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長期連載
Democratic Vista

第二章 小日本主義

 佐藤清文
Seibun Satow

2008年1月19日

Copy Right and Credit 佐藤清文著 石橋湛山
初出:独立系メディア E-wave Tokyo、2007年10月16日
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すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。
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第二章 小日本主義

第三節 大日本主義とは何か

 湛山は、「大日本主義」について「日本本土以外に、領土もしくは勢力範囲を拡張せんとする政策」と定義し、その主張を次の二点に要約している。

(一)我が国はこれらの場所を、しっかりと押さえて置かねば、経済的に、また国防的に自立する事は出来ない。少なくも、そを脅かさるる虞がある。

(二)列強はいずれも海外に広大な殖民地を有しておる。しからざれば米国の如くその国自ら広大である。而して彼らはその広大にして天然豊かなる土地に障壁を設けて、他国民の入るを許さない。この事実の前に立って、日本に独り、海外の領土または勢力範囲を棄てよというは不公平である。

 その上で、湛山は「吾輩は、この二つの駁論に対しては、次の如く答える。第1点は、幻想である。第2点は小欲に囚えられ、大欲を遂ぐる途を知らざるものであると」と批判している。

 戦前の大日本主義的な気分を次の歌がよく伝えている。

千島のおくも、おきなはも、

やしまのうちの、まもりなり。

いたらんくにに、いさをしく、

つとめよわがせ、つゝがなく。

(『蛍の光』第4)

あたまを雲の 上に出し

四方の山を 見おろして

かみなりさまを 下に聞く

富士は日本一の山

(『ふじの山』第1)

 前者では、千島列島や沖縄は本土防衛の壁にすぎず、その意義は国防にのみ還元されている。経済的・文化的な認識は認められていない。また、後者においては、富士山の高さを日本の周辺国に対する優越感に重ねている、ところが、最後に急に高さではなく、美しさへと「日本一」が摩り替わるのは、当時、日本領だった台湾に富士山より標高のある新高山(現玉山)があったからである。

 植民地支配は本格的にすればするほど、インフラ整備などに費用がかさむため、投資した分を回収するのさえ困難となる。本国の財政を圧迫することになりかねないにもかかわらず、それに固執するとしたら、経済的・合理的ではなく、軍事的・イデオロギー的理由からにほかならない。

 大日本主義は「富国強兵・殖産興業」のスローガンに沿って邁進した現われであり、世論はそれを自明のことと受け入れている。このようなイデオロギーに対し、厳しい批判を加え、戦い続けた湛山の姿勢は時代を超えて賞賛されるべきであり、学ぶ点も多い。

 しかし、それにとどまらず、湛山の洞察を汲み上げ、小日本主義を総合的・体系的な政治的・経済的・社会的・文化的思想へと現代的に構築することの方がはるかに有意義である。

 それには、まず、湛山が「幻想」と糾弾する「大日本主義」とは本質的に何かを明らかにする必要がある。ただ、今日、いかに好戦的で、右翼的な政治家であったとしても、日本が海外植民地を所有すべきだと考えるものはいないだろう。

 朝鮮半島をめぐる諸問題を解決するためには、自衛隊を送り、植民地化してしまえと政府に要求するとしたら、それは狂気の沙汰である。また、今時、国際的な経済問題をアヘン戦争のような形で解決しようとする政治指導者もいまい。いくら牛肉の輸入で日米がもめたとしても、「タイダウン・ロービング作戦」とでも称して、横須賀の原子力空母ジョージ・ワシントンから飛び立った戦闘爆撃機群が永田町と霞ヶ関を空爆するということはありえない。

 その意味で、湛山がここで批判している古典的な大日本主義は消え去っている。しかし、その発想を支える思考自体はいまだに残っている。古典的な大日本主義ではなく、今日的な大日本主義と戦うために、湛山のテキストを読むべきである。

 湛山による先の二点の論点からは、大日本主義が軍事力への翻訳を通じて国際関係を一元的に把握していることがわかる。国際政治は協調など夢物語のゼロサム・ゲームであり、国家にとって、最優先課題は安全保障である。国家は、その理性に基づき、「国益」を排他的・優先的に追及・確保しなければならない。

 それは人格的な比喩によって捉えられる一元的主体である。外交は、そのために、外務省が独占しているのが当然である、こうした一元主義は
19世紀の国際政治において支配的な考えであり、今でも、「リアリズム」ないし「リアル・ポリティクス」と呼ばれることもある。

 けれども、現代において、「国益」を安易に使うことは、本来、できない。「国益」を連呼するのは、むしろ、現状をまるで見ていないだけであり、リアリティを欠いている。

 外交を行っているのは外務省だけではない。経済産業省も農林水産省も渉外活動に携わっている。戦後だけで見るならば、外務省以上に渉外分野で主導的な役割を果たしてきたのは、安全保障とは直接的にはかかわらない旧通産省である。その上、各省庁の利害が対立することは少なくない。これだけでも「国益」は一つではない。

 また、戦前は憲法によって自治権が大幅に制約されていた地方自治体も生産物の輸出や海外からの観光旅行客の招致、企業誘致など外交的な活動に積極的である。東京都の経済規模は韓国以上である。中国に向けてリンゴを輸出する際、青森県と長野県の思惑は必ずしも一致しないだろう。

 さらに、国際政治においてプレーヤーを演じているのは、国や自治体だけではない。多くの(多国籍)企業の経済規模は途上国のGDPを上回っている。トヨタのそれはタイを超えている。加えて、NGOの発言力も高まっている。対人地雷全面禁止条約や地球温暖化問題へのNGOの働きは決定的でさえある。

 とは言え、この一元主義は依然として根強い。一元主義自体はトマス・ホッブズの政治思想にすでに見られる。けれども、現代の一元主義は、往々にして、国家主義やナショナリズムと結びつきやすい。より正確には、ナショナリズムや国家主義によって一元主義が主張される。

 ナショナリズムの歴史・分類・定義についてはこれまでに数多くの考察がなされている。言うまでもなく、文化人類学的にも、分子生物学的にも、近代の国民国家が立脚する「国民」はフィクションにすぎない。この国民はあくまでも政治的共同体の表象であって、文化人類学的な「民族」とは重ならない場合が多い。

 その外部から見れば、何を規範に共同体が形成されているのか曖昧であり、率直に言って、主観主義的である。この共同体は、根拠が明確ではないため、きっかけがあれば、さらに分裂する可能性を孕んでいる。むしろ、外から見て規範が不明確であるがゆえに、それを固有性と主張でき、一体化の意識を抱きやすい。

 ナショナリズムの与えるアイデンティティは物語であるが、主観的に納得できていればそれでよい。他なるものを先に設定し、反動的に、その脅威にさらされている被害者として、すなわちルサンチマンを共有するものとして自らの「国民」を規定する。

 根拠は歴史や科学の装いをしながらも、主観主義的な思いつきや思いこみであって、ナショナリズムは「国民」の自己発見の物語である。それは政治思想と呼ぶにはあまりにも粗雑である。しかし、お粗末な主観主義であるからこそ、ナショナリズムは伝播しやすく、つまみ食い的に、他の思想と癒着するのも造作ない。

 このナショナリズムのプロトタイプとしてヨハン・ゴットリープ・フィヒテの『ドイツ国民に告ぐ』が挙げられる。ナポレオン軍による占領下のベルリンでの講演において、フィヒテは、ドイツ語が他の言語よりも優れており、これに基づくドイツの民族国家を建設・拡張すべきであると説いている。

 国民の根拠を言語に置くかどうかはともかく、主観主義的な「国民」に立脚した政治共同体の形成原理としてのナショナリズムは現在に至るまで見られる傾向である。ナショナリズムは通俗化したフィヒテ主義と言ってよい。

 フィヒテは、カントの批判哲学を継承しながらも、現象=物自体や純粋理性=実践理性などの彼の二元主義を斥ける。彼の哲学は「知識学」とも呼ばれるが、非常に主観主義的色彩が強い。カントの物自体は、フィヒテにおいて、道徳的・精神的活動の主体である「自我」に置き換えられる。

 人が最も確実に知りうることは、私自身の存在である。しかし、私は、石のような無機物と違い、ただそこにあるわけではない。私が何であるかは、こうありたいと思い、自らをそうつくっていこうとすることに拠る。純粋理性と実践理性の分裂もこの自我の実践により統一される。外部からの何らかの力による作用ではなく、内部から自己自身を限定しながら活動していく道徳的な「自我」こそ重要である。

 私は自分の外に何ものかを生み出し、そこに自分というものを見つけることでのみでしか、自身を知ることができない。人の知識や行為は、自己発見するために、不可欠なものである。知識学は、人間が自らの本質を自覚していく歴史の哲学的な再構成にほかならない。

 こうしたフィヒテの哲学は、フランス革命の理念がもたらした自律的な近代的自我を形而上学的原理に据えるという試みである。しかし、その反面、個々人の自我が集団や共同体へと人格的なアナロジーによって拡大される危険性を持っている。まさに政治的ナショナリズムはこの主観主義の危うさが現われたものである。

 ナショナリズムの克服が不可能であり、それをよい方向へと向け、政治不安の際に利用されないようにすべきだという意見もある。しかし、ナショナリズムは、フィヒテの講演が政治的分裂や占領下という状況でなされたように、混乱や不安、不満が社会に蔓延してきたときに、引っ張り出されるのであって、政治的に安定している時期になど、お呼びではない。また、ナショナリズムを道徳的規範として再検討する企ても提起されている。ただ、それはフィヒテ哲学のブラシュアップにとどまらざるをえないだろう。

 国家主義と一元主義の密着は、GWF・ヘーゲル哲学を見ると、明らかになる。ヘーゲルは、フィヒテを批判的に継承し、主観主義から脱却すべく、絶対精神へ一元主義的に総合的・体系的に一切を止揚する。主観的精神は個人的であって、ただ自然にあるだけの自覚もない第一段階であり、労働と教養の契機を通じて第二段階である客観的精神へと発展する。人間はその外部にある法と内部に保持する道徳の間の矛盾や齟齬を現実的に解決しなければならない。

 その統一が「人倫」である。愛情によって結びついている家族は最も基本的な共同的な関係であるが、生活するためには、市民社会が必要となる。けれども、そこは「欲望の体系」であり、家族に見られる自然的人倫を破壊してしまう。ヘーゲルにとって、市民社会はエゴと混乱の支配する世界である。しかし、その分裂は国家によって止揚され、統一される。人間が社会で生きていく際に伴う書矛盾は、国家を通じて、解消されるというわけだ。

 国家こそ人倫の最高段階である。世界史の目的はその中でも最高形態の自由国家を形成していくことであり、それは東洋的専制国家からグレコ
=ローマンの共和政を経て、プロシアの君主国家へと至る過程である。このプロシアの件は、彼が熱烈なフランス革命支持者であることを踏まえるなら、国民国家と解すべきだろう。ここで、第三段階である対精神に達し、完全な自由と共に、自分自身に帰還する。自己はこうして国家と一体化する。

 以上から、一元主義がナショナリズムや国家主義と結びつく理由は明白だろう。ドイツ観念論は主にカント主義への批判として形成されている。カントは二元主義の立場をとり、「市民の政府」を理想的政体として擁護している。

 一方、フィヒテやヘーゲルはそれを分裂と否定的に捉え、「民族の国家」によって統一しようとしている。しかも、著しく観念的である。すべてが多元的にではなく、一元的にイデオロギーに翻訳されて、再構成されている。彼らの哲学は、要約するなら、自己を発見・確認する物語である。複雑で多様な関係から出発しない。そのため、人格的な比喩として一元主義とくっつきやすい。

 小日本主義がカント=ベンサムの系譜にあるとすれば、大日本主義はフィヒテ=ヘーゲルのドイツ観念論の延長上にある。大日本主義は、先の二つの歌詞が告げているように、他人格的な比喩によって私と国民や国家の一体化を前提とし、その主張を正当化している。それが大日本主義の根強さの理由でもある。湛山は、その大日本主義を批判する際、相互の関係から世界情勢を考察することを繰り返している。それは日本を他者として考える視点にほかならない。


つづく