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アンガス・マディソン、
あるいは過去を予測した男

佐藤清文
Seibun Satow
2013年3月24日

初出:独立系メディア E-wave Tokyo
無断転載禁


“Now it's been 10,000 years, Man has cried a billion tears,
For what, he never knew. Now man's reign is through.
But through eternal night, The twinkling of starlight.
So very far away, Maybe it's only yesterday”.

Zager & Evans “In the Year 2525”




 日本の人口動態の予想を根拠に、さまざまな未来が予測されている。国内市場の縮小や労働人口の減少、税と生活保障の負担増などその像は概して暗い。人口減は経済に負の影響が大きいというわけだ。誰かが人口増加させるために、移民を解禁すべきだと主張すれば、海外の摩擦を例に挙げて反対論が上がる。また、別の人は、移民を入れても、彼らが日本的思考に同化してしまうので、期待通りには人口が増えないと反論する。いずれにせよ人口の経済に及ぼす影響を考慮して未来を予測している。

 アンガス・マディソン(Angus Maddison)は「過去を予測した男(The man who forecasted the past)」である。1926年に生まれたこの英国人の生涯は人類の人口と経済成長の歴史的推移の解明に費やされる。実に、西暦1年から2006年までの世界の諸地域の人口や実質GDP、一人当たり実質GDPなどを調査し続けている。マックス・ウェーバーの価値判断中立原則に従い、人類の2000年の歴史を定量的データを収集することで浮き彫りにしている。

 マディソンはOECDのエコノミストを経験したり、パキスタンやガーナ、ブラジル、モンゴル、ギニアなどに滞在して経済発展条件を探索したりしている。78年からはオランダのフローニンゲン大学の教授に就任、その突拍子もないプロジェクトに没頭する。この数字狂が2010年4月24日に83歳で亡くなった時、キャサリン・ランペル(Catherine Rampell)は同年5月1日付『ニューヨーク・タイムズ』にこんな追悼文を寄せている。「未来を予測しようとする人が多い中、アンガス・マディソンは過去を予測することに一生を捧げた(Some people try to forecast the future. Angus Maddison devoted his life to forecasting the past)」。

 この一橋大学名誉博士号授与者は研究成果を自身のホームページで公開している。一旦発表したデータであっても、新たな知見によって修正が見つかると、サイトの情報を直すことを続けている。ただ、今回は、01年に発表され、04年に邦訳が刊行された『経済統計で見る世界経済2000年史(The World Economy: a Millennial Perspective)』を用いることにする。彼の著作の中で、邦訳で読める最新作がこれだからだ。

 地域別に集計され、それらはAとBの二つのグループに分けられている。前者に属するのは、西ヨーロッパとウェスターン・オフシューツ、日本である。この「ウェスターン・オフシューツ」という耳慣れない名称は西欧から派生した国、すなわち合衆国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドを指す。後者に属するのはラテンアメリカと東ヨーロッパ+旧ソ連、日本を除くアジア、アフリカである。また、実質GDPは実質購買力を示す1990年の国際ドルを基準にしている。

 2000年間で、世界人口は2億3000万人強から61億5000万人弱へと約27倍に拡大している。また、実質GDPは102.6ドルから37193.9ドルへと362倍に増大している。年平均成長率は人口が0.16%、実質GDPが0.3%である。実際には、トレンドンに違いがあり、大きく三つに区分できる。

 紀元1年から1000年間は人口も実質GDPも停滞している。最初のミレニアムで人口は16%、実質GDPは14%しか増えていない。特に、西欧は停滞どころか、衰退と言っていい状況だ。歴史研究で西欧の中世についてさまざまな評価があるが、人口や経済成長だけで見ると、「暗黒時代」とする見方にも説得力が感じられる。

 1000年から1820年までは、人口が4.8倍、実質GDPが6倍、一人当たり実質GDPが1.5倍に増加している。

 1820年以降に、数値が急騰する。わずか180年程度の間に、人口が6倍、GDPに至っては53倍に達し、一人当たりGDPは9倍に増大している。中でも、経済成長率が最も高かったのは1950〜73年の期間である。次いで73年から今日までであり、3番目が1870〜1913年、4番目が1913〜50年の間である。

 マディソンのデータは2000年間における人口や経済成長などの地域間格差も明らかにしている。日本について見てみよう。

 日本は、紀元1年からの2000年間で、人口が42倍、実質GDPが2187倍、一人当たり実質GDPが52倍に増加している。GDPならびに一人当たりGDPの成長率で日本を上回るのはウェスターン・オフシューツだけである。しかし、推移はコンスタントだったわけではなく、1〜1500年と1500〜1870年、それ以降の大きく三つの時期に区分できる。

 イメージしやすいように、人口の推移を挙げておこう。人口は西暦1年が300万人、1500年が1540万人、1870年が3440万人、2001年が1億2690万人である。戦国時代は今の人口のおよそ8分の1、幕末維新はおよそ3分の1である。

 最初の時期、日本は小国の一つにすぎず、中国やインドと比較にならない。西暦1年の時点で、シェアにおいて日本を除くアジアが世界人口の74%、世界経済の75%を占めている。中でも、インドが32〜33%、中国が25〜26%と突出している。それに比して、日本は人口シェア1.3%、実質GDPシェア1.2%である。1500年の世界シェアにおいて日本を除くアジアは人口が61.2%、実質GDPが61.9%であり、日本はそれぞれ3.5%、3.1%である。1500年間でアジアは世界シェアを縮小したのに対し、日本は増しているが、微々たるものである。

 この1500年は応仁の乱の終結後に当たる。応仁の乱の前後で日本が大きく変わっていることになる。日本史研究においてしばしば応仁の乱が分岐点とされているが、人口や経済成長などの統計からも裏付けられている。マディソンのデータが歴史研究における漠然とした理解やどちらとも言い難い論争に実証的な根拠を提供する可能性がある。

 1500〜1870年の時期、日本には大きな経済的前進が見られる。しかも、他のアジア諸国と異なった道を進んでいる。インドや中国では、この時期、人口と実質GDPの増加率がほぼ等しい。一方、日本は前者に比べて後者が大きい。それは、日本が中国やインドよりも一人当たり実質GDPで増加した、すなわち生産性で向上したことを意味する。ただ、近代社会を迎えつつある西欧ほどではない。つまり、日本はこの頃からアジアとも西欧とも異質な発展を始めている。

 なお、速水融慶応大学名誉教授は、西欧の「産業革命」に比して、江戸時代におけるこうした経済成長の傾向を「勤勉革命」と呼んでいる。

 1870年あたりから日本は本格的に近代化を導入する。他のアジア諸国よりも一人当たり実質GDPは高かったが、この時点では、西欧の38%にすぎない。けれども、官民あげてのキャッチアップ政策により、その後の実質GDPと1人当たり実質GDPの伸び率で西欧を上回る。特に、人類が最も経済成長した1950~73年の間、年平均率は実質GDPが9.1%、一人当たり実質GDPが8.3%と驚異的な水準に達している。この73年、日本は米ソに次ぐ実質GDP世界第3位の経済力を持ち、さらに88年、ソ連を抜いて第2位へと躍進する。

 けれども、1973~2001年の間、日本は実質GDP世界シェアを7.8%から7.1%に縮小している。一方で、日本を除くアジアが16.4%から30.9%へと急増している。01年、中国が日本を抜き、世界第2位の経済大国へと躍進する。一足先に近代化を採用した日本がアジアで突出していた時代は終焉を迎えている。

 成長率では驚異的であっても、日本の場合、実質GDPに対して一人当たり実質GDPが一貫して低い特徴がある。GDPの値で経済大国と自負しても、一人当たりGDPの国際順位はベスト10に入らない。この状況は1870年から現在まで続いており、昨日今日始まった傾向ではない。

 この傾向が示すのは日本の生産性の低さである。こうした指摘は日本の人々にとってショックだろう。と言うのも、自分たちは生産性が高いと誇りにしてきたからだ。生産現場では、機械化を積極的に進め、非効率性を排除してきたのに、なぜという疑問が湧くに違いない。これはあくまで国全体の話だ。

 マディソンは労働生産性の推移も推計している。確かに、日本は、1870年の時点から驚くほど生産性が急改善している。けれども、同じ期間、西欧やウェスターン・オフシューツも向上しているのであり、差が縮まっただけで、日本は追い抜いてはいない。労働生産性、すなわち労働1時間当たりの実質GDPは一貫して欧米と比べて低い。生産性の低さを長時間労働、一人当たり実質GDPの小ささを人口でカバーしてきたのが実情である。

 これを踏まえれば、現代の日本の課題は明確である。実質GDPよりも一人当たり実質GDPを拡大することに政策の主眼を置き、生産性の向上を一層進める。データ上からはまだその余地があると読み取れる。一人当たり実質GDPを上げるには、賃金上昇を抑制することでは達成できない。人口減にばかり目を奪われて、その兆候が出現する前から続く課題を改善していない。マディソンのデータは、真に長期的な課題を日本に自覚させてくれる。

 過去の予測は人類の営みを可視化させる。マディソンが人口に注目したのは、それが長期的視野で経済成長を考える際に最も中心的な変数だからだ。古代であろうが、中世であろうが、現代であろうが、人口は大きな関心事であったことは確かである。「人口」とはよく言ったものだ。人の口、すなわち人が食っていくには経済活動が不可欠である。

 2000年に亘る人類史を経済指標から定量化する試みは、エキセントリックかつ壮大である。この解明にはイデオロギーや価値観から自由となり、ウェーバーの言う中立則を遵守しなければならない。こうした過去の予測は気づいていなかった自分たちの姿を認知させる。彼のデータはさまざまな研究で利用されていくだろう。

 日本でも、実は、縄文時代からの人口の推移や地域格差などの研究が進められている。鬼頭宏上智大学教授はその一人である。『人口から読む日本の歴史』によると、江戸時代中期にも人口減少が起きている。日本が人口減を経験するのは初めてではない。

 前近代における人口増加の一つのパターンは、権力者が後進地域に投資すると、人口が移動して、次の時代に経済成長と共にそれが起きるという流れである。江戸中期は幕藩体制の成立による投資の効果が頭打ちになった時期である。歴史的には、天下泰平という条件もあるけれども、人口移動を促す政策をすると、人口増加につながると推測できる。人口問題を改善するには人々の内面を操作して復古主義的価値観を持たせればよいと考える政治家がいかに浅はかであるか歴史は教えてくれる。

 歴史を知ると、常識と思っていた認識が相対化される。その時、自分の姿がよく見える。それが歴史の教訓でもある。

〈了〉
参照文献
鬼頭宏、『人口から読む日本の歴史』、講談社学術文庫、2000年
アンガス・マディソン、『経済統計で見る世界経済2000年史』、柏書房、(財)政治経済研究所訳、2004年
Angus Maddison
http://www.ggdc.net/maddison/Maddison.htm
Catherine Rampell, ‘Angus Maddison, Economic Historian, Dies at 83’, “New York Times”, May 1. 2010
http://www.nytimes.com/2010/05/01/business/01maddison.html?_r=0