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官房機密費と政治評論


佐藤清文

Seibun Satow

2010年5月18日


無断転載禁


「私の故郷きってのインテリは私にいった、『あんたも政治評論家をやっとりあ、よかったになあ』と」。

平野謙『文芸評論家とは』


 1963年、ジョゼフ・バラキは、マフィオソーとしては初めてオメルタ、すなわち沈黙の掟を破りマギアの内情を証言する。今回の野中広務元官房長官による官房機密費の配布の実名リストはそれを思い起こさせる。

 こうした話は平野博文官房長官からなされてしかるべきである。ところが、彼はこの点で後向きに振る舞い、政権交代の意義の一つを台無しにしている。鳩山由紀夫首相の人事における最大の失敗は、国対向きのこの人物を官房長官に指名したことである。

 その中にはマスメディアに頻繁に登場する政治評論家も多く含まれている。それは『FOCUS』2000年5月31日号の「極秘メモ流出!内閣官房機密費をもらった政治評論家の名前」の記事を裏打ちしている。

 同記事は、竹村健一(200万円)、藤原弘達(200万円)、田原総一朗(100万円)、俵孝太郎(100万円)、細川隆一郎(200万円)、早坂茂三(100万円)、三宅久之(100万円)などに機密費が渡ったと伝えている。ほとんどが取材拒否やノーコメントを通す中、細川隆一郎だけは暗に受領を認めている。

 ただし、今回の野中発言では田原総一朗は受けとっていない。

 恒常的にこうした政治評論家に機密費が流用されていたとすれば、政府が世論誘導を目的にしていたのみならず、全員ではないにしても、彼らの中にタカリをしていたやからがいたと推測できる。税金を食い物にしていたというわけだ。彼らの影響力がいかばかりであるかは重要ではない。

 アメリカでも、自分たちに有利に世論を誘導するために、映画『大いなる陰謀』で描かれたように、政権が記者を一本釣りして情報を流すことはあるが、カネなど払わない。記者にとって情報こそが価値を持っている。

 彼らの政治に関する話は政局、すなわち永田町内の人事とカネ、スキャンダルに終始している。ジャーナリストとしての専門教育や政治学に関する体系的な知識、社会科学の精神も持たず、有力政治家との人脈だけが意見の源泉にすぎない。横柄で、声高、さもしく、勘違いのはなはだしい人物で、いわゆる「へんへん家」の典型だ。「それは『評論』という字のへんだけで商売になるという意味で、つまり『言うだけで家が建つ』ということ」(玉木正行『プロ野球大辞典』)。しかし、「言」は「金」で買われていたようだ。

 従前の機密費は近代の政治に即していない。省庁をまたいで使われているため、予算の原則に反している。また、使用範囲が曖昧なので、官房長官の主観的判断に左右されている。これらは公開しないという掟によって守られている。機密費は、結果、「永田町マフィア」存続の温床となっている。必要であれば、期限を定めて公開を原則とすることが不可欠である。

 機密費を受けとっていた政治評論家の問題に関して、新聞やテレビは消極的な姿勢をとっているように見受けられる。しかし、政治は公共性に属し、それはコミュニケーションによって形成される。政治における腐敗は、従って、コミュニケーションの場面から始まる。マスメディアは、世論の健康のために、腐敗したものの処理を迅速かつ適切に行わなければならないだろう。

〈了〉

参考文献
玉木正行、『プロ野球大辞典』、新潮文庫、1989年
佐藤清文、『ジャーナリストの文学─ノンフィクション』、2009年
http://hpcunknown.hp.infoseek.co.jp/unpublished/nonfiction.html