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ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議
10周年記念シンポジウム
「子どもの環境と健康」に参加して

池田こみち
環境総合研究所副所長

 2008年9月28日 無断転載禁

 折しも、中国のメラミン入り粉ミルク事件や、農薬・カビなどに汚染されたいわゆる「汚染米」の流通をめぐり、化学物質問題への関心が高いなか、改めて身の回りの化学物質による影響をどのように捉えればよいのか、また、どのような対策を行うべきなのか、が問われている時でもあり、非常にタイムリーなシンポジウムであった。

 各講演者の講演内容の概要は、鷹取さんの報告にゆだねることとし、私は、お一人お一人の講演をうかがっての感想をまとめてみたい。

●森千里氏:へその緒が語る体内汚染−未来世代を守るために

 化学物質に最も弱いのは胎児・乳児であり、母胎であることは明らかであり、こうしたハイリスクグループ、ライフステージに対して専門家、科学者としてどうすれば少しでも問題の解決につながるか、ご研究の成果を踏まえながらわかりやすく熱心に語られた。

 特に、研究者として蓄積されたデータや知見、情報をいかに一般市民に伝えていくか、そのためにはどのような仕掛け、仕組みが有効という点に腐心され、具体的にいろいろな提案をされている。先生のこうした取り組みは、本来、専門家・科学者に最も必要な姿勢であろう。

 具体的には、母体の化学物質による汚染レベルを知ることにより、胎児や乳児への汚染物質の移行を少しでも減らすための措置を講じるよう指導するといったことがすでに始められているとのことだ。

 そのためには、信頼できるところで、比較的安価にしかも手軽に指標となる化学物質の測定ができることが大前提であり、千葉大学では、被検者が研究に協力してもらえることを前提にそうした分析サービスにも着手されているとのことだった。また、学内にケミレスタウンを構築し、未来世代のための街造りを具体的に提案している点も興味深い。

 人間に影響を及ぼす環境要因には@物理的要因(熱・放射線・圧・空間)、A生物的要因(ウィルス、細菌等)、B社会・文化的要因(ストレス、生活習慣、アルコール、栄養状態)とC化学的要因(化学物質)の4つがあるとしている。

 この中で森先生はCの化学物質をターゲットに問題解決のための提案をされているが、環境中に化学物質を排出している発生源を監視し、研究している一人として、ケミレスタウンが本当に弱者への影響の少ない街となるためには、地域の発生源をどう監視し規制・管理していくかが同時に検討されなければならないのではないか、と改めて感じた。

 大気中に排出された有害物質が呼吸器を通じて体内に入ることにより引き起こされる健康リスクは比較的軽視されがちであるが、低容量でも複合的な汚染が将来的に重大な健康被害の引き金となることが指摘されており、看過できない。先生のご講演から改めて各専門分野の横断的な議論や情報交流の必要性を強く感じた。

●鹿庭正昭氏:身近な化学製品、家庭用品等による子どもへの影響

 私たちの日常生活には多種多様な化学物質が存在しそれなしには快適な生活も営めない状況となっている。

 一般商品にはおよそ7万種類もの化学物質が使われているとの指摘もある。それらの化学物質はさまざまなルートで体内に取り込まれるが、鹿庭氏は、特に皮膚経由の暴露について長年の研究成果に基づいた報告をされ、改めて身近な製品にいかに危険が潜んでいるかを思い知らされた。

 近年、消費者が過度に「清潔」を求めるためか、「抗菌加工」製品が目立って増えている。

 しかし、それらの抗菌剤の中には皮膚経由で被害をもたらすものもあるとのことで、この分野においても、消費者への適切な情報提供、教育の重要性を思い知らされた。

 「抗菌」「芳香」などといった消費者によいイメージを与えがちな化学物質が、逆に消費者に被害をもたらすとすれば、重大な問題であり、こうした商品に用いられる化学物質の管理、規制、監督をどのように行っていけばよいのか、日本における法制度はどのようになっているのか、が気になるところである。

 話題となっている汚染米事件をみても、消費者保護の観点からは縦割り行政の弊害が目立っている。選挙を目前に、消費者目線、生活者重視が叫ばれる昨今だが、公的な試験研究機関の役割も含めて、消費者の役に立つ組織体制、法制度の確立が求められる。

●ジョン・ピーターソン・マイヤーズ氏:環境健康科学−健康改善の新たなチャンスを発掘(Environmental Health Science-Discovering new opportunitiesto improve human health)

 
私は、マイヤーズ氏が2005年に来日され、日本環境ホルモン学会が主催した講演会で、「奪われし未来」出版10周年を記念して、と題した講演を拝聴する機会を得た。

 そのときの概要は、独立系メディアに

「奪われし未来」発刊から10年、環境ホルモン問題を問い直す〜 John Peterson Myers 博士の講演を聴いて〜
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/ikeda-col0086.html 

に掲載している。それから早3年、今回は、その後のビスフェノールAについて最先端の研究成果やそれをめぐる世界の動向などを紹介され、大変興味深い内容であった。

 グローバル化が進む現代社会においていは、ますます未知の化学物質のリスクが高まっている。一方で、低濃度暴露による健康影響については、既存の毒性学、疫学、医学等の延長線上では過小評価となり、規制も不十分な状況が続いている。

 しかし、視点を変えれば、最近の環境ホルモン物質に関する新たな研究成果から、人類は大きな発見をし、それは、未来の世代にとって革命的なことが進行していることに他ならない、という氏の指摘は今後の科学の発展に希望を抱かせるものであり、勇気づけられるものでもあった。

 ビスフェノールA(BPA)については、人体への影響はないとして日本でも一旦環境ホルモン物質のリストから除外されたが、今回の講演では、最新のBPAの暴露に関する研究から低濃度の暴露が前立腺癌や糖尿病などさまざまな疾患を引き起こすことが紹介され、また、複合汚染の重要性についても指摘された。

 予防医学の観点からそれぞれの研究成果をどのように評価し、製品への使用や環境中の濃度、体内の暴露量への規制に結びつけていくかの難しさを改めて感じさせられた。基礎的な研究を具体的な政策や対策に結びつけていく上では、それぞれの研究について、どのような主体がどこからの資金によって何を目的に研究しているのか、をしっかり見極めることが重要になるということだ。

 国内を見てみると、平成20年7月に、厚生労働省は、食品安全委員会への食品健康影響評価の依頼を行い、改めて、ビスフェノールAがヒトの健康に与える影響について、評価を行うこととした。科学的な研究成果、最新の知見が政策に遅滞なく反映されるための仕組み作りが求められる時代であると改めて感じる。

●スーザン・コンフォート氏:Environmental Working Groupの歴史と活動

 米国を代表するNGOのひとつEWGの財務担当副代表であるスーザンさんからはEWGの組織、財政、活動についての紹介とともに、化学物質に関する主要な取り組みを3例報告していただいた。そのうちの2例は、住友3Mやデュポンなど大企業を相手に情報の隠蔽や化学物質の危険性を認めさせるという画期的なものである。

 正職員33名、予算規模年間5億円以上という日本ではなかなか考えられない規模のシンクタンク型NGOである。多様な専門家をかかえ、独自の調査を行いながらメディアを動かし、政治家を動かし、政策を提言し具体化していくパワーには驚かされた。連邦政府に影響を及ぼすことはもちろんだが、カリフォルニア州政府の環境政策、化学物質政策に影響を及ぼすため、サクラメントでの広報活動にも力を入れている。

 同時に、一般の消費者や市民のためにも多様なメデイアを利用して情報を提供している。化学物質から身を守るための買い物ガイドもその一つである。

 EWGにとって、最も重要なことは、独立性の維持であるという。運営資金は民間財団からの助成と個人からの寄付が中心となっているが、政府への批判、政策提言を行うという立場から、政府からの支援は一切受けていない。

 アメリカのメジャーな新聞社や通信社が、EWGについて、「影響力のあるグループ」「多様な専門家を擁する環境ドリームチーム」「創立以来環境政策と土地利用の監視役として尊敬を集めてきた」などと高く評価しているが、その背景には、メディアが記事として取り上げるに足る独自の調査解析に基づく情報があるからに他ならない。

 N.チョムスキー博士(下のリンク論考参照)が指摘されるようにとかく大マスコミは企業や広告主に左右されがちであるが、そうしたなかでメディアを有効に活用できる「力」を持ち続けることは大変なことである。年間5億円以上の資金を獲得を担当する財政担当スーザンさんだが、話しぶりはとてもソフトで魅力的だった。

◆青山貞一:未来への提言、思想家 ノーム・チョムスキー
      真の民主主義を育てる(概要紹介)
 http://eritokyo.jp/independent/aoyama-col1211.htm


 EWGの基本的な姿勢や取り組みは、独立系シンクタンクとしてNGO活動を展開するERI(環境総合研究所)の活動と重複するところもあり、大いに勇気づけられた講演だった。

 最後に、今回のシンポジウムを企画・主催された国民会議の皆様に改めてお礼を申し上げます。大変お疲れ様でございました。