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週刊文春、3万部差し止めの真の意味    青山貞一

 
 田中真紀子衆議院議員の長女の私生活を記事にした週刊文春に、長女が販売差し止めの仮処分申請を東京地裁に出し、裁判官が差し止めを認めたことで、日本中が大騒ぎとなっている。連日、新聞、夕刊紙は憲法で保障された「表現の自由」を奪うものと論陣を張っている。
 
 日刊ゲンダイは、米英では政治家や芸能界、署名人の家族、親類のプライバシーを暴き立てることが司法により差し止められた例がないことを理由に、今回の一件がいかに「表現の自由」を奪うかについて書き立てている。

 同じ週刊文春が、山崎拓前衆議院議員の女性問題を暴き、山崎陣営による名誉毀損裁判にも勝訴し、それが前回の衆議院議員選挙で山崎氏落選の原因となったことは記憶に新しい。これなど、朝日、毎日、読売新聞ではできない、しかも国会議員の資質を正面から問題にした点で週刊誌の存在意義を示したものと言える。
 
 ところで、販売や出版の差し止めをめぐっては、最高裁大法廷が86年6月、北海道知事選の立候補予定者が月刊誌の中傷記事の事前差し止めを求めた「北方ジャーナル訴訟」で、「表現内容が真実でなく、公益性があり、被害者が著しく回復困難な損害をこうむる恐れがある時、例外的に認められる」との初判断を示したのだ。
 
 今回の週刊文春による長女プライバシー暴露問題だが、@の記述内容の信憑性は不明としか言いようもない、一方、Aについてだが、マスコミ界にいない私たち一般人にとって、田中真紀子議員の長女の私事を書き立てることに公益性があるとは到底思えない。これについて週刊文春側は、「将来国会議員になる可能性があるから」などと言っている。だが、日本人であり、25歳以上であれば誰でも衆議院議員選挙に立候補できる。差し止めの第三番目の要件、すなわち被害者が著しく回復困難な損害被る恐れがあるときについては、いわば主観的要件であって、第三者が判断することは容易ではないだろう。

 いずれにしても、冷静に考えれば、仮に記事に真実性があった場合でも、どうみても記事内容に公益性はなく、他方、記事内容が著しく損害をこうむる恐れがあるかどうかは長女自身がどう感じるかであって、第三者が判断することは容易ではない。私見では将来、国会議員になる可能性があるからと言って、プライバシーを書き立てるのはいかがなものか、と思う。もっと、書き立てる与党の大物がいくらでもいるのではないかと、率直に思うからだ。

 一方、当初の東京地裁判事の決定に対し、翌日、東京地裁は別の3人の判事が両当事者から意見を聴取した。そして最終的に当初判断を是とした。東京地裁の判断要旨には次がある。

 「雑誌は発売日前日の3月16日までに約77万部が印刷された。約74万部は出荷され、取次業者への搬入および受け入れの確認を終えたが、約3万部は出荷されず、文春が保管している。

 約3万部は、それ自体が軽視することのできない量で、しかも差し止めがされたこと自体が大きく報道され、社会の関心を集めているような状況で約3万部の販売が解禁されることとなれば、長女らのプライバシーに決定的な被害が生ずる恐れがある。」

 そうだとすれば、文春の占有下にある約3万部について、販売等の差し止めが解かれることによるプライバシー被害は、観念的なものではなく、著しく、かつ回復不能なものであることが明らかだ。よって、現時点でも、長女らの申し立てにかかる仮処分の必要性は失われていない。」

 東京地裁が差し止めたのは発売予定の77万部のうち3万部が対象である。

 だが、77万部のうち3万部の出版を差し止めたというのは、どう見ても詭弁ではなかろうか。誰でも分かるように、情報は、一部でも漏洩すれば、今のインターネット社会を前提とすれば、情報は燎原の火の如く全国に広がる。事実、書かれていた内容は、週刊誌を買っていない国民でもインターネット等で知ることができる。まして77万部のうち74万部が各地の販売店に置かれ、その大部分が販売されたとすれば、3万部についてだけ差し止めを認めても、実質的な差し止めの意味はないと言わざるを得ない。私人のプライバシーは実質的に国民の知るところとなり、暴かれるところとなるのである。

 となると、今回の東京地裁の差し止め仮処分を認めた最終判断は、本当に田中真紀子議員の長女のプライバシーを保全すると言うより、どちらかと言えば、週刊誌や夕刊紙の編集者、出版社に対し、今後、このような記事を書き立てると、販売前に差し止めをする可能性を示唆したことだけが残る、と言えないことはない。

 私はここにこそ、今回の東京地裁判断の本質が見え隠れすると思う。具体的に言えば、今回の判決は何ら私人のプライバシーの暴露を防げず、他方、マスコミの「表現の自由」への検閲の道を開いてしまったと言うことである。