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久しぶりにカナダの友人からメールがあった。彼はもともと大学卒業後、NGOに席をおき、環境問題に取り組んでいたが、その能力を買われ、ノバスコシア州環境労働局の職員として州のゼロ・ウェイスト政策の立案と実現に尽力した一人であり、カナダ大使館と環境総合研究所が共催した東京でのシンポジウムに講演者のひとりとして出席するため、一度来日している。 脱焼却・脱埋立のビジョン実現に信念をもって取り組む、まさに、Mission, Passion, Action を地でいく人物である。その後、ノバスコシア州での廃棄物資源管理戦略が軌道に乗ってくると、今度はオンタリオ州ナイヤガラ市職員へと転職、ノバスコシアの経験を生かして焼却炉に依存しないごみ減量化と資源化政策を推進した。焼却炉を導入しようとするナイヤガラ市長と対立するなどなかなかな孤軍奮闘ぶりだった。廃棄物の焼却処理が環境面ばかりか経済面からも如何に非効率なものであるかについてレポートをとりまとめたりしていた。 その後、2008年に、請われて農業系廃棄物の問題に取り組むNPOへと転職し、2009年3月からはCleanFARMs Inc. のジェネラル・マネージャーとして活躍中である。まさに自分の信念や理想を実現するために職場を替えながらキャリアを積み重ねているカナダでも珍しいタイプの人物かもしれない。 彼は、CleanFARMsが取り組んできた仕事について紹介してくれるとともに、日本ではどうなってるか、という質問をぶつけてきた。 まず、CleanFARMs(http://www.cleanfarms.ca/)というNPOについて簡単に説明しておくこととしよう。 CleanFARMs Inc. は、農薬や化学肥料メーカーとして世界的にも有名なデュポンやダウ・アグロケミカル、バイエル・クロップサイエンスなどおよそ30社が集まってお金を出し合い、産業界によるスチュワードシップ組織として、2010年に立ち上げた非営利団体(not-for-profit industry stewardship organization)であり、農業廃棄物の適正な管理を企業の責任として行うことを目的としている。 主な活動としては、農家で使用されなくなった(不要となった)農薬類の回収、農薬は肥料等の容器、袋などの回収を全カナダで無料で行うというものである。年次報告を見ると、その実績は以下の通り極めて大きい。 CleanFARMs 年次報告書 http://www.cleanfarms.ca/sites/default/files/annualreports/ CleanFARMSAnnualReport2012_E_web.pdf 空の農薬容器(プラスチック、瓶等)の回収実績は年間170万kg超、数は460万個(2012年)にも及んでいる。1989年にこの取り組みを開始してからの累積的な実績は9600万個を超えている。回収した容器は素材に応じてリサイクルを行っている。 不要農薬類の回収実績は、2012年には約275,000kgとなった。1998年にこの取り組みを開始してからの累積的な実績は180万kgを超えている。集められた農薬類はエドモントン州カルガリー市にある高温焼却処理施設において処理されている。 こうした農業廃棄物は州ごとに回収場所と期間を指定し、農家が持ち込むことにより回収されているが、すべて無償で行っている。農薬類や農薬の容器類が不適正に処理されたり投棄された場合には、環境影響ばかりでなく人や動物にとっても非常に危険であるため、農薬メーカーが責任をもって回収する仕組みを作り上げたものとして評価されている。2012年、CleanFARMsはこうした地道な取り組みが環境保全に寄与したことが評価され、オンタリオ州環境 大臣の環境大賞(Award for Environmental Excellence)を受賞している。 ところで日本ではどのようになっているのかと聞かれ、改めて調べてみた。現在、日本国内で登録されている農薬はおよそ4200余りとなっている。4200はおおむね製品数とみることができ、その有効成分は約500種に上っている。主な種類は、殺虫剤、殺菌剤、殺虫殺菌剤、除草剤、農薬肥料、殺そ剤、植物成長調整剤、殺虫・殺菌植調剤などと多岐に亘っている。しかも、農薬は、新しい薬剤が開発されるとその都度、登録される。農薬登録の有効期間は3年で、販売量が少なくなると有効期限がきても登録更新をしない例が少なくないことから、この約4,200件の農薬の中味は常に入れ替わっているという。ちなみに、これまで日本で登録を受けた農薬は約22,000件あり、うち約18,000件はすでに失効しているのである。 図 農薬登録数のグラフ出典:農薬工業会 つまり、農家では様々な種類の農薬が使われ、その薬剤は年々入れ替わり、すべてが使い切られている訳ではないことは容易に想像がつく。そうした状況の中で残った農薬類や容器類の回収がどのように行われているかを調べてみたところ、農水省は消費者団体からの申し入れに対して、次のように回答していることがわかった。 「古くなった農薬を廃棄する場合には、事業者責任として農家が適正に廃棄する義務がある。最近では、JAが回収日を決めて集めて廃棄物業者に渡す取り組みが増えている。今年(平成15年)の調査では、全国でJAや市町村、協議会など600以上の組織で回収している。農水省として、この取り組みを促進するため、回収マニュアルを作成中である。 」出典: http://www.maff.go.jp/j/syouan/johokan/risk_comm /r_kekka_nouyaku/h150930/pdf/report.pdf 実際、農協での取り組みをみると、回収しているところは多いようだが、そのやり方はまちまちで、多くの場合、有料であることがわかる。 <事例1>JAみっかび 不用な農薬を回収有料で回収 http://www.ja-shizuoka.or.jp/mikkabi/janews/2011/09/921.html 集まった不要農薬は農薬メーカーに処理を委託。回収物は粒、粉、水和剤・乳、液剤、スプレー缶などの一般農薬や殺鼠剤、くん蒸剤などの特殊農薬、水銀剤3種類、期限切れや使用禁止のものなど一般処分ができないもの。今回3年ぶりの回収で、一般農薬が約2000kg、特殊農薬が約70kg、水銀剤1kgが集まった。 集まった不要農薬は、全て農薬メーカーに処分を委託し、適正に処分された。 <事例2>JAおおふなと 期限切れ農薬の回収について http://www.jaofunato.or.jp/0909_topics/nouyaku/index.html 処理料金は以下の通り。 @一般農薬 300円/kg 粒剤、粉剤、水和剤、乳剤等 A特殊農薬A 1,600円/kg クローンピクリン薫蒸剤等 B特殊農薬B 5,000円/kg 水銀剤等 C農薬空容器 600円/kg <事例3>JAきょうと 農業用使用済みプラスチックと廃棄農薬の回収 http://www.jakyoto.com/uploads/photos/2986.gif 回収は有料。原則として農協が扱った農薬のみを回収する。 ただし、水銀剤は回収しない。 <事例4>JA北信濃 http://www.ja-kitashinshumiyuki.iijan.or.jp/news/fuyounouyaku.pdf 不要農薬の回収について農家への案内と申込用紙。 税込み料金表を見ると、水銀剤は25000円/kg、POPs系農薬は3600円/kgと高額。 多くの場合、年に1回から数年に1回、農協が組合員の農家に連絡し、有料で期限切れ農薬や不要となった農薬を回収していることがわかる。しかし、その費用は農協によって大きく異なり、水銀剤などは1キロ5000円から27000円まで幅が大きい。 また、農協で販売したものに限るといった制約を設けているところや、メーカー名、薬剤名、剤型などを詳しく記入させるタイプなど農家の負担となっていることもうかがえる。 処理については、農薬メーカーに委託するという例が多いようだが、そうであれば、カナダのCleanFARMsの取り組みのように、生産者責任として各メーカーが協力し「農薬類」を一括して無償で回収し適正に処理する費用を負担する仕組みを構築することが望ましい。 やや古いデータではあるが、農水省は、平成15年度の補助事業として「農薬環境負荷低減処理技術等開発事業」に1億1900万円の団体補助金を予算化している。その内容は、農薬空容器、使用残農薬及び種子消毒後に生じる農薬廃液の安全かつ低コストな適正処理技術の開発等を推進、となっている。 http://www.maff.go.jp/j/council/hyoka/seisan/03/pdf/data3_1.pdf この事業には、@農薬容器の再使用・再生使用促進のため、容器の高度な洗浄技術の開発、単層でも強度の高い容器の開発、A農薬容器の円滑な循環利用体系の構築、B使用残農薬の処理技術開発、C不用となった使用残農薬の適正な回収処理システムの検討、D種子消毒後の農薬廃液の適正な処理技術開発等、が含まれているものと思われる。 少なくとも農家で不要となった農薬、容器、袋などの回収は税金で行うのではなく、事業者が自らの責任として行うのが当然であり、国はその実施状況を規制、監視するというのが本来の立場ではないだろうか。 廃棄物処理に関してできる限り生産者責任を組み込もうとするカナダの取り組みは大いに参考にすべきである。ノバスコシアでは、生産者責任のもとで、タイヤの回収、使い残しのペンキの回収、牛乳パックの回収、飲料容器のデポジット制度、など多くの制度が有効に機能している。これらはいわゆるEPR「拡大生産者責任」ではなく、企業、産業界の当然の責任として行われる制度づくりが必要である。 |