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ダイオキシンに関する日本ではじめての法律である「ダイオキシン類対策特別措置法」が施行される直前の1999年に始まった、松葉による大気中ダイオキシン類の測定・監視活動は今年で12年目を迎える。 開始当初は所沢市周辺の産廃焼却炉集中地域のダイオキシン汚染問題を背景に、全国で市民による監視活動が大きな盛り上がりを見せたが、その後も地道な市民による環境監視活動は継続され、現在に至っている。 東京23区では、長年、焼却不適物として分別され埋め立てられてきたプラスチックごみを、東京湾の埋立処分場の延命とコストの削減を理由に、平成20年度から全面的に焼却ごみとすることに方針転換し、区民の間に不安が広がった。 その背後にあるねらいは、清掃一部事務組合の組織延命、過剰焼却設備の継続的な稼働ではないかとも見られている。 この大方針転換を受け、区内の生協と市民グループが再び、廃プラ混合焼却に伴って大気中のダイオキシン濃度がどのように変化するか、松葉を使って調査することとなった。 対象エリアは23区南部である。東側から順番に江戸川区・江東区・大田区・品川区・世田谷区・目黒区の6区が対象となった。その他に、世田谷清掃工場周辺地域、大田清掃工場近傍、新江東清掃工場周辺地域の調査も行われた。 この調査では、ダイオキシン類(PCDDとPCDF)の測定だけでなく、EUでは既に規制されている排ガス中の金属類についてもクロマツの針葉を生物指標として測定した。 それによって、人口過密地域に林立する大規模な焼却炉の煙突から吐き出される排ガスに含まれる有害物質に対して区民が改めて関心を持つようになることも期待された。 結果の詳細は、調査を実施した「23区南生活クラブ生協」のホームページ「プラスチック焼却」のコーナーに松葉ダイオキシン調査として掲載されているので関心のある方はご覧頂きたい。 http://homepage2.nifty.com/23ku-minami/machizukuri/kankyo/plastic.html さて、12月10日(金)の午後、今回の松葉調査で最も濃度の高かった江東区 において、結果の報告と関連の基調講演が行われたのでその概要を報告したい。 <プログラム> ◆基調講演:未来世代のために〜環境ホルモンと子どもの健康 森千里先生 (千葉大学大学院 医学研究院 環境生命医学 教授) ◆調査報告:松葉による廃プラ焼却前後のダイオキシン類濃度と重金属類調査の結果について 池田こみち(環境総合研究所) ◆区議報告:江東区のごみ処理の現状について 薗部典子さん(区議会議員・江東・生活者ネットワーク) 【基調講演のエッセンス】 森千里先生 (千葉大学大学院 森先生は、環境省が今年から15年計画でスタートさせた「子どもの健康と環境に関する全国調査(通称:エコチル調査)」に関与されていることに言及され、21世紀型の予防医学のためには健康の要因の一つである外因、すなわち環境をどう改善していくかが重要であり、そのためには、医学だけでなく、工学的・社会的アプローチも不可欠であること、また、大人中心の予防医学ではなく、最も影響を受けやすい胎児(子ども)の健康をまもるための対策が不可欠であり、「胎児を基準とした予防医学」が重要であると指摘された。 こどもの健康が悪化しているグラフ 出典:子どもの健康と環境に関する全国調査、環境省パンフレットより http://www.env.go.jp/chemi/ceh/connection/data/pamphlet.pdf 特に、臍帯に含まれる化学物質の分析調査から、濃度の差はあれ、すべての臍帯にPCBやダイオキシン類など主要な化学物質が含まれていることが判明し、もはや胎盤が化学物質から胎児を守れない実態が明らかであるとのお話があり、参加者は改めて現代社会の化学物質汚染の深刻さを思い知らされた。 胎児期に受けた影響が出生後はもとより、さらには成人後の疾患の原因となっている可能性があり、さらに、その影響は次世代へと引き継がれる可能性も指摘されているという(胎児期プログラミングという)。 人口減少が続く日本では、ほぼ毎年100万人の子供が誕生するが、そのうちの1%に影響がでるとしても1万人の子供に不具合が生じることになり、それを防ぐことができれば非常に大きなことだ、とも指摘された。 人間は複雑で高度な生き物であり、受精して無事に生まれることが出来る確率は33〜38%(マウスでは90%)に過ぎないという。この子供たちを守るためにも胎児期のリスクを出来る限り減らす努力をしなければならないのである。 森先生の千葉大学の研究室では、民間企業と連携し、安価に体内(血中等)のPCBが測定できる機器の開発を行い、希望者に分析サービスを提供している。体内の化学物質の濃度を把握し、それを低減する対策を講じることによって、胎児への影響をできるだけ減らそうとする取り組みも進められている。健康診断と同じように手軽に化学物質濃度が測定できる体制づくりがまさに求められている時代である。 また、シックハウス症候群をターゲットに、食べ物を選んだり、住宅を選んだり、住環境をよくしていくことで化学物質の影響を低減させようという「ケミレスタウン構想」の研究も行われている。 ダイオキシンや環境ホルモンは一時期ほど関心を集めなくなっているが、着実にこうした化学物質の複合汚染は広がっており、改めて弱者である胎児や母体の健康をまもるための社会全体の取り組みが求められていることがわかった。 写真:講演中の森先生 【松葉ダイオキシン調査結果報告概要】 池田こみち 写真:講演中の池田こみち(環境総合研究所) 次に、今回の調査で特にクロマツ中のダイオキシン類濃度が高かった江東区の現状にスポットを当て、結果の概要を報告した。 図:廃プラ焼却前後の濃度マップ 図:平成21年度松葉調査濃度比較グラフ 廃プラ焼却実施前と比較すると、全体的に濃度がやや上昇しており、改善していないことがわかった。特に江東区全体では濃度が上昇しており、新江東清掃工場周辺と同レベルの濃度となった。 江東区は、23区内で廃棄物焼却炉の数が最も多く、なおかつ区の南部・臨海部に集中している。その最大のものは日量1800tのごみを焼却処理する能力を持つ新江東清掃工場であるが、それ以外にも、東京都下水道局の汚泥焼却施設、23区内の清掃工場で灰溶融施設を持たない工場からの焼却灰や飛灰を処理する中防(中央防波堤)灰溶融施設(400t/日)、さらに、粗大ごみを破砕した後の可燃物を焼却処理する日量180tの処理能力を持つ全連続燃焼式流動床炉、スーパーエコタウンの医療系廃棄物を含む産業廃棄物焼却施設などが集中している。 図:江東区内に集中する巨大発生源位置図 廃プラ焼却開始前と開始後を比較すると、濃度マップからも明らかなように、23区南部エリアでは、明らかに東高−西低となっており、なかでも江東区の汚染が際だっていることが分かる。清掃一組が測定している清掃工場周辺の大気中ダイオキシン類濃度を見ると、江東区内と江戸川区内ではほぼ3倍〜4倍、江東区の濃度が高くなっていることが分かる。 2010年のロンドンの大気中ダイオキシン類濃度は0.011pg-TEQ/m3であり、江東区の1/8〜1/10と低いレベルである。これをみても、都内の大気中ダイオキシン類濃度は決して十分に低いとは言えないことがわかる。 図:大気中ダイオキシン類濃度比較グラフ:江東区と江戸川区 図:ロンドンとの比較 金属類調査でもアンチモンのように、大田区京浜島(大田清掃工場近傍)と江東区臨海部で高濃度となっている項目がいくつか見られた。マツの気孔からこうした金属類が取り込まれ蓄積するということは、大気中にはガス状や微粒子の金属類が含まれ、私たちの体内にも呼吸を通して取り込まれることを意味している。 図:アンチモンの濃度 2010年6月〜7月にかけて23区内の4箇所の清掃工場で、排ガス中に高濃度の水銀が検出され、工場の稼働停止を余儀なくされる事件が起きた。その後、原因が曖昧なままに事件は忘れられようとしている。 しかし、23区内には他の都市とは比べものにならないほど清掃工場が多く、そこで廃プラを含む廃棄物が焼却され、廃プラ焼却開始以来、焼却不適物の混入率も増加しており、そこからの影響は無視できない。少なくともEU並の厳しい監視と規制が行われなければ大気中の有害物質は今後も増え続けることが危惧される。 市民による環境監視活動の成果を行政サイドに真摯に受け止めて欲しいものである。区民のごみは着実に減り続けている。せめて焼却炉を一つずつでも減らしていくような将来ビジョンが区民と共有できなければ、財政的にも環境的にも将 来へのツケは大きいものになることは目に見えている。 図; 23区内の発生源 会場に中村梧郎さんがいらしていることがわかり、長い間ベトナム戦争を取材さてきた経験を踏まえ、胎児への化学物質の影響の恐ろしさや昨今のマスメディアの問題点などについて、最後にコメントをいただき、集会は盛況の内に終了した。 写真:記念撮影3人で |