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中華民国の「環境政策課題」について
 青山 貞一

掲載日:2004.8.17

黄副局長から紹介を受ける青山

政権交代と環境政策

 2004年3月、再選された陳水扁総統(民進党)だが、環境野では、再選以前から人事、政策で思い切ったことをしていた。

 人事面では、国立成功大学(台南市)の現役教授であり、環境政策、環境工学を専門とする張祖恩氏を環境保護長官に抜擢した。永年、環境政策分野にいる筆者だが、このような人事は日本はもとより、先進諸国でもそう多くはない。廃棄物分野でも2002年にプラスチック容器使用の法規制を打ち出すなど画期的な施策が打ち出されている。これらは建国以来、台湾政治を継続的に支配してきた国民党の政策に比べると、はるかに環境政策を重視した陳総統のスタンスが伺える。



大台北への一極集中に起因する諸課題

 だが、台湾では依然として台北市を中心とした大台北圏への人口、経済、文化の一極集中が一段と進んでいる。各種開発や人口の集中にともなう物流、交通量の増加は依然として大気汚染、騒音の悪化をもたらしている。また清浄な飲料水の確保、下水系水質汚濁処理の遅れなどによる河川、沿岸海域などの公共用水域の水質の悪化が懸念される。

 これらは、いずれも大東京圏がかかえる日本の現状と酷似しているものである。とくに、自動車交通の大台北圏への極度の集中にはすさまじいものを感ずる。

 今回、私は東京から東京湾岸地域(一都三県)における1980年代から2000年初頭における各種開発、道路網建設などが交通、大気汚染などに及ぼす定量的な影響の解析、予測、評価などをシミュレーション結果とともに会議に持参し台湾側の専門家らに発表した。


左が1985年時点、右が2000年時点の東京湾岸地域(一都三県)の
自動車排ガスに起因する二酸化窒素大気汚染のシミュレーション結果

出典:台北市での青山貞一発表資料より

 台北市周辺では、まさに東京湾岸地域における課題がそのまま妥当するものと感じる。とくに中心市街地及び周辺市街地の土地利用密度は東京23区並である。車検制度は整備されたようだが、走っているトラックやバスのテールをみると、黒煙、DEPを激しく吹き出しているものが結構いる。

 排ガス規制と自動車走行量増加のいたちごっこがここでも起きている。少しながら整備され出した地下鉄やMRTと言った鉄道系マストラも、現状では焼け石に水である。とはいえ、もともと台北市街地の幹線道路の幅員は広いので、フランスから技術導入している高架構造のMRTをより広範にネットワーク化することが急務である。

 いずれにしても、今の台北や東京を見ていると、人口、経済、物流などの都心への一極集中を抑制せずに各種道路の可能交通容量を増やすと、渋滞は解消されるどころか、一段と交通総量が増え、大気汚染、騒音が悪化する悪循環が生ずることが危惧される。

環境保護と経済発展の調和に係わる課題

 上記の諸課題は、今や日本、台湾を問わず、いわば経済と技術を優先する先進諸国社会、それも巨大経済社会に共通した典型的な課題であると言える。

 かかる経済成長と技術開発を軸とした社会経済づくりは、現在、世界各国が標榜し模索するSustainable Development、日本語で持続的発展、中国語で永続的発展と相容れないものである、と考えられないか。

 これは経済成長の原資が民需拡大によるものであれ、国債や地方債に依存した公共事業主導によるものであるにかかわらず、私たち研究者、政策担当者、政治家が一様に考えなければならない課題であると思う。

循環型社会構築に係わる課題

 これは廃棄物問題にも妥当する。

 2002年7月、日本から20名の専門家やNPOを引き連れ私は台湾を訪問した。その目的は、日本に類似する中華民国における廃棄物処理の実態を現地でつぶさに視察するとともに、そのなかで日本と異なる政策、施策、技術などを探索することにあった。

 現地視察は土日月の2泊3日の予定で行ったが、台湾側は土日であるにもかかわらず、張副長官(現在は長官)はじめ環境保護署、台北縣職員、台北市職員、民間事業者らが周到な対応をしていただき、また忌憚のない本音の議論ができた。


台北縣八里にある大規模焼却炉施設入り口にて。
左から青山、黄(環境保護署副局長)、
運営を担当している民間企業の責任者。2002年7月、台北縣にて。


 そのときも強く感じたことだが、台湾における廃棄物処理の多くは、世界に冠たる重厚長大分野の日本企業とゼネコンが取り仕切っていることであった。台湾各地に建設されている焼却炉や処分場の多くはそれら日本企業が請け負っていた。

 この状況は、まさに日本型のゴミ焼却主義とゴミ産業が台湾全体に拡延していると言ってよい。事実、現地でタクマ、日立造船、三菱重工など日本の焼却炉メーカーの名をよく聞かされた。台北周辺では、木柵、樹林、内湖、台北市がタクマ、北投が日立造船、八里、新店は台湾系、台北縣では三菱重工、日本鋼管などの企業が大型の焼却炉事業を受注している。

 ※上記については、青山貞一、「廃棄物焼却主義」の実証的研究
   〜財政面からのアプローチ〜、紀要 2004年5号、
   武蔵工業大学環境情報学部、を参照のこと。


 もちろん、ここ数年の陳政権下でプラスチック容器等の使用規制、台北市の生ゴミ堆肥化、加工食材を豚の餌とする施策など、新しい動きはあるが、その基本は、日本同様大量生産、大量消費、大量廃棄、大量焼却、大量埋立にある。

■台湾で一般化する一般及び国際競争入札

 他方、同じ焼却主義をとる台湾で興味深いのは、主な公共事業の入札がすべて一般競争入札か国際競争入札で行われていることだ。これは当該分野に主要な国内産業が存在しないことに主な理由があるとも言えるが、先進諸外国から技術や設備等をOpen Bitにより調達する台湾流のやり方は、日本がもっとみならってよいと思う。

 たとえば、ごく最近行われた台北と高雄を結ぶ台湾版新幹線鉄道の車両の国際競争入札では、日本企業が応札し、落札している。

 2003年7月時の現地視察では、同じ日本の重厚長大メーカーが、ゴミ処理1トン当たりの焼却場建設費で、日本では約5000万円であるのに対し、台湾ではその1/2〜1/3であったことが判明した。もちろん、各種公害防止設備やゴミ発電設備など、現在日本で標準装備されている施設、設備を付属させてのものである。


台北縣八里の最新焼却炉外観。単位処理量当たりの建設事業費は
日本の場合の1/3程度。各種公害防止設備、ゴミ発電設備も付属している。
出典:2002年7月の現地調査時に青山貞一が入手した資料より。


 台湾におけるこの種の入札制度、手続きは、陳総統以前からあったものだが、陳政権となってから、さらに入札改革が行われている模様だ。他方、日本では一部を除き、依然として環境施設分野での談合なり価格調整が行われ、公金の無駄遣いが起こっている。

 ゴミ処理、ゴミ行政については、入札制度を除けば基本的に日本と共通の課題があると言える。現地の専門家に聞くと、ここ数年の台湾や台北市のゴミ施策は当初、それなりに勢いがあるが、なかなか国民全体、市民全体、とくに若年層に施策が浸透せず、現場での規制が形骸化する傾向が指摘されている。

温室効果ガス削減の課題    

 ところで台湾は、日本同様もともと高度経済成長志向であり、事実ここ数年も5−6%の経済成長を達成していると言う。それらがもたらすエネルギー資源の消費の増大に伴う各種環境負荷が問われる。たとえば、温室効果ガスの排出量は日本同様増え続けている。

 CO2の排出量が火力発電所より少ないと言う理由で、台湾電力などが原子力発電所の建設を推進してきたのも日本と似ているが、日本同様激しい住民の反対に遭遇している。もともと亜熱帯地域に位置すること、空調の年間使用期間がどうしても長くなること、省エネ意識がそれほど高くないことから、日本同様、温室効果ガス削減政策はうまくいっていないようだ。

台湾の地域特性と環境課題

 地域的に見ると、台湾では台北市や大台北圏は東京、大東京同様商業、業務都市、南部の高雄市が一大工業都市となっている。両者の間にある台中は先の大地震で大きな物理的破壊を受けたが、現在、復興がすさまじい。その他、台南や台東などの地域は山岳やすぐれた自然環境が存在しており、リゾート地域となっている。

 たとえば、今の台湾では南部や東部の自然環境保護に関連して張長官から興味深い話を聞いた。経済界や自治体は、従来、交通が不便だった台湾の東西をつなぐ大規模トンネルの建設を中央政府に強く要望し、前政権時に政府と土木業界が一体となって、台中から花蓮に通ずる一大山岳トンネル工事を実現した。

 しかし、周知のように、1999年9月21日の台中周辺での巨大地震の発生により、トンネルの入り口などが破壊された。もともと自然保護の観点からトンネル建設に反対してきた勢力は、中央政府にトンネル再開工事の中止を協力に申し入れ、現在まで再開には至っていないと言う。

 自然保護団体は、巨大地震によるトンネル破壊は、巨大技術と経済による自然制覇に対する自然環境の側からのしっぺ返しであると考えているとのことだ。

 確かに、対話の南部や花連など東部の貴重な自然環境や生態系は、一定程度不便な交通の「恩恵」によって保護されてきたことは間違いない。優れた生態系、景勝地などの環境資源があって、はじめて観光が成立することを私たちは過去の歴史から学ばなければならない。

問題解決のための戦略目標を示す環境保護計画改訂

 台湾全体を見渡した場合の、国土利用計画、国土開発計画と国家環境保護計画との実行性ある調整が最も大きな課題となると感じる。

 台湾は日本より早くアセス法を制定しているが、今後は個別事業だけでなく、大プロジェクト、複合事業、広域計画、総合計画、土地利用計画さらには政策を対象とした計画段階の環境アセスメントやいわゆる戦略的環境アセスメント制度が必要になると思われる。


これからの環境政策展開の方向性についての提案

 事業の実施を前提とした日本型環境アセスメントでは、計画や事業の必要性が評価、判断できないからだ。また個々の影響でなく、累積的、総合的な負荷や影響についても把握することは困難であるからだ。

 さらに廃棄物、有害化学物質の処理を扱う可能性が高い高雄などでは産廃処理、有害化学物質管理が特に重要となるだろう。これには台北郊外の研究都市内の工業団地も含まれよう。

 いずれにしても、台湾に行ってその都度感じることは、台湾で見る環境政策の課題はそのまま日本の課題であることだ。日本にいると分からなくなったり、慣れてしまうことも、台湾に来ると、明確にその課題が明らかになる。

 その意味で、今後も定期的に台湾に足を運ぼうと思う。