている区域指定(三件)」(環境局環境改善部有害化学物質対策課)とあるうちの1件がそれだ。
「法第5条に基づく指定区域の指定状況について」(東京都)
http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/chem/
dojyo/dojyo04.htm


「東京都公報」平成19年3月2日より
http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/chem/dojyo/file/
shiteikuiki(kouhou)/shiteikuiki/sei18-27.pdf
 これは土壌汚染対策法第5条第1項の規定によって、「特定有害物質によって汚染されている地域を指定」した結果を公表したものである。ここではシアン化合物、鉛及びその化合物、ベンゼンのみが示され、指定区域が地図上に網掛けで示されている。基準値を超えた物質が少なくとも8項目、のべ2697地点×項目もあるのに指定されているのは3項目のみなのであることに疑問を感じないだろうか。

 その理由は、土壌汚染対策法の附則および施行通知(都道府県知事、政令市長への環境省からの通知、環境省ウェブサイトにも掲載)を見なければ分からない。施行通知(PDF)には次のように記載されている。
「法の施行前に取り扱われていた特定有害物質は、調査の対象とならない。」
 土壌汚染対策法では対象にならなくても、より厳しい環境確保条例に基づいて行われた調査結果がある(それらの多くが基準値を超えている)にもかかわらず、上記の規定により指定の対象にならないという解釈である。

 これは普通の感覚ではとても理解できないだろう。現に調査が行われていて、多くの汚染物質が検出されているのにも関わらず指定の対象にはならない、すなわち対策の対象としない、ということだからだ。

 もっとも対策が全く行われないかというとそうではない。環境確保条例によって別途、対策が義務づけられる。
環境確保条例の概要(土壌汚染)
http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/chem/
dojyo/dojyo05.htm
 今回の件は第116条(工場廃止時の調査)に基づいているから、「対策が必要な土壌」については対策が義務づけられ、現に東京ガスは対策工事の概要をプレスリリースにおいて示している。
別紙2:対策工事について(PDF:133KB)(東京ガス)
http://www.tokyo-gas.co.jp/Press/20070123-02.pdf
 ただし東京都公報に示された指定区域をみると、敷地全域が対象になっている訳ではないので、敷地全体について汚染土壌が除去されるかどうかは分からない。その点について東京ガスのプレスリリースには全く説明がない。そもそも汚染の範囲は東京都公報をみてはじめてある程度分かるのであって、東京ガスのプレスリリースでは具体的な汚染の分布、範囲は全く示されていないのである。

 東京都公報の地図をみると汚染は敷地境界に接して存在していることが分かる。土壌汚染対策法の対象項目に限定しなければ汚染はもっと広がっている可能性がある。また、地下水にまで汚染が及んでいることからも、汚染は既に周辺地域に広がっている可能性があると考えるべきだ。

 しかし、東京ガスはプレスリリースで、敷地がアスファルトや未汚染土壌(健全土と表記)で被服されていることをもって、「周辺の生活環境への影響はないものと考えております。」と述べている。

 一般に、汚染について安全宣言をする時には、客観的で科学的かつ充分な調査を実施した上で、慎重にも慎重を重ねて評価することが重要だ。しかし東京ガスのプレスリリースにおける「安全宣言」は希望的観測に基づいたものでしかない。土壌汚染対策法、環境確保条例で調査を義務づけられていないとしても、安全宣言を出すためには、少なくとも周辺の汚染を把握することを目的として設計・計画された調査が必要と考えるべきだろう。

 ここまで書くと、前提となっている土壌汚染対策法、環境確保条例に基づいて行われた、当初の東京ガスの調査は評価に値するものであるかのように思われるだろうが、実はそもそもここに大問題がある。土壌汚染対策法の問題については、以前のコラムで指摘したので下記をご覧頂きたい。環境確保条例も土壌汚染対策法と同じ分析法を採用しているから、同じ問題点を抱えているのだ。

土壌汚染対策法の正体
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/
aoyama-col38.html


土壌汚染対策法のデタラメな分析方法
http://eritokyo.jp/independent/takatori-col121.html
 こんな杜撰な(汚染が発見されにくい)調査方法をもってしても、基準の1900倍(シアン)、620倍(ベンゼン)をはじめとする非常に高濃度かつ広範な汚染が検出されたのである。世界で通用する(汚染をまともに検出できる)方法で調査をしたら、ケタも範囲も違う汚染が判明する可能性があると考えるのが自然だろう。

 このような杜撰な調査方法で確認される「対策」(今回の場合には除去)が行われたとしても、そこに小学校を建設して子供を安心して通わせることが出来るだろうか。

 子供の有害物質に対する感受性は大人より高いと言われている。成長期に有害物質に接する可能性、リスクは可能な限り低減することが望ましい。汚染の影響は、直接舞い上がった土壌を吸い込んだり、地下水を飲んだりすることのみを考慮すれば事足りるということではない。汚染されていたとはじめから分かっている土地に小学校を建てることは回避すべきだろう。

 ただちに「生活環境」に影響が出るどうかだけをもって安全かどうか評価したり、すぐに人がバタバタ倒れるのでなければ問題なしということでは、到底先進国とは言えない。長期的なリスク、汚染の蓄積、複合的な影響を回避するため、予防原則に立って対応してはじめて、環境先進国と名乗る資格がある。

 3月5日(月)夕方のフジテレビの報道(スーパーニュース)でこの汚染の問題が取り上げられ、筆者がインタビューを受けたが、実際にニュースで放映されるのはほんの一部に成らざるを得ない。そこで、本稿はそれを補うためにまとめたものである。