公共工事の諸問題 予定価格の原点から考える その7 我が国のデザインビルド方式 の導入についてー 阿部 賢一 2006年8月24日 |
1.わが国のデザインビルド方式 わが国では、公共事業発注者は、欧米諸国のデザインビルド方式を「設計・施工一括発注方式」という。 旧建設省直轄工事において、平成9年(1997)より設計・施工一括発注方式の試行が開始された。 平成12年度(2000)までに計8件、13年度(2001)は14件、14年度(2002)は15件、15年度(2003)は19件実施されている*。 しかしながら、「発注実績としては、現行制度の制約もあり、未だ十分に活用されているとは言い難い」と建設3団体の報告書はコメントしている。 * 『公共工事調達制度のあり方に関する提言』 平成16年(2004)9月 日本建設業団体連合会、日本土木工業協会、建築業協会 旧建設省は、平成12年度(2000)の重点施策として、「効果的な事業コスト縮減に向けて構造的対策を強化」するために、「橋梁等の技術基準の性能規定化やデザインビルド方式の発注を導入し、新技術の積極活用によるコスト縮減を進める。」ことを挙げた。 平成12年(2000)末、建設省に「設計・施工一括発注方式導入検討委員会」が設置され、学者を主にして有識者10名が委員に任命された。委員会は三回(第1回、平成12年12月20日、第2回、平成13年1月31日、第3回、平成13年3月14日)開催され、報告書*まとめられて公表された。 * 設計・施工一括発注方式導入検討委員会 報告書 http://www.mlit.go.jp/tec/nyuusatu/keiyaku/ikkatu/kisya2.pdf この報告書では、1)デザインビル方式適用に当たっての考え方、2)リスク分担の考え方、3)業者選定の考え方、4)予定価格算定の考え方と設計変更の考え方、5)設計・施工時の発注者の関与のあり方、等々、考え方の提言(全文25頁)が示されている。 現在に至るまで、50件以上もデザインビルド方式による工事がおこなわれたが、いまだに、その試行結果についての報告書、デザインビルド方式の標準入札書類や個別のデザインビルドプロジェクトについての入札書類や評価報告書等は国交省HP等では筆者には一切確認できなかった。公表されていないということである。 2−1)、2−2)で概略紹介した通り、米国ユタ州道路局、ワシントン州道路局の一般州民に対するデザインビルド方式についての情報公開は発注者のアカウンタビリティの質の高さを示している。 それに引き換え、わが国の公共事業発注者のアカウンタビリティは未だ道遠しということを端的に示している一例というのが筆者の実感である。 2.わが国のコンサルタントと施工業者(ゼネコン) デザインビルドの概念は、発注者(発注者)が設計と施工をデザインビルダー一社に任せてしまう方式で、その会社は、マネジメント業務もおこなう。わが国では、その会社とは施工業者(ゼネコン)であり、設計者や設計コンサルタントが施工業者(ゼネコン)の下につくのはどうかとか、デザインビルダーとなる施工業者(ゼネコン)の都合の良い設計となる可能性があり、公正さ、透明さに欠けるとか、場合によっては工事の品質低下を招きやすいなど、施工業者(ゼネコン)主導型デザインビルド方式に対する発注者やコンサルタント側からの懸念が示された。 欧米ではデザインビルダーが施工業者(ゼネコン)であるとは限らないし、そのような懸念も出ていない。それはデザインビルドのリスク管理と監視体制がしっかり構築されるからだろう。 施工業者(ゼネコン)主導のデザインビルド方式に危機感を持ったコンサルタント業界側が2000年に中央官公庁発注者との懇談会で「設計管理(監理)方式の導入」を提案した。「設計段階でのコンサルタントの設計意図が、施工段階で必ずしも反映されていない一面があった」として、発注者と設計者、施工者が協議することが、事業の最善の成果につながることを強調して「設計者が施工段階に関与する設計管理または施工管理方式の導入」を提案した。この方式を同業界ではデザイン・マネジメント(DM)といっている。そのDM業務内容なども検討が進んでいるようであるが、これに関する報告書なども国交省HPにはない。 これまで設計コンサルタントは、発注者に対して、設計と共にそれに伴う技術的助言、設計内容の修正検討、施工時の現場観測や異常値発生時の点検、現場条件対応策の検討、説明資料作成などをおこなってきたが、これらは発注者に対する技術支援・補完業務である。 欧米では、通常の設計施工分離方式では、施工業者(ゼネコン)は完全な図面及び仕様書等にしたがって工事を施工するのは当然であり、設計思想は完全にそれらに示される。したがって、請負者は契約書類の正しい読解力が求められると共に、それらの書類に曖昧な点、矛盾・相違点があれば、発注者側の設計管理・施工監理エンジニアに問い合わせ、協議・確認した後、施工を進める。 3.デザインビルド(DB)とデザインマネジメント(DM)について コンサルタントが発注者代理人として設計及び施工監理マネジメントを主導するのが本来のデザインマネジメント(DM)である。 英国における一般的なDMの概念は、発注者が設計と施工管理マネジメントを一社に任せてしまう方式である。その会社(設計者/コンサルタント)は、設計段階におけるマネジメントと共に、施工監理マネジメントもおこなう。 DMとは、ふさわしい品質についての情報が、設計、製造、施工の各段階における要求事項に合わせて、プロジェクト・タイムスケールの中で、発注者に引き渡されるように、設計タスクをコントロールし、リードするコーディネーションである。具体的には、設計者/コンサルタントが、1)発注者のブリーフィング(要求事項)作成、2)設計アクティビティの立案、3)設計を展開、4)設計チームを主導、5)設計のモニタリングとコントロール、6)設計アクティビティの調整、7)施工アクティビティへの設計の一体化、8)設計変更のコントロール、9)バリュー・マネジメント、10)リスク・マネジメントなどを一貫して総合的におこなうものである。 DBもDMも、発注者のインハウス・エンジニアが設計と施工監理をおこない、請負者が施工するという従来の設計施工分離方式とは異なる概念である。発注者はプロジェクトの基本要求事項と基本設計概念の提示までである。デザインビルダーや設計者/コンサルタントがそれらの要求事項や概念を具体化し、設計、調達、施工監理の各段階でプロジェクトを主導する。 DBやDMでは、施工業者(ゼネコン)やコンサルタントが、発注者との間でリスク分担を明確にして、最適者がリスク分担することが肝要である。 コンサルタントには、四つの役割が求められる。 1)発注者のパートナーとして発注者の意図を具体化するためのDMを主導する。 2)施工業者(ゼネコン)とパートナーリングを組みDBの設計と施工監理を担当する。 3)事業について国民・関係住民に適切な助言や支援をおこなうアドボケイト(扶助)活動をおこなう。 4)発注者と国民・関係住民の間で、第三者としての公立・中立・独立の立場で発注者と国民・関係住民双方に助言・勧告をおこなう。 特に4)の役割で第三者として高い知見・識見を示すことが、コンサルタントの社会における信頼と評価を高める。 4.デザインビルド方式とコンサルタント 米国のカリフォルニア州道路局(CALTRANS)は、わが国の国交省道路局同様、多数のエンジニアを雇用する、言ってみれば直傭技術者集団を抱える組織である。これは米陸軍工兵隊[US Army Corps of Engineers]同様、米国発注者では例外的な組織であり、今回紹介したユタ州、ワシントン州その他の州では、直傭技術者集団は極めて少ない。発注者業務のアウトソーシング化が進んでいる。 デザインビルド方式をわが国に導入するということは、 1)わが国の公共工事の発注にあたっては、設計・施工の分離が原則であるという「軛」を開放し、公共工事の発注にあたっては、公正さを確保しつつ良質なモノを低廉な価格でタイムリーに調達するために、最適な発注方式を選択することができる、 2)これまでのわが国の設計・施工分離の発注方式による公共工事システムにおいては、公共発注者がすべての責任とリスクを担い、受注者(建設会社、コンサルタント、測量業者、資質調査業者等)はロー(ノー)リスク・ハイリターンという著しく恵まれた状況におかれてきた、 3)わが国の公共工事システムに『設計・施工一括発注方式』を導入することは、受注者の立場が、責任及びリスクの分担でこれまでより以上の著しく重い状況におかれることになる、 と国交省「設計・施工一括発注方式導入検討委員会報告書」(3-1参照)に指摘されている。 デザインビルド方式を導入するということは、わが国の従来からの公共工事の入札制度を根本から再編制することになる。すなわち、『設計・施工分離発注方式』から『設計・施工一括発注方』式へ転換は、建設コンサルタンの立場に意識転換を求める。発注者側の立場に立ち、発注者に対する技術支援・補完業務という「発注者のパートナー」という立場から、デザインビルド方式では、受注者側の立場で、施工業者(ゼネコン)とともに「設計」を行い施工業者(ゼネコン)に対する技術支援・補完業務を行うことになる。コンサルタントと施工業者(ゼネコン)のコンソーシアムで受注者になることもできる。 これまで全面的に発注者が担っていた工事の責任とリスクについて、発注者と受注者それぞれの分担を明確にする必要がある。コンサルタントは受注者の構成メンバーとしてのリスクを分担しなければならなくなる。 これまで、コンサルタントは、発注者側への役務提供、すなわち、技術支援・補完業務ではリスクを分担する必要はなかったから、大転換である。 発注者は工事の責任とリスクを担うために、これまで膨大な技術者集団を抱えていたが、その必要性はなくなる可能性があり、工事を含めたインフラストラクチャー全般についての政策立案と総合的なマネジメントに人材を集中させられることになる。従来からの発注者業務のアウトソーシング化が促進されることになる。 「発注者でなければできない」という公共工事の聖域の「民にできるものは民に任せる」という公共工事の民営化への道が大きく開けることになる。 5.発注者、コンサルタント、施工業者(ゼネコン)の 日本土木工業協会(土工協)は平成18年(2006)4月27日の定時総会後の記者会見で、『透明性ある入札・契約制度に向けて―改革姿勢と提言―』(以下、提言という)*を発表した。平成18年3月に学識経験者3名と土工協会長以下協会関係委員会委員長8名計11名による同協会「透明性ある入札・契約制度に向けた検討会議」での検討内容を取りまとめたものである。 *1 土工協『透明性ある入札・契約制度に向けて―改革姿勢と提言―』(全文) http://www.dokokyo.or.jp/topics/c_topics_20060428_01.html これに先立って、土工協は、平成17年12月、日本建設業団体連合会(日建連)及び建築業協会とともに会員各社に対して、会長名で会員各社に対し、コンプライアンス(法令順守)徹底を要請するとともに、建設業が国民から信頼され魅力ある産業となるため、旧来のしきたりから訣別し、新しいビジネスモデルを構築することを決意している。 提言で言う「旧来からのしきたりからの訣別」とは、業者間の入札談合はもちろん、政・官・業の癒着体質からの脱却決意表明である。 「旧来のしきたり」のひとつが「非公式な事前無償協力要請」という用語で、にわかに具体化浮上してきた。 平成18年5月23日、毎年恒例となっている国土交通省側と土工協側の公共工事をめぐる課題を議論する関東地区意見交換会が行われた。土工協側は「旧来からのしきたりの訣別」決意と、入札の不透明さを払拭する制度改善に向けて、約一ヶ月前の4月に発表した「提言」を説明し、理解を求めた。 「提言」では、 (1)調査・計画・設計段階におけるコンサルタントなどの業務を補完するために建設業者による 非公式な技術協力が求められ場合かあった。 (2)特に大規模工事や技術的難易度の高い工事においては、新たな施工方法や技術の開発が求められることがあり、このような場合には、調査・計画・設計段階から、コンサルタントに加えて建設業者の技術的知見が不可欠となり、協力が求められる場合があった。 (3)このように、設計段階などで協力をした建設業者は、工事の入札において優位な立場を得ていることから、「形式的な競争」となる可能性が高く、公正な競争の障壁となる。」 と述べている。 国交省関東整備局側は、「不透明な仕組みとして指摘された発注者から建設業者への非公式な事前無償協力要請については、解消していく必要があるとの認識を示した上で、独自の対策として『設計業務成果閲覧の試行』を検討していることを明らかにし、真剣に対応する考えを示した」と業界専門紙が報じた*。 * 日刊建設工業新聞 2006/05/15 発注者と受注者の間での工事の調査・計画段階からのグレーゾーンになっている業務「協力体制」の「暗黙了解」癒着構造の存在を認め合い、その改善に向かう姿勢を確認したのである。 「非公式な事前無償協力要請」は、これまで発注者側、受注者側双方にとって都合の良いものであった。 発注者にとっては、施工上のさまざまな問題についての協力を調査・計画・設計段階から知識・経験豊富な建設業者に求め、施工業者(ゼネコン)もこれに応じて工事取得に繋げようという営業的取り組みがあり、両者の思惑の一致である。これによる受注調整も可能となる視野が開ける。 そのベースには、入札制度上の発注者の不透明な裁量権限の大きさに伴う両者間に隠然として存在する、いわゆる誠実な信頼・協力関係、明治時代からの「官尊民卑」意識、それよりも歴史の古い建設業者側の「お上」への過剰な卑下意識(その反面の面従腹背)、契約上の「片務」「請け負け」意識(そして「請け負け」に終わらせないさまざまな方策も当然生まれる)、など、したたかな構造がその根底にあった。 いままで、決して「無償強力」がタダでは済ましてこなかった「非公式な事前無償協力」に発注者と受注者の両側が「コンプライアンス」を求めて動き出した。 施工業者(ゼネコン)側に続いて、コンサルタント側も「事前協力」を認めた。 コンサルタント協会の石井会長は、7月6日の関東地方整備局長らとの意見交換会で、土工協が指摘した施工業者(ゼネコン)のコンサルタントへの事前協力問題について、「原則コントラクター(施工者)からの協力はありえない」が、この問題について「土工協とも今後話し合う用意がある」と会合後の取材陣に答え、その一方で「施工企業が自ら行ってきた違法行為(談合)を事前協力の名前ですりかえている」と批判。 しかしながら「これまで事前協力があった事例があるのは事実。しかし現在、建コン協会員が事前協力に関与しているとは信じたくない。土工協が現在でも事前協力の実例があるなら提示してほしい。事実ならわれわれとしても、対応しなければならない」と施工業者(ゼネコン)側への対応姿勢を示した。 そして、石井会長は「協会としては、(コンサルタントは)高い技術を保有し、コントラクターから独立している。このことについて高い倫理観を守っていく努力をしていきたい」*とシビルエンジニアのプライドと倫理を強調した。 * 日刊建設通信新聞 2006/7/07 「高い技術」は、紙の上のことではなく、実際の「契約書類」と「現場」で最適に発揮されてこそ価値がある。 「現場」が必ず直面する難問題に対する最適な解決策をタイムリーに出すことが、コンサルタントの「仕事」であるはずである。コンサルタントには、汚れ仕事の「現場」に率先して飛び込み、現場に熟知し、迅速・果敢な行動力が求められる。コンサルタントは、コントラクターから独立することは当然だが、発注者からも独立し、発注者およびコントラクターと「協働」することが、最終的に、工事の「品質」を高め、工事を妥当なコストでタイムリーに完成させる。これまでのように、発注者の陰に隠れているだけでは、工事関係者の信頼を失う。 7月13日、土工協は、建設企業が調査・計画・設計段階で、コンサルタントなどの補完を非公式な形で技術協力するいわゆる事前協力問題について、「設計段階における技術協力検討委員会」を設置、今後、個別具体の議論をするためのテーマを選定し、個別テーマごとにワーキンググループを設けて議論を進めていく*。 * 日刊建設通信新聞 2006/07/14 事前協力問題についての論議は、わが国の発注者や受注者にとっての「不透明な関係」「癒着」のグレーゾーンであることを関係者がようやく認めたということである。 いままで公共工事で、発注者側が、完全な入札書類作成、工事監理などの面で「手を抜いていた部分」、それらを補うために、事前協力、事後処理というかたちで誰かに「タダ働きさせていた部分」がなくなる。タダでなくなるということは、そのコストが表に出るということになる。関係者間の工事のリスク分担とコスト分担が明らかになる。 発注者、コンサルタント、施工業者のそれぞれの業務のグレーゾーンを「透明化」し、それぞれの義務と責任、リスク分担が明らかになり、最終的には公共工事のコストの「透明性」が高まることになる。 デザインビルド方式は、その意味で、プロジェクトにおける発注者、設計コンサルタント、施工業者(ゼネコン)三者のそれぞれの義務と責任についての項目の洗い出しと三者関係の明確化を促進することになる。 その結果、公共工事の「透明化」が開ける道筋が広がる、と筆者は考える。 次回は、英国の取り組み、プライム・コントラクティング(Prime Contracting)を紹介する予定である。 ■ つづく |