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地形考慮なき稚拙な
原子力規制委
拡散シミュレーションの問題点

〜環境総合研究所
Super AIR/3DDと対比して−

青山貞一・鷹取敦
環境総合研究所(東京都品川区)

掲載月日:2012年10月24日
 独立系メディア E−wave Tokyo

無断転載禁


   2012年10月24日、原子力規制委員会は全国16の原発で東京電力福島第一原子力発電所のような事故が起きた場合を想定した放射性物質の拡散予測図を公表した。公表されたシミュレーションについては、第七回原子力規制委員会の配付資料として下記に掲載されている。
第七回 原子力規制委員会
http://www.nsr.go.jp/committee/kisei/20121024.html

拡散シミュレーションの試算結果【PDF:11MB】
http://www.nsr.go.jp/committee/kisei/data/0007_05.pdf

泊原発のシミュレーション結果(原子力規制委員会資料より)


泊原発のシミュレーション結果(原子力規制委員会資料より)

■役に立たない拡散予測

 そもそも予測結果の示し方がきわめてわかりにくいことが問題である。

 一定の線量を超える範囲を緑の線で示した地図と、線量率は積算線量の数値を示さずに「影響大」「影響小」の間を紺色の濃淡で示した図のみである。

 公表された予測結果によって「騒ぎにならないように」という配慮を感じられるが、これではわかりにくいだけではなく、役にも立たない。一定の線量を超える範囲は、想定する事故の規模によって変わるから線だけで範囲を示しても意味がない。一方で数値を示さずに色の濃淡だけで示されても、線量率も積算線量も仮定できないのでやはり役に立たない。

 一般の人、自治体に関わらず、このシミュレーション結果をみて理解して納得できる人はほとんどいないだろう。


■地形が全く考慮されていない

 委員会の資料を精査すると、示し方以前にもっと大きく根本的な問題がいくつもあることがわかる。

 もっとも大きいのは、地形を考慮しないシミュレーションモデルを用いていることである。これは報道等でも指摘されているが、「地形を考慮しない」というこがどういうことなのか、理解している人は少ないだろう。
 2012年10月17日の東京新聞 朝刊の記事「放射性物質の拡散予測 全原発対象 マップ公表へ」では、地形を考慮しないことによる影響を「風や降雨の影響は考慮したものの、地形は山など起伏を省略し平たんと仮定する。このため、実際より放射性物質が広がりやすく予測される地域もあり得るという。」と書いている。

 いかにも、地形を考慮しないことにより影響が大きく見えるかのような説明だが実際には逆で、平坦地形(地形を考慮しない場合)よりも地形が複雑な場合の方が周辺の地上に与える影響は格段に大きくなる。空気の流れが地形によって乱され、拡散が妨げられることにより、汚染が地上へ到達しやすくるからである。

 具体例を原発の場合で示したい。下図は環境総合研究所のSuper AIR3D/NPP(自治体、団体等にきわめて安価で提供している3次元流体シミュレーションモデルを用いたソフトウェア)により泊原発周辺への影響をシミュレーションした例である。Super AIR3D/NPPは地形を考慮した3次元流体モデルによって計算を行っている。SPEEDIと同じように差分法を用いて地形を考慮したモデルである。

北風、風速2m/sの予測結果
左が環境総合研究所モデル、右が原子力規制と同じモデル
環境総合研究所 Super AIR3D/NPPによる(禁無断転載)

北北西風、風速2m/sの予測結果
左が環境総合研究所モデル、右が原子力規制と同じモデル
環境総合研究所 Super AIR3D/NPPによる(禁無断転載)

 左図がSuper AIR3D/NPPにより地形を考慮した計算結果、右図が原子力規制委員会と同じ正規プルームモデル(ガウシアンプルームモデル)を用いた計算結果である。排出強度(放射性物質の排出量)、気象条件は同一で、地形の考慮の有無のみが異なる。(ただし次に示すように原子力規制委員会のモデルは同じプルームモデルでもさらに低い結果が出るような計算されている。)

 地形を考慮した場合(3次元流体モデル)には、谷間に沿って放射性物質が流れ、地表への影響がより高くなっていることが分かる。一方、プルームモデルによる地形とは無関係に流れ、地上への影響も小さくなている。

 国内の原発はすべて海に面しているが、ほとんどの原発の陸側は地形が複雑である。原発は人口密度が低いところに建設されるからである。広い平野があれば都市ができるから、必然的に原発周辺の地形が平坦ということはありえない。
       
■平均化によって極度に過小評価した予測結果

 そもそも予測モデルで地形を考慮しないプルームモデルを用いているので、プルームモデルを前提に細かい議論をしても意味はないが、プルームモデルの中でもより濃度が低くなるような計算方法を使っていることも問題である。

 技術的な説明は省くが、上記で紹介したプルームモデルによる予測結果の図(右図)をみると、風が流れる方向の中心線に近いほど濃度が高いことが分かる。しかし原子力規制委員会のモデルでは、これを平均化する計算方法、原発からの距離が同じであれば濃度が同じになるような計算方法を用いているのである。平均化することでより濃度はより低くなってしまう。

 この理由として別資料に「緊急時防護措置を準備する区域(UPZ)の距離を見るには、中心線線量は保守的すぎるため、方位内のゆらぎを考慮した、セクター平均線量とした。」とある。この説明はそもそも誤りで、上記に示した中心線の濃度が高い計算方法はすでに(1時間平均濃度として)ゆらぎを考慮したものである。原子力規制委員会の方法は、環境アセスメントでいえば年平均濃度を計算するための方法である。原発事故時に年平均のような長期にわたって放射性物質が同程度の量排出されつづけると想定するのは非現実的である。単に予測結果を理由無く薄めることにしかならない。


■気象条件の出現頻度考慮で薄められた予測結果

 原子力規制委員会の予測結果をみると、原発からの方位によって影響が大きく違うことが分かる。同じ気象条件で地形が平坦であれば影響も同じになるはずなのにどうしてこのような違いが生じるのだろうか。それは1年間の気象データを使って出現頻度(1年間でその気象条件が実際に観測された時間の割合)を考慮しているからである。

 1年間の1時間毎の実際の気象データ(24時間×365日=8760時間)を全て使って方位別に線量を求め、小さい方から累積した場合の97%目によって図を作成している。簡単にいえば濃度の高い方から3%分(日数にして約10日分)は無視しているということである。さらに気象の出現頻度が3%未満は対象外となっている。出現頻度が低い方向は濃度も低くなっている。いわば年間を通じて放出される放射性物質による影響のうち影響の大きい日から約10日分を除いて計算しているようなものである。

 実際に事故時には、出現頻度が少ない気象条件でも、一旦発生すれば出現頻度に関わらずその風下方向に影響が生じる。短期的に生じる影響の大きさは年間の出現頻度とは無関係である。

 このように出現頻度を考慮することで、みかけ上の影響を小さくしてしまっているのが、原子力規制委員会の方法である。資料の目的には「防災対策を重点的に充実するべき地域の決定の参考とすべき情報を得るため」とあり、重点をおく地域を決めるのだから、発生確率を考慮するのが当然だ、という趣旨かもしれないが、東京電力福島第一原子力発電所の事故の場合でも、北風から南風まで事故時に大きく風向が変化している。年間の出現頻度を考慮して対策を軽減されては周辺地域はたまらない。


  約10日分を除いて計算しているようなものである、と上記で指摘したところ、本稿を読んだ方からご指摘をいただき、規制委員会の資料を精査したところ、問題としてもっと大きいことが分かった。

 環境の分野で98%値といえば二酸化窒素の年間の環境基準の考え方である。大気汚染の濃度の1日平均値を1年分、低い方から順番に並べて98%の値が環境基準値を超えるかどうかで判断する。高い方からいえば7日目の値であり、最も高い日の濃度ではない、というものである。気象条件などにより極端に高い日を除いて評価する、というのがその趣旨である。

 規制委員会の評価では「97%」という表現が使われているため、二酸化窒素と同様に「極端に高い値」を除く趣旨だと筆者は理解していた(これ自体問題がある)。しかし説明を精査したところ除かれていたのは「極端に高い値」ではなく、平均で上から約半分を除いたものであった。

 規制委員会の方法はこうである。16風向それぞれの結果を低い方から並べる。この時全体のデータが24時間×365日=8760時間分あるものとし(不足分は0で埋める)、下から97%目の値を採用するのである。

 1風向あたりの平均データ数は8760÷16=547.5時間である。8760時間の低い方から97%は8497.2時間、残りは262.8時間である。平均547.5時間から262.8時間であるから、平均して高い方から半分のデータは取り除かれてしまう。

 つまり「極端に高い値」を除くのではなく、約半分のデータを除いてしまうのである。風向の出現頻度が547.5時間未満の風向は半分以上のデータが取り除かれてしまう。そして1年間の出現時間数が262.8時間に満たない風向は濃度0として扱うと規制委員会の資料にも説明されているとおりである。

 風向によっては平均よりもさらに低い濃度を使って引かれたのがあの「線」なのである。くりかえしになるが、事故が発生した時には年間出現頻度に関係なくその時の気象条件で放射性物質は拡散する。そういう点からもあの線にはなんら意味はなく、一喜一憂する価値すらない。




■まったく国民のニーズに応えられない
  その場しのぎにすぎない


 以上に指摘したように、地形を考慮しない、風向きの中心で濃度が高いのを平均化によって薄めている、気象の出現頻度でさらに薄めている、のが原子力規制委員会が公表した予測結果である。前提条件だけみると東京電力福島第一原発の事故の規模に準じたようにみえるが、実際には大幅に過小評価となっているだけでなく、現実とはほとんど関係ない結果となっているのである。

 SPEEDIではまがりなりにも地形を考慮したシミュレーションを行い、短期的な影響を示しておきながら、全国の原発の影響を示すことで自治体が事故に備えるためのシミュレーションでは、影響を小さくみせるための方法を幾重にも採用し、その結果示されているものがきわめてわかりにくい2種類の図のみである。

 およそ自治体の事故対応をまじめに考えてるとは思えないのが今回のシミュレーションである。規制委員会の委員が自らこのようなシミュレーションを行うとは思えないので、外郭団体やコンサルタントに委託した実施したのであろうが、このようなものにいったいくら税金を投じたのであろうか。

         これが地形を全面的に考慮した
    環境総合研究所の
3次元流体シミュレーション
       関西電力大飯原発事故時の例
           (広域、北風系



シミュレーション対象地域の地形(平面)
出典:青山貞一、鷹取敦、環境総合研究所(東京都品川区)


シミュレーション対象地域の地形(立体、ただし鉛直方向拡大)
出典:青山貞一、鷹取敦、環境総合研究所(東京都品川区)


ミュレーション対象地域の地形(立体、ただし鉛直方向拡大)
出典:青山貞一、鷹取敦、環境総合研究所(東京都品川区)

 本シミュレーションで使用した地形データは、国土地理院の標高数値データを環境総合研究所のスプライン補間システム(SuperSpline)により数値計算のメッシュデータに合わせ補間しています。

      
大飯原発事故時の北(N)風、2m/sのシミュレーション
出典:青山貞一、鷹取敦、環境総合研究所(東京都品川区)
転載禁
環境総合研究所SuperAir3D/NPP 原発事故時シミュレーション・システム

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◆青山貞一:早大(理工+政経)講義 「原発事故とその影響」@ 
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