ツキノワグマが危ないA 〜法制度面からの課題〜 池田こみち 掲載日:2007年4月3日 無断転載禁 |
絶滅の危機に瀕する動植物はレッドデータブックに登録されている。ツキノワグマはどうだろうか。 環境省が作成したレッドデータブック哺乳類版を見ると、次のようにツキノワグマは各地域ごとに区分され、LP:Threatened Local Population(絶滅のおそれのある地域個体群)となっている。 このうち、紀伊半島に含まれる和歌山、三重の両県では、ここ数年目撃・捕獲の実績が無く絶滅が危惧されている。また、先に述べたように、四国・九州でも同様の状況となっている。 Asiatic Black Bear source:Wikimedia Rupert Source:Bear Necessities Catalogue 一方で、下北半島(青森県)では、18年度(2月末現在)336頭が捕獲されすべて捕殺されている。 また、中国地域(鳥取・島根・岡山・広島・山口)については、岡山ではこの3年目撃・捕獲はいずれもゼロだが、他の4県で合計217頭が捕獲され、そのうち204頭が捕殺されている。LPという分類であるにもかかわらずだ。 ・ツキノワグマ(紀伊半島のツキノワグマ) −−−−LP ・ツキノワグマ(九州地方のツキノワグマ) −−−−LP ・ツキノワグマ(四国山地のツキノワグマ) −−−−LP ・ツキノワグマ(下北半島のツキノワグマ) −−−−LP ・ツキノワグマ(西中国地域のツキノワグマ)−−−−LP ・ツキノワグマ(東中国地域のツキノワグマ)−−−−LP 地球規模で見ると、IUCN(International Union for the Conservation of Nature and Natural Resources:スイスに本拠を置く自然保護団体)では、絶滅危惧U類(VU:Vulnerable)に分類されており、「危機的:Critical(CR)」、「危機に瀕している:Endangered(EN)」とまではいかないが、「絶滅のおそれがある種(Threatened Spacies)」であることは間違いない。 参考:レッドデータブックカテゴリー(環境省,1997) http://www.biodic.go.jp/rdb/rdb_f.html それでは、日本においてこうした野生動植物の保護はどのような法体系の下で行われているのかをこの機会に整理してみたい。 我が国では、次の4つの法律により野生動物の保護管理が進められている。 @絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法) A鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護法) B特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法) C遺伝子組み換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律 (カルタヘナ法) 上記の内、ツキノワグマの保護はAの鳥獣保護法のもとで取り組みが進められている。 まず、この法律の目的は「保護」でなく「保護管理」であることが諸外国の野生動物保護の法律と異なる点であるとの指摘がこれまでに何度もあった。 つまり、「狩猟の適正化」というものが抱き合わせになっているため、狩猟によって捕獲できる鳥獣を「狩猟鳥獣」として定め、「鳥獣保護区」を指定して管理し、生息数が著しく増加して農林水産業被害や生態系の攪乱を生じさせている野生鳥獣、あるいは生息数が著しく減少している野生鳥獣については、科学的・計画的な「保護管理」を行う必要があるとのことから「特定鳥獣保護管理計画」を自治体ごとに策定させ、担い手の育成などの取り組みを進める法律なのである。 「保護管理」と言いながら、結局は「有害鳥獣」として認められれば管理の名の下に殺処分する「狩猟による捕殺」が認められ、「保護」よりも「管理」のウェイトが大きいことが課題として指摘できる。 私自身、長野県環境審議会委員として、この計画の策定や改訂についての諮問を受け、答申のための議論になんどか関与したが、「保護管理計画」といいながら、その内容はいかに個体数を減らすか(個体数管理)が中心テーマであった。 まさにそれが「狩猟の適正化」ということなのだろうが、毎回、釈然としない思いが残った。実際問題、免許を持つハンター(猟師)の数は年々減少し、「適正」な狩猟がおこなわれず、狩猟によってかえって動物を拡散させ、本来の生息区域外にまで広げてしまうことも多いと聞く。 ちなみに、ツキノワグマの場合、多くの自治体で都道府県の許可が必要な動物に指定されており、都道府県ごとに「特定鳥獣保護管理計画−ツキノワグマ版」を策定し、それに準じた保護管理をすることになる。 保護管理の中身は、法律に準じて@個体数管理、A生息環境管理、B被害防除対策等、の3つである。 そして、農林漁業に被害があった場合や人的被害・生活環境の汚染等が生じた場合には、同法第9条の規定に基づき、有害鳥獣として捕獲を許可することとなる。 各自治体(市町村を含む)においては、許可の範囲、種類に応じて、○○県(又は市町村)有害鳥獣捕獲許可事務処理要領などを策定し業務を遂行しているが、実務は、環境部局ではなく、林務部など森林や農地を管理する部署が所管している場合も多々ある。 長野県では、ツキノワグマについては、保護する必要があるとして、基本的に、狩猟の自粛を呼びかけ、捕獲する数は、年間150頭を超えないよう定めてきたが、18年度には556頭も捕殺したのである。 ここまでくると、やはりこの法律(鳥獣保護法)では、本来の意味での野生動物の保護はできないのではないか、と思わざるを得ない。日本全体や地球規模からみた野生動物の保護という視点より、地域の産業や人間の生活にウェイトが置かれているため、安易な捕殺が行われているのではないかという批判は免れない。 もちろん、各自治体では審議会に専門委員会を設け、各地域の特性に応じた検討を行ってはいるが、やはり被害を訴える住民や事業者が多ければ、「法に準じて個体数管理のために狩猟の適正化を図る」ことが正当化されていく。 −−−(参考) 現在、同法のもとでは、有害鳥獣駆除には都道府県知事又は環境大臣の許可を必要とする。そして、有害鳥獣駆除は、目的別に対処駆除と予察駆除に区分されている。対処駆除とは、被害が起きた場合に、被害の実態や捕獲内容の適正を申請に基づき審査して許可を出す一般的な駆除である。予察駆除とは、常時駆除を行い、生息数を低下させる必要があるほど強い害性が認められ、被害のおそれのある場合に、事前に計画をたてて一定数捕獲する駆除である。 −−− 平成18年度は、いろいろな意味で異常だったことは間違いないようだが、だからといって生息数の半分や三分の一の捕殺が見過ごされて良いとは思わない。 この機会に、「クマが出たときの対応マニュアル」ではなく、いかに日本に生息するクマを保護していくのか、より体系的な法整備が必要なのではないだろうか。もちろん被害の防除、対策は必要かつ重要であることは言を待たないが。 最後に、クマ対策グッズなどを販売しているアウトバックという会社のサイトから貴重な意見を紹介したい。 北米ではWildlife Fish and Parks(野生動物保護管理局)といったような、 野生鳥獣や魚類の保護管理・被害対策・調査研究等を行う行政機関がきちんと整備されています。そして、人を襲ったり死亡させたクマは、現場で採集した毛や糞などから、DNAを調べて加害グマを科学的に特定し、必要だと野生動物保護管理局のクマの専門家が判断した場合には、野生動物保護管理局の専門家や、狩猟官といった行政の職員がクマを捕殺(コントロール・キル)します。 出典:有害鳥獣駆除について考察1(http://outback.cup.com/bear.knowledge.html#) 有害鳥獣駆除について 日本の鳥獣保護法も本来の野生鳥獣保護と産業の保護、生活環境の保全を切り分けて、どのような場合に捕獲(捕殺)、狩猟が認められ、どのように行われなければならないのか、についてより綿密なルールの確立が不可欠ではないだろうか。もちろん、そのための人材育成や幅広い観点からの環境教育、地域での教育も必要である。 18年度の異常出現を背景に、クマの捕獲許認可権を都道府県から市町村に移行しようとする動きが見られるが、そうなると益々クマの捕殺が進むのではないかと危惧される。 住民に近い市町村行政で、産業界や地元住民からの訴えに適切に対応し、動物の保護と産業の保護をバランスさせることは難しいのではないだろうか。学術的な情報や技術的・財政的な支援が必ず必要となるからである。 東京にもクマが生息している。クマが生息している地域にあっては、子供の頃からクマとの共生について学び、暮らす知恵を身につけるような教育も不可欠だろう。この機会に日本の鳥獣保護法の抜本的な改正に向けた国民的な合意形成が必要ではないだろうか。行政に任せずに、立法府の役割も大きい。 環境省では、平成17年6月に「ツキノワグマの大量出没に関する調査報告書」を公表し、大量出没の背景や今後の対策の方向などを示していたが、こうした調査の成果はあまり生かされていない。国としての普及啓発の在り方にも大いに問題がありそうだ。 絶滅危惧種や種の多様性を守るための種の保存法では、ツキノワグマは国際希少野生動植物に指定されているのに、国内では同じものが年に5000頭殺されているというのはどう考えても矛盾に満ちている。 −−− 科: クマ科 Ursidae 属: Ursus/td または Selenarctos/td 種: thibetanus 和名:ツキノワグマ 英名:Asiatic Black Bear <絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律施行令> (平成五年二月十日政令第十七号)最終改正:平成一七年一月六日政令第四号 第一条 第二項 2 法第四条第四項 の国際希少野生動植物種は、別表第二に掲げる種とする 別表第二 国際希少野生動植物種(第一条、第二条、第四条関係) 表二 くま科 ウルスス・ティベタヌス (異名セレナルクトス・ティベタヌス。アジアクロクマ) |