〔第六条〕
第六条は、航空交通管理・通信体系に関する日米間の協調・整合につき定める。
一 航空交通管理・通信体系の協調・整合
1 すべての非軍用及び軍用の航空交通管理及び通信の体系は、緊密に協調して発達を図るものとし、かつ、集団安全保障の利益を達成するため必要な程度に整合するものとする(第六条1項第一文)。このための必要な手続は、両政府の当局間の取極によって定められる(同第二文)。
およそ航空交通管制及びこれに伴う電気通信体系というものは、高度に技術的なものであって、航空機の安全かつ能率的な運航を確保するためには、軍用・民間用の管制を統一的に運営することが極めて必要であるところ、第六条1項は、特に安保条約の目的の達成上必要な限度まで、軍用・非軍用の航空交通管制及び通信の体系を整合することが必要であることを確認し、このための手続が両政府の当局間で取り極められることを定めたものである。この取極としては、合同委員会の合意(「航空交通管制に関する合意」)がある。
2 米軍は、昭和三四年六月までわが国における航空交通管制(航空路管制)を一元的に実施し(復帰後約二年間は、沖縄でも実施することになっている)、また、施設・区域たる飛行場及びその周辺における飛行場管制、進入管制は現在も原則として米軍が実施している(沖縄も同様)。このような管制業務を米軍に行なわせているわが国内法上の根拠が問題となるが、この点は、協定第六条1項第一文及び同第二文(行政協定時代もほぼ同文)を受けた合同委員会の合意のみしかなく(注49)、航空法上積極的な根拠規定はない。
(注49)昭和三四年までの航空路管制について、合同委員会の合意は、「日本側による実施が可能となるまでの間米軍が軍の施設で行なう管制業務を利用して民間航空の安全を確保する」旨規定し、又、復帰後二年間の沖縄については、「二年間は暫定的に米国政府がICAO基準に準拠した方式により、航空交通管制業務を実施する」旨規定している。施設・区域たる飛行場関係の飛行場管制・進入管制が米軍によって行なわれる点についても同様の合意がある。
(欠落=原文47〜48ページ)
その他基本的事項)、ロ第一附属書(同日付、航空機事故調査関係)、ハ第二附属書(同日付、捜索救難関係)、ニ第三附属書(昭和三四年六月四日、わが方が一般的な航空管制をテーク・オーヴァーした際の関連事項)、ホ沖縄復帰の際の合意(昭和四七年五月十五日、沖縄の航空管制事項)となっている。
(3) 以上のうち、最も問題とされる第三附属書につき主として要旨に従って問題点を述べれば、次のとおり。
(イ)「防空任務に従事する軍用機に対しては、交通管制上、最優先権を与える」旨合意されている(三六年六月の合意要旨第二項)が、米軍は、現在防空任務(スクランブル)に従事しておらず、従って、実際上の問題はない。
(ロ)「防空上緊急の必要があるときは、防空担当機関が保安管制を行なう」旨合意されている(同第四項)。「保安管制」とは、軍事的必要時に、軍のために民間機の航行を制限し、同時に民間機の安全を確保する機能を果す管制である。「防空担当機関」とは、米側については、第五空軍司令官、日本側については、防衛庁長官を指す。現在、米軍も自衛隊もかかる保安管制を予想した管制取極を運輸省とは締結していない。
(ハ)「国外から飛来する航空機が管制本部に対して位置通報を行なうべき地点の決定に際しては、日本政府は、防空担当機関と協議する。」(同第五項)。いわゆる「防空識別圏」(ADIZ)であるが、これは、現在、防衛庁長官の自衛隊に対する訓令という形で設定されている。
(ニ)以上のほか、第三附属書本文には、「米軍の要求に基づき民間・軍を問わずすべての航空機に優先する空域制限(高度制限)を管制本部に行なわせるべき」旨の合意がある(第三附属書第三部J)。これは、米軍の飛行のために特定の飛行空域を予定し一定時間その経路及び高度を他の航空機が飛行しないように隔離する管制上の措置によって設ける制限であり、米軍からこの要求があった場合には、一般の航空交通に混乱を生ぜしめないよう経路を調整し或いは時間及び高度を最小限にしぼって許可を与えている(岩間質問主意書に対する政府答弁書)(注54)。
(注54)第三附属書の内容は、必ずしも現実の運用に合致せず、種々論議の対象となる点を含んでいるので近く改定すべく目下米側と協議中である。
二 領空侵犯排除措置関係 領空侵犯排除に関連する措置は、岡崎・マーフィー往復書簡及び「これを受けた」細目と説明されている「松前・バーンズ取極」の問題であって、協定第六条とは、直接の関連はないが、少なくとも国会等では同条との関連において本件が論じられることが多い。
1 昭和二八年一月十三日岡崎外務大臣がマーフィー米大使に書簡をもってわが国の領空に対する侵犯を排除することを米政府に要請したところ、同十六日、米大使館は、外務省宛口上書をもって、米政府は、わが国の領空侵犯排除のため安保条約の下において必要かつ適当とされる一切の可能な措置を日本政府の援助の下にとるよう極東軍総司令官に命令した旨回答越した。これが岡崎・マーフィー往復書簡と通称されるものである。本件書簡は、旧安保条約当時のものであるが、新安保条約下における有効性については、昭和三五年一月六日の藤山・マッカーサー会談において口答でで了解されている旨の説明が国会で行なわれている。(注55)。
(注55)昭和三六年三月十四日、参・予議事録三頁。
2 本件書簡と安保条約との関係については、米軍がこのような措置をとる権能は、わが国の旧安保条約一条及び新安保条約第六条で米軍隊のわが国駐留(施設・区域の使用)を許したこと(並びに新安保条約第五条により米国がわが国の防衛義務を負っていること)の結果として当然に米軍に認められた権能に本来含まれているものと考えられる。もっとも、領空侵犯排除措置は、本来わが国の主権の発動にほかならないから、米軍は、わが国の意思とかかわりなく右の権能を行使しうるものではないので、米軍によってかかる措置がとられることがとりもなおさずわが国の意思に沿うものであることを明示的に確認したのが本件書簡であるといえよう。(往復書簡が行政府限りで処理し得たのも書簡の右の如き本質による。)
3 書簡が交換されたのは、右のとおり昭和二八年当時であり、その後わが国航空自衛隊の能力が著しく向上したのに伴い、米軍による領空侵犯排除措置は、現在では全面的に自衛隊に肩代わりされているが、なお、不測の事態において米側の協力を必要とすることも排除されないのでその意味で書簡は、今日でも有効であると説明されている。また、岡崎書簡が「北海道上空において、外国軍用機による領空の侵犯がしばしば行なわれ」た状況を直接の動機として行なわれたことは事実であるが、「北海道上空」云々は単なる例示と考えられ、例えば沖縄において米軍が本件書簡による措置をとることが排除されるものではない。事実、沖縄復帰の際、暫定的に米軍が領空侵犯排除の任務に従事したが、これは右書簡に基づくものである旨説明された。
4 松前・バーンズ取極とは、昭和三四年九月二日に第五空軍司令官と航空自衛隊司令官との間に締結されたもの(形式的には「秘」扱いされているが国会審議を通じ全貌が知られている)で、岡崎・マーフィー書簡の細目であると説明されている。その主たる内容は、日米双方が領空侵犯排除措置を行なう際の協力態様に関する細目事項、隣接極東地域との関連情報の交換は第五空軍司令官の責任とする等である。本件取極は、岡崎・マーフィー書簡と同様現在も有効とされている。
5 領空侵犯排除措置は、警察行動と観念されるものであって、戦斗作戦行動ではない。日本の直接防衛のために米軍が戦斗作戦行動に従事するのは、わが国に武力攻撃が加えられた場合であって(単なる領空侵犯は、これに該当しない)、かかる事態でないにも拘らず米軍が戦斗作戦行動に従事するのは、国連憲章違反(従って、安保条約違反、同条約第一条及び七条)となるので考えられない。領空侵犯排除措置との関連で米軍がその内部でいかなる準則によることになっているかは、もっぱら米軍内部の問題であって、日米間の関係は、国連憲章及び安保条約上明確である。(岡崎書簡に対する米大使館の口上書で米側が「安保条約の下において必要かつ適当とする」措置をとるとしているのは、右との関連で意味がある。)
6 日米間で韓国の如き他地域における航空機移動情報の交換が行なわれているのは、領空侵犯排除のための識別の必要性との関係において、松前・バーンズ取極に基づき、日米防空当局間でそれぞれの領空侵犯排除措置上必要な限りで行なわれているものであって、地位協定第六条とは関係がない。協定第六条1項にいう「集団安全保障の利益を達成するため必要な」とは、日米安保条約の目的達成に必要なという意味であり、米国と他の諸国との防衛条約に言及したものではない。例えば米韓の防衛関係に基づく航空機移動情報が松前・バーンズ取極に基づき米軍を通じて事実上わが国自衛隊に伝達されることがあっても、これは、地位協定第六条の立法趣旨とは関係なく、右をもって協定第六条1項の「集団安全保障の利益」云々が日米韓集団安全保障を定めたものと解するのは当らない。(注56)
(注56)この点に関する議論については、昭和四四年二月十九日、衆・予・議事録参照。
〔第七条〕
第七条は、米軍による公益事業の利用について定める。
1 米軍は「日本国政府の各省その他の機関に当該時に適用されている条件」よりも不利でない条件で、「日本国政府が有し、管理し、又は規制するすべての公益事業及び公共の役務」を利用することができ、並びにその利用における「優先権」を享有する(第七条)。
右の「日本国政府の各省その他の機関……に適用されている条件」とは、日本政府の官庁(すなわち、地方公共団体等の機関は除かれる。)に一般的に適用されている条件を意味するものであって、特別の理由があってある官庁が特に有利な条件を適用されている場合にすべて米軍がこれにも均霑できるという趣旨ではない。すなわち、例えば警察は、一般官庁よりも安い電話料金によっているが、これは、戦後警察電話が統合された際に施設が公社に譲渡されたことに基づく特別料金であって、米軍は、これに均霑するものではない。
2 「公共の事業及び公共の役務」とは、日本政府が法令上「有し、管理し、又は規制する」公共サーヴィスをいい、郵便の如く国が自ら行なっている事業、国鉄・電信電話の如く公社が行なっている業務、水道、電気、ガス、交通事業の如く特別の法令により国が規制しているものが含まれる。
3 「優先権」の享有とは、日本政府各省庁が優先権を享有する場合には、それより不利でない条件で米軍も優先権を享有できるという趣旨であるが、現在国内法上かかる優先権は、認められていないので米軍が第七条により享有する優先権はない。(注57)(注58)
(注57)第七条に関連する合同委員会の合意には、「米軍の電気通信施設使用」に関する事項がある。
(注58)米軍による主要公共サーヴィスの利用形態の概略次のとおり。
(1)国鉄
米軍の貨物、旅客の取扱い上特別な優遇措置は執られておらず(官公庁に対しても同様)、料金についても一般並みである(国有鉄道運賃法による。)国鉄サーヴィスにつき米軍と国鉄との間に契約が締結されている。なお、米軍の公用の軍人たる旅客の場合通行税は、免除されているが、これは、協定第十二条3項に基づくものである。
(2)郵便
米軍関係郵便については、駐留軍という性格上一般郵便物と同一の取扱いはされておらず(協定第二十一条は、米軍独自の郵便局の設立及び運営を認めている。)、また、日本の郵便局経由の日本国内間米軍関係郵便物について郵政省令により一般郵便物と別の取扱いがなされている。しかし、右取扱上、官公庁に比し有利な取扱いを受けているわけではなく、料金については日本国内の郵便物と同率である。なお、国外向け米軍関係郵便物については、米軍が自らその取扱いを行なっている。
(3)電信、電話
米軍は、電電公社との契約に基づき一般官庁並みの一般専用料金を支払っている。
(4)電気、ガス
電気、ガス会社と米軍との契約に基づき料金等が定められているが、官公庁同様米軍に対しても特別な取扱いはされていない。(なお、役務の調達については、協定十二条3項により、電気ガス税等の租税が免除されている。)
(5)水道
水道は、施設・区域によっては米軍自身が自営水道設備を有している場合もあるが、地方公共団体より水の供給を受ける場合には、当該地方公共団体と米軍間の契約により、(原則として)通常の料金を支払っている。
4 第七条に関する合意議事録は、行政協定時代以来の電話料金問題は引き続き検討されるべき旨定めている。この点については、米軍の使用している電話施設には、イ電々公社の一般施設、及びロ占領中終戦処理費により米軍のために作った施設と米軍リロケーションのため安保諸費で作った施設があるが、これら施設の使用料(電話料金)につき日米間で意見の不一致があったものである(日本側の当初の立場は、右のイ、ロとも一般の専用線と同率の料金、米側の当初の立場は、右イについては警察料金と同率、ロについては施設・区域の一部であるので無償)が、長年の交渉の結果、昭和四六年五月の合同委員会の合意により既に解決をみている。イについては一般の専用線と同率、ロについては日本側による右施設の保守・修理に要する実費相当額)。
つづく