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技術欠損事故の可能性を探る!?
青山貞一
掲載日:2005.5.5


 JR西日本福知山線の脱線とマンションへの激突事故は、安全性を誇る我が国の鉄道の歴史にあって、107名という前代未聞の死傷事故をもたらした。その意味で事故当初からのJR西日本らへのマスメディアの執拗な取材とバッシング記事や映像なども理解できないことはない。

 だが、より冷静に考えれば、今、最も大切なことは、大マスコミ主導の感情的な「責任追及」ではなく、「原因」の徹底究明にあるはずだ。もちろん、私がここで言う原因の究明には、JR西日本と言う会社の組織、体質も含まれる。註:これについては田中康夫氏の論考をご覧頂きたい!

 列車の脱線事故が起きる原因には通常4つがあるとされる。以下にそれらを示す。

@列車側の原因:列車自体の欠陥や調整不具合によるもの
A軌道側の原因:軌道など地上の各種設備を原因とするもの
B運転手側の原因:運転手の操縦ミスによる速度超過など
C複合的原因:上記の3要素のが複合し事故に至るもの。

 今回の福知山線におけるこれまでに原因究明で検討されたのは以下の諸点である。

 JR西日本の福知山線の列車は、半径300mのカーブ、すなわち300Rのカーブに制限速度であるはずの時速70キロで侵入すべきであったが、前停車駅のオーバーランによる時間遅れを回復するため、制限速度を38キロ超える時速108キロで進入した。その直後から急激な遠心力が車両に加わり転倒脱線を起こした、とみられている。

 捜査本部は、当初、快速電車が時速100キロを超す速度で現場の右カーブに近づき、非常ブレーキを作動させたことで車体が安定性を失い、脱線につながったとの見方を強めていた。押収したレールなどの鑑定と再現実験の結果をもとに、専門家の意見も採り入れながら、事故原因の究明を図るとしていた。

 しかし、その後、捜査本部は脱線の直接的な原因として、運転士がカーブ手前で減速しなかったことに加え、高速のままカーブ内で非常ブレーキを操作したミスとの見方を強めた。

 だが、その後の現場検証により、レール上に明確なブレーキの痕が見当たっておらず、そのことから高見運転士が脱線後に非常ブレーキをかけた可能性も否定できないとされた。

 捜査本部は速度やブレーキ操作などを記録するモニター制御装置のデータ分析を進め脱線原因を精査する。

 さらに、高見運転士は事故から3日後の4月28日、運転席の計器類の上にこぶしを握ったように右手を置き死亡しているのが見つかった。司法解剖の結果、死因は圧死で薬物反応などは出ていない。

 上記の検討を先の@からCの4原因との関連で見ると、当初、Aの軌道側の原因として線路上への置き石の有無も問題とされたが、その後の検証により置き石説は事実上消えている。

 その後の圧倒的多くの原因は、Bの運転手の原因とされている。すなわち、(i)高速で300Rに突入したこと、(ii)その後減速をしていないこと、(iii)非常ブレーキをかけたことなど、に向けられてきた。

 しかし、上記の検討では、@の列車側の原因にはほとんど言及していない。では、列車側の原因にはどのようなものがありうるのだろうか。

 
実はその後、毎日新聞が5月5日の朝刊で次を報じている。

尼崎脱線事故:
空気バネ、異常振幅 脱線を誘発の可能性

毎日新聞 2005.5.5朝刊

 兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で、事故を起こした快速電車は、車体の揺れを制御する空気バネが異常な振幅を繰り返し、脱線を誘発した可能性が高いことが、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会の調べで分かった。

 右カーブに高速で進入した際、車両のバランスが崩れるのを増幅したとみられる。非常ブレーキ作動前に運転士が常用ブレーキを強めにかけていたことも判明。2度にわたる急ブレーキが車体を不安定にし、横転しやすい状況につながったとみられている。



 脱線した207系型車両は「ボルスタレス」方式(註:以下の図参照、青山貞一)と呼ばれる、台車に取り付けた左右一対の空気バネの上に車体が載っている。

 電車の車輪は通常、レール内側を左右の車輪のフランジ(つば)が微妙に当たりながら軌道に沿って走る「蛇行動(だこうどう)」を取って進む。空気バネは、車体に蛇行動などに伴うがたつきが伝わるのを緩和するため付けられている。



出典モノリンク式台車
8000系に使用、枕バネ-ダイヤフラム式空気バネ(ボルスタレス)
軸箱支持-モノリンク式。ブレーキはユニットブレーキ


 事故調のこれまでの調べで、脱線した快速電車は制限速度70キロを大きく超える時速100キロ以上(回収したモニター制御装置の記録では同108キロ)で現場の右カーブに進入したことが分かっている。

 その際には、同70キロの場合の2〜3倍の遠心力がかかるが、事故調は、スピード超過による遠心力だけでは脱線までには至らないと判断。バネの振幅が影響した可能性が強まった。

 「蛇行動」は低速でも起きるが、高速になるに従って激しくなり、バネの振幅も増加する。このため、通常はスピードを落として蛇行動を収めてからカーブに進入する。

 事故調は、今回の事故について、振り子運動のように車体全体の揺れを助長する力が加わり、横転しやすい状況を作ったとの見方を強めている。

 専門家の見解では、右カーブの場合、カーブに入って左側に遠心力がかかるタイミングと、空気バネで車体が左に揺れるタイミングが合うと、脱線の危険性が増すという。乗客の証言では「カーブに入る前に、普段より大きい横揺れが起き、どんどん大きくなって脱線した」といい、事故調はカーブ前の電車の速度がポイントと見て、電車から回収した「モニター制御装置」などを解析し、速度の確定を急ぐ。

 また1、2両目のバネは破損していたため、事故調は、JR西日本や車両メーカーから設計資料を取り寄せるなどして、快速電車の空気バネの性能について調べている。

 一方、非常ブレーキが作動する前に、高見隆二郎運転士(死亡)が常用ブレーキを強めにかけていたことが事故調の調べで分かった。それでもカーブ進入に耐えうる速度に減速できなかったため、非常ブレーキを作動させた疑いが出てきた。

 左側レール上部には、電車が衝突したマンション手前約58メートルにある最初の脱線痕付近まで、約60メートルにわたって細かい傷が付着。通常は車輪が接触しない部分で、片輪走行した際の傷とみられる。

【川辺康広、田中謙吉、坂口雄亮】


 運転手のブレーキ操作については、同じ5月5日の報道(JNN)に以下のような証言がある。同じ電車に乗り合わせたJR西日本の運転手の証言もある。

減速せず、乗り合わせた運転士証言

事故を起こした電車に乗り合わせたにもかかわらず、乗客を救助せずに出勤していた運転士が、「電車は減速せず、非常ブレーキをかけた感じもしなかった」と話していることが、JNNの取材で明らかになりました。

 尼崎市の事故現場には、遺族や友人、そして事故車両から救出された人、暑かった5日もたくさんの人が献花に訪れました。
 ところで、乗客として乗り合わせていたJRの運転士が、重要な証言をしていることがわかりました。乗客として乗っていた運転士2人は、救助に加わることなく上司の指示でそのまま出勤していましたが、このうち尼崎電車区に所属する6両目に乗っていた27歳の運転士は、「電車は減速せず、非常ブレーキをかけた感じもしなかった。その後、地震のような揺れを感じ、床に転がった」と証言していることがわかりました。

 運転士はその後20分ぐらい車両の中にいましたが、警察官が到着した後「ここにいても邪魔になる」と思い、職場に向かったと話しているということです。警察は、運転士が通勤で毎日乗っている上、福知山線の運転していることからこの運転士の証言を重要視していて、本人から詳しく事情を聴く方針です。

JNN(5月5日17:09)

 
5月5日になって、やっと@の列車側の原因及びCの複合原因が出てきたことになる。またBの運転手の操作についても、たまたま同じ電車に乗っていた別の運転手から貴重な表現が得られている。

 しかし、毎日新聞の記事では、@の列車側の原因に関連し、空気バネに言及しているものの、左右の空気バネを繋ぐ「差圧弁」の存在とそれがもたらす問題には触れていない。

 地下鉄日比谷線のS字カーブにおける脱線事故を研究している金沢工業大学工学部の永瀬和彦教授は、地下鉄日比谷線の脱線事故の原因として空気バネのパンクについて言及している。

 以下は、永瀬教授の「地下鉄脱線事故の真因を探る〜No.1 空気バネがパンクしたらどうなる〜」からの引用である。じっくり読んで欲しい。
 
 空気バネがパンクした場合、脱線する可能性はあるのだろうとの点に的を絞って見よう。鉄道に空気バネが本格的に導入されたのは昭和20年代の末期で、先駆けは私の記憶に誤りがなければ京都〜大阪間を走る京阪電鉄である。

 それから実に半世紀の歴史があり、その間にパンクしたケースが幾つか起きている。国鉄の労使間が険悪であった昭和50年代の初期に車両の整備が思うにまかせぬためだったのだろうか、私が乗車した秋田発上野行の特急「いなほ」が空気バネパンクのまま使われていたのに驚いたことがある。

 ひどい乗り心地ではあったが、勿論、遅れもなく無事に走り抜けて上野に着いた。「長野行き」新幹線開業と同時に廃止になった信越線の列車は、横川〜軽井沢間を通過する時に限っては「特殊事情」で空気バネの空気を抜いて走っていたのを記憶している方もおありと思う。このことからお分かりのように、空気バネのパンクは実際に過去にしばしば起きていたことでなのである。

 ところで、運輸省の発表によると、事故電車は進行左側の空気バネがパンクしていたという。そのような事態がおきると、先ず、車体が傾くので、そのままでは危険がある。なぜなら、車体が傾くと車輪がレールを踏む力(これを「輪重」と呼ぶ)の左右の振り分けがアンバランスとなる。というのは、輪重の通常は1:1 の割合で左右に振り分けられているからである。

 この振り分けのバランスが崩れた(アンバランスが起きた)ことをを「『輪重差』が起きた」という。ところで、車両や軌道が正常に整備されていても、車両は走行中に揺れによって左右の車輪に2〜3割程度の差が常におきる。

 だから、車両を整備するとき、停止中は左右の輪重に差がないように細心の注意を払って調整をする。これを怠り、輪重差がある状態で車両を走行させると、走行中に輪重差が顕著になって、片方の車輪がレールを踏む力が殆どゼロになる事態が起きかねない。このような事態がおきると、電車はいとも簡単に脱線する。

 今回は空気バネのパンクが事故以前に起きていてパンクした状態のまま走っていたなら、著大な輪重差が起きて脱線する事態が発生しかねない。そこで、このような事態がおきても車体が傾いて輪重差が起きないような装置が電車には付いているのである。

 中略


図.鉄道車両の空気バネの構造概念図
作図 : 金沢工業大学 永瀬研究室 坂原 (2000.3.9)


 図をご覧頂きたい。図に示すように台車には、「差圧弁」という装置が左右二つの空気バネの間に付けられて、この二つの空気バネは「差圧弁」を介してパイフで結ばれている。この弁は左右の空気バネ圧力が僅かの差圧である場合は特に動作しない。

 しかし、一方の空気バネがパンクするような事態がおきて差圧が顕著になるとツーツーとなって、パンクしていない方の空気バネの圧を差圧弁を介してパンクした空気バネの方に落としてしまう。その結果として、輪重差が起きないような仕組みになっているのである。

 ところで、この差圧弁は空気バネが登場した当初にこそは、その重要性が十分に認識されてはいたが、空気バネについての信頼性が高まるにつれ、皮肉なことに、その重要性は次第に認識されなくなってしまった。

 事実、空気バネか原因で事故が起きたのは、先に述べた「横川〜軽井沢間の特殊事情」以外になかったことを踏まえれば、判らない話ではない。そのためであろうか、私が鉄道在職中の若輩の時に、この大切な「差圧弁」の重要性について全く認識がなく、「盲腸論」を吐く幹部がいたのを見てびっくりした記憶もある。

 だから、この弁について、常用性の認識がなく検査の手法等を定めていない鉄道があっても不思議ではない。本来ならば、パンク等の事態が起きたときに備えて、どの程度の差圧になったら弁が機能して「ツーツー」なったらよいかなどの機能の基準を決めて置かなければならないのにである。

 特に地下鉄の車両はトンネル内部空気汚損の影響で空気弁類の機能劣化が通常の鉄道車両より著しいのであるから、このような重要な弁をどのように保守していたか気になるところである。 

 
永瀬教授は、経歴によると昭和37年 日本国有鉄道奉職、国鉄及びJR等で以下の研究・開発・設計及び調査業務に従事とある。まさにその道の専門家である。

 上記の永瀬教授が指摘する空気バネのパンクだけでなく、「差圧弁」にあらかじめ支障があったとしたら、他の原因との相乗もあわせ、容易に列車は45度に傾き、脱線転覆する可能性も高くなる。

 私見では、今回の大事故は、今まで大マスコミが喧しく報道してきたような、単なる300Rカーブへの100km/hを超える高速突入やブレーキ操作と言った単純な運転操作上の原因だけで生ずるものでないと思える。

 そしてもし、永瀬教授が指摘するように、空気バネのパンクに加え、カーブにおける列車の「差圧弁」の不具合との関連で起きるとするなら、今後、いつ日本各地のカーブで同様の事故が起きてもおかしくないことになる。

 いずれにしても、原因と考えられる@〜Cにもマスコミは目を向けるべきだ。

 冒頭に述べたように、福知山線事故が前代未聞の大事故であり、JR西日本の経営、組織、体質上の問題が園は以後にあることは事実だとしても、今後この種の事故を起こさせないためにどうするかについて、冷静な取材と報道をするマスコミがあってもよいと思う。

 今の日本の圧倒的多くの大マスコミは、責任追及にはきわめて元気だが、頭を使う原因究明には当局発表以外、ほとんど見るべき記事、報道がないのが残念である。