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本質的思考

第二章 歴史的相対化と論理的相対化

佐藤清文

Seibun Satow

2010年4月28日


無断転載禁


第2章 歴史的相対化と論理的相対化

 対象を絶対化して考えても、その本質は明らかにならない。それは歴史を持ち、基礎づける理論を備え、社会・時代と相互作用をし、分化している。断片的な知識だけで対象をイメージしたり、あるいは切れ切れをただ積み重ねたりすることは、恣意的な思いこみや思いつきにすぎない。

 本質的思考には、その経緯・実態を考慮して、二種類の相対化の作業が不可欠である。一つは社会科学的認識に基づく「歴史的相対化(Historical Relativized)」であり、もう一つは自然科学的方法論による「論理的相対化(Logical Relativized)」である。

 まず、歴史的相対化であるが、歴史を遡行するときに重要なのは、「起源(Origin)」である。自明視されている対象は、その起源もそれを正当化するように思いこんでしまうものだ。ところが、いざ調べ始めると、思った以上に新しかったり、古かったりすることに驚かされる。不明の場合も多いけれども、それをどこに置くかは問題意識に応じる。

 例えば、コンピュータを「計算機」と定義すれば歯車式計算機、「データ処理装置」とすれば目覚まし時計に遡れる。唐天竺のことも確認しなければならないのは承知しているけれども、いずれも紀元前の古代ギリシアには誕生していたと推測されるが、定義によって起源が左右される。

 また、歴史を辿る際、「前景(Foreground)」と「背景(Background)」に言及する必要がある。対象は前者、社会的・時代的条件などは後者である。最初の電子計算機ENIACを前景にするなら、第二次世界大戦中、迅速な弾道計算の必要に迫られたアメリカ軍がその開発の後押ししたというのが背景である。

 「継続(continuation)」と「変化(Change)」に着目しながら、自明性に覆い隠された「歴史性(History)」を顕在化して、対象に関する認識を拡大する。なお、変化には断絶や復活も含まれる。例えば、ENIACは、真空管設計で、その内部での計算に2進化10進法を使っていたが、後継のEDVACは、設計の点は継続しているけれども、2進法の採用で変化している。

 一方、論理的相対化は、「分類(Classification)」である。それは「技術性(Technique) 」を検討することであり、「内容(Content)」と「形式 (Format)」が分析の主眼である。それに着目しながら、「類似性(Similarity)」と「相違性(Difference)」を吟味して、いくつかの「基本型(Basic)」を導き出す。その上で、「近隣性(Neighborhood)」と「結合性(Combination)」を加味して、汎用性の高い総合的な分類を構築する。

 今日のコンピュータがENIACの頃と違う点の一つにネットワーク機能が挙げられるが、「ノード(Node))」を「リンク(Link)」でつなぐ観点からの分類を例に論理的相対化を説明してみよう。基本型は「メッシュ(Mesh)」・「スター(Star)」・「ループ(Loop)」・「バス(Bus)」の四種類である。最初のメッシュはすべてノードを互いにつなぐネットワークである。次のスターは中心のノードに中継交換させる星型のタイプである。

 三番目のループは、中心を持たせず、ノードを環状に結んだタイプである。最後のバスは、バス路線にバス停が設置しているように、一本の母線に複数の子線がつながり、その先にノードが置かれたタイプである。すべてではないが、多くのノードを互いに結びつけたタイプを、メッシュと近隣性があるため、「部分メッシュ(Partial Mesh)」と呼んでいる。

 また、バスの始点と終点をつなげば、ループの一種になり、両者の間には近接性がある。さらに、複数のスターの中心同士をつないで系統樹的にしたのが「ツリー(Tree)」であり、ループとスターなど別の基本型を組み合わせたタイプを「混合型(Mixed)」と言い、それぞれ「結合性」を有している。

 これまでの展開は定義から歴史的・論理的相対化に向かうトップダウン型であるが、逆であってもかまわない。二つの相対化から定義を導くボトムアップ型も探求の道筋である。この典型例が「漢字」をめぐる研究である。漢字を歴史的・論理的相対化を行うと、表意的でもあるし、表音的でもある。

 漢字を表音文字とも表意文字とも言い表せないので、その両方を兼ね備えた「表語文字(Logogram)」という新たな概念で定義している。重要なのはあくまで説得力と完成度である。

 いかに核心的な定義を設定しても、それだけでは自明性を覆すには不十分で、本質的思考には至らない。対象には歴史的深みと社会的な広がりを秘めている。この二つの相対化はそれが何であるかが体系的に明確化する作業である。

つづく