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土壌汚染対策法の正体   鷹取 敦


 土壌汚染対策法が平成15年2月にされ、1年余が経過した。

 これは、近年、工場跡地等の再開発等に伴い重金属等による土壌汚染が顕在化しており、放置すれば健康影響が懸念されるにもかかわらず、これまで土壌汚染対策に関する法制度がなかったことから新たに制定された法律である。

 一般的には、この法律によって土壌汚染対策が進展することが期待され、それに関わる汚染調査および対策ビジネス市場の拡大が予想されていた。環境省の外郭団体である(社)土壌環境センターでは調査関係で2兆3,000億円、浄化が11兆円、合計で13兆3,000億円の潜在需要があると予想していた。

 しかし、法律施行より1年を経過したものの、土壌汚染対策が行われた例はごく希であり、また関連するビジネス市場の広がりもほとんど見られなかった。法の施行以来、指定地域への指定はわずか6件(2003年12月24日現在)、汚染調査が行われた案件でさえ全国でわずか60件を超える程度である。

 これは土壌汚染が存在しなかったからではなく、土壌汚染対策法による制度自体に起因するものであり、実は法律の施行以前から予想されていたものである。

 理由は法律による4つのハードルにある。

●第1のハードル:調査対象が限定され、汚染調査さえ行われない

 1つめのハードルは、汚染の有無を調べるための調査を行うという、スタートラインにつけるかどうかという点にある。

 全国で顕在化している土壌汚染には様々な原因によるものがある。工場跡地の汚染、廃棄物の投棄、灰の野積み(合法、違法を問わない)、最終処分場、焼却炉周辺などが主なものである。

 しかし、土壌汚染対策法で調査が義務づけられているのは、実質的に工場跡地のみである。それ以外の汚染が予想される地域、すでに周辺住民等により汚染が問題とされている地域については調査の実施さえも義務づけられていない。工場跡地であっても跡地の利用方法によっては調査を行わなくてよい。

 また都道府県知事が一定の理由により調査不要と判断した場合には調査は実施されない。法律に基づいた「措置」が一度実施された土地についても、調査は行わないこととされている。

 このように実際に汚染があっても調査さえも行われないため、汚染の実態把握さえ十分に把握されないこととなる。1つ目のハードルを超えた案件は全国で60件余にすぎない。

●第2のハードル:汚染が見逃される調査方法

 2つめのハードルは、汚染をみつけることが出来る調査方法を用いているかどうかという点にある。

 土壌汚染対策法による調査項目は極めて限られている。国際的にみて不十分であるだけでなく、ダイオキシン類など重要な有害物質が対象となっていない。国はダイオキシン類対策法で対応していると説明するが、土壌汚染対策としての調査・対策はダイオキシン類対策特別措置法には盛り込まれていない。

 また、濃度分析の方法にも問題がある。土壌の中に実際に含まれる量を分析する「含有分析」は金属類に限定されており、PCBなどその他の項目は水に溶け出す量を把握する「溶出分析」のみでよいとされている。

 この溶出分析の方法も日本の公定法は、国際的にみれば極めて杜撰な方法を採用している。溶出に用いる水のpHは中性に近く、またpH調整が行われない(酸性度を一定に保つために行う調整)。そのため、実際の酸性雨などによって有害物質が溶け出すような場合でも、多くの場合「検出せず」となってしまう。この点についてはごみ弁連会長の梶山弁護士が以前より厳しく指摘している。 また、一方の含有分析方法も、全量の分析とならない方法を選定する(中央環境審議会報告)など、実際の汚染を把握できない方法が採用されている。

 このように、実際に汚染がある場合でも、日本固有の調査方法を用いることにより「汚染が検出されなかった」という結論が出る可能性が高い。

●第3のハードル:評価基準値が極めて甘い

 以上の2つの高いハードルを超えて、汚染が検出された場合でも「問題ない」とされるおそれがある。これは評価基準として諸外国の評価基準や、日本の平均的な汚染濃度の実態と比較して、非常に緩い値となっていることが理由である。 これが3つ目のハードルである。この3つのハードルを超えてようやく「汚染がある」と判断されることになる。3つのハードルを超えて指定地域とされたのは全国でわずか6件である。

●第4のハードル:対策によって汚染は取り除かれるのか

 そして最後のハードルは、どのような土壌汚染対策を行うかという点にある。

 土壌汚染対策法によって定められている対策は、汚染を現場に放置する覆土、盛土、地下水浸出防止が中心であり、実質的な汚染土壌対策になっていない。 溶出基準超過は浸出防止が原則であり、土壌汚染が除去されるためにはさらに高いハードル(第二溶出基準)を超えなければならない。また、地下水汚染が生じていないときは「地下水の測定」するだけで他はなにもしなくてよいことになっている。

 含有基準超過は、子供の遊び場などでは「土壌汚染の除去」、住居では「土壌入れ換え」となっているものの、原則は「盛土」(汚染の上に土をかぶせるだけ)でよい。また「立ち入り禁止」が措置として認められ、実質的に汚染への対応はなにも行われない場合もある。

 高い3つのハードルを超えてようやく「措置」に辿り着いた場合でも、汚染が実際に除去されるのはごく限られた条件の場合のみなのである。

●土壌汚染対策法の真の目的とは?

 このように現在の土壌汚染対策法によって、汚染対策・汚染の除去が進むことはほとんど期待できない。それではこの法律の目的はどこにあるのだろうか。
 これは法律制定の経緯を読めば容易に理解できる。環境省のホームページに掲載された「背景および経緯」より引用する。

「近年、企業の工場跡地等の再開発等に伴い、重金属、揮発性有機化合物等による土壌汚染が顕在化してきている。」

 つまり、土壌汚染が顕在化しては、工場跡地等の再開発に支障が生じる。そこで土壌汚染対策法により、工場跡地だけを対象として、汚染がないという結論が出やすい方法で調査し、汚染があった場合でもコストがかからない方法で「措置」し、すみやかに開発を進めることを可能としたのである。
 現在、国策として都市部の再開発が進められており、土壌汚染対策法はその露払いの役割を担う制度であると位置づけることが出来る。

 すなわち「土壌汚染対策法」の正体は、土壌汚染を解決するための法律ではなく、工場跡地に「汚染が無い」というお墨付きを与え、再開発を促進するための法律であると言えよう。

 都道府県などの自治体では、土壌汚染対策法より実効性のある先進的な条例を定めているところもある。土壌汚染対策法も、実効性・実行性を確保するための見直しが望まれる。