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「杉並病」を風化させないために
〜研究者らによる調査を巡る議論〜
その2

青山貞一
環境総合研究所長
武藏工業大学環境情報学部教授

2007年12月24日



 2007年12月22日(土)、杉並中継所周辺で現地調査、実査を終えたあと、杉並区井草区民センター2階5号室で被害者、弁護士、支援科学者、環境研究者、医者、住民、NPOなどで会合をもった。


現地調査終了後、杉並区の井草区民センターで会議を開催

 まず、環境総合研究所が調査研究を行うこととなった経緯を青山が説明した後、全員が自己紹介を行ったした。自己紹介でわかったことは、「杉並病」の被害者はもとより、係わった研究者、科学者、医者ら全員が、怒りをもっていることであった。また疲れ切っていることであった。怒りの矛先は、いうまでもなく東京都など行政機関である。全員で約2時間議論した。

 以下は各参加者の自己紹介

Aさん(研究者、科学者):つくばにある国(現在、独立行政法人)の研究所にいた。同僚が杉並中継所の近くに住んでいて発症。それ以来、被害者を支援してきた研究者がいた。8年前に支援科学者のグループを作ったが、なかなか思うにまかせずここまできた。空気汚染について調べてきた。

Bさん(大学教員):大学で物理学を教えている。中継所の南側1キロぐらいのところに住んでいる杉並区民だが、平成12年に公害調停の報告書をみて「杉並病」の実態を知った。

Cさん(大学教員):大学の授業で毎年、「杉並病」について講義している。リスク管理が専門だが、影響が出ていることが明らかにもかかわらず原因物質が分からない問題として杉並病は重要と考えている。

Dさん(医師):中継所がある地元で内科医をしている。公害調停は「杉並病」の実態を見ていない。心身症などと言われたが、起こっていることから考えてそのような症状が出るのはあたりまえであって説明になっていない。東京都は今でも硫化水素説に立っているが、硫化水素の問題が起こっていたとしても、それが慢性化するはずはない。東京都は8月で調査をやめてしまっている。そこでは問題が無かったと結論づけるための調査しか行われていないと思う。

Eさん(環境NPO):最初に現場に行って大気を測った。シアンが検出されたがマスコミは取り上げなかった。シアンが原因と指摘してきたにもかかわらず、行政は心因説をとってきた。ずっと追求してきてようやく行政のデータにも出てその中から証拠をつかんできた。

Fさん(研究者、科学者):Aさんに2001年に「杉並病」問題に引きずり込まれた。退職していて時間があったこともあり関わってきた。5年くらいかかったが、問題の所在がだいたい分かってきたので報告会を行った。それで関わりをやめようと思ったが、今回の判決をみて憤りを感じてやる気が出た。

Gさん(弁護士):東京地裁の一審判決は杉並病への理解が全く無いと思う。排気塔や排気口からの有害物質がでるが、希釈、拡散するので住宅地に到達するわけがないと判決で言われている。化学物質過敏症は心因性つまり思いこみと言われている。

Hさん(弁護士):日弁連の公害環境委員会の所属したのが関わりの切っ掛け。一審判決には裁判の過程で釈明もなかったGさんが言われた「拡散」が書かれていた。

Iさん(化学工場の会社員):化学工場で労働者の衛生管理をしてきた。そこで起きていた症状は「杉並病」と似ている。杉並病は報道で知り、5〜6年前の公害討論会にEさんと一緒に参加した。そこで聞いた症状は化学工場の労働者の症状と似ていた。廃プラの中継所はまさに化学工場そのものだと思っている。

Jさん(科学者):理論物理学が専門。杉並区の環境審議会の会長をしていた。Aさんに言われて審議会で取り上げたものの、まともに次の議論にならない。1997年7月から4年間。会長としての責任を感じ関わり続けてきた。東京都と杉並区の報告書を精読し、その矛盾や問題点を整理していることが強みと考えている。

Kさん(弁護士):公調委の時も担当。弁護団を構成するのに時間がかかってしまい、この問題を冷やしてしまった反省がある。これまで情報が出過ぎていたので、今回の環境総合研究所の調査で整理していただきたい。

Lさん(研究者):練馬のゴミも中継所に行っているので区民としても関心がある。宮崎県でも「杉並病」が注目されており、全国からも解決が望まれている。類似施設の立地に関連して相談を受けることも多く汚染の実態を明らかにして行ければと思う。

Mさん(研究者):大気拡散シミュレーションの専門家。調査を通じて分かりやすく問題点を示していきたい。

 以下は、青山との間での質疑と議論抜粋

青山の説明:
 応用物理学的観点からみて杉並中継所問題に類する問題として厚木基地ダイオキシン問題がある。谷地形にあった産廃焼却工場の20m高の煙突から地を這うような煙の流れをコンピュータモデルを使った数値計算シミュレーションで再現した。

 米軍のヘリで煙の流れを現地で確認した。厚木では何年分も廃棄物の搬入をビデオで撮影していた。地形の影響でダウンドラフトで地を這うように大気汚染が流れていた。松葉を使ってモデルで補正した。環境濃度から排出濃度を推定するシミュレーションを行った。

 以下は、厚木基地ダイオキシンシミュレーションである。図1が汚染の平面図、図2が汚染の断面図である。汚染が地を這うように流れていることがわかる。ただし、以下は年平均濃度なので各方向の汚染が重合されている。図1の上側にひろがるのが米軍家族住宅(集合住宅)である。

図1  厚木基地3次元流体シミュレーションによる産廃焼却炉周辺の
年平均ダイオキシン濃度の推定(3次元)
出典:青山貞一、鷹取敦、梶山正三、環境濃度から排ガス濃度を高精度で推定する手法について
〜厚木米軍基地ダイオキシン汚染を事例として〜環境アセスメント学会発表論文、2002.9

図2  厚木基地3次元流体シミュレーションによる産廃焼却炉周辺の
年平均ダイオキシン濃度の推定(南北断面)
出典:青山貞一、鷹取敦、梶山正三、環境濃度から排ガス濃度を高精度で推定する手法について
〜厚木米軍基地ダイオキシン汚染を事例として〜環境アセスメント学会発表論文、2002.9

  ※厚木基地調査は以下を参照のこと。

    1)青山 貞一(環境総合研究所)、梶山 正三(弁護士)、鷹取 敦 (環境総合研究所)
    
 環境大気濃度から排ガス濃度を推定する手法の研究
    −厚木米海軍基地に隣接する産廃焼却炉を事例として−

     環境行政改革フォーラム2001年度 研究発表会予稿集 2001.12
   http://eritokyo.jp/independent/etc/prtr/atsugi1.html

   
2)青山貞一、鷹取敦、梶山正三
    
 環境濃度から排ガス濃度を高精度で推定する手法について
     
〜厚木米軍基地ダイオキシン汚染を事例として〜
     環境アセスメント学会発表論文、2002.9
 

 今回も排出濃度が分からない。しかし、杉並中継施設の排気塔及び排気口から突出する排気のいわゆる有効煙突高(He)は実排気高及び排気の温度が低いこと、さらに排気塔の上に傘があることなどから相当低いものとと推察できる。ちなみに排気塔最上部とGLとは9m以下ほどである。


地下にある中継所施設から排気される排気塔と排気口。
下の箱の丈夫が換気口。

 また施設の南側、すなわち井草駅側、住宅地側に向け順次標高が下がっている。まず、排気塔がある地点と施設南側のグランドとは約5mの高低差がある。さらにグランドから井草駅近くの住宅地との間でもおそらくかなりの高低差があると推定できる。

 これらの要因は今後、3次元流体モデルを用い数値計算を行う上で調査を行う上での重要なポイントである。


衛星画像で見た現在の杉並中継所周辺地域


上記の3次元立体図。ただし、上記は現在の杉並中継所周辺地域

 汚染物質のシミュレーションの場合、ガス状物質と粒子状物質の2種類があるが、ガス状物質の場合、汚染物質の種類を問わず移流、拡散、沈降、滞留などの現象を扱う。今回依頼された調査で、一番重要な応用物理学的な結果として、いわゆる希釈拡散倍率を示したい。

Aさん:建物に汚染がぶかる状態などをシミュレーションできるか。

青山:
 今回のシミュレーションは過渡現象ではなく定常状態を扱い再現するモデルを用いる。数値モデルは3次元流体モデル、手法は有限差分法による数値計算である。壁はもちろん、建物、ビルの影響は再現できると思う。たとえばアパートやマンションの前後の違いなどだ。森や林などの影響も可能な範囲で考慮できればと思う。粒子状物質とガス状物質区別だが、細かい粒子は基本的にはガス状物質と同様の挙動するものとして扱いたい。

Aさん:温度が下がってくるとヒラヒラが見えるという特殊な現象が報告されている。特に夕方や早朝などの湿気の多いときに見えるという。中継所では今も活性炭で取れない物質が検出されている。

青山:
 ひらひら見えるというのは相当な粒径なり大きさの粒子状物質であろう。粒子状物質(SPM、PM2.5など)をその場で測定する装置をもっているので、換気塔と周辺の濃度を測ることは出来るが、今は活性炭処理しているので分からないかもしれない。また周辺に新青梅街道、環状八号線などの幹線道路があるので、そこを走行するディーゼル車の影響が看過できないだろう・

青山&Cさん:
 今回はガス状物質中心でシミュレーションを行い、疫学的な面から、シミュレーション結果と被害者の居住地を後から照らし合わせることが重要だろう。

Aさん:中継所の周辺の住民で植物の傷み方を観察している人がいる。

青山:
 PMは新青梅街道や環状8号線を走行する自動車の影響があると思うので、本来、UF6を使ったいわゆるトレーサー実験を実験をすればよい。焼却炉については東京都がずいぶん行ってきた。ただしこのトレーサー実験は費用がかかるので、今回はできない。そのためにコンピュータモデルによるシミュレーションを行う。

 重要な気象データだが、日の出町の最終処分場のNPOには、米国製の5万円くらいの気象測定器を紹介し、ずっと風向、風速のデータを測ってきた。「杉並病」については何も測ってこなかったので1年くらい測れればよい が。被害が出た当時(平成8年)の気象データを入手し、杉並と練馬の両方を 見る必要があるだろう。

 症状が出ていた時の季節、その時の風向・風速でシミュレーションすることも重要である。

Bさん:杉並区立の科学教育センター(南に500mくらい)のところで気象を測っている。以前に大気汚染測定運動の関係で気象データを求めたところ、責任者が出てくるよう求められるなどして提供を受けられなかった。

青山:
  今回は、杉並区の審議会委員でもある青山が依頼すればその点は問題ないと思う。

Kさん:「急性・大量・高濃度」の説と、「化学物質過敏症」の説がある。大量高濃度暴露によって化学物質過敏症になった可能性もあるので矛盾はしない。

Bさん:
 都の調査でもシアン系の物質が出ている。

青山:
 Dさんが自己紹介で指摘された食べ物からより肺からの方が吸収率が高いのはダイオキシンでは分かっている(静岡医科大学の研究)。その意味でも排気塔、排気口から排出された汚染が気象と地形、建築物などを含む環境場でどう拡散するかを把握することは大切だ。

Dさん:夏場は南風で練馬側へ影響が出ていることが分かっている。

青山:
 何ヶ月か後にシミュレーションの結果をみて議論したい。おおよそいつまでに成果を出せばよいのか?

Kさん:
 どれくらい裁判所を待たせられるかは、今後、主張をどれくらい展開できるかに掛かっているが、今から最大で半年が限度だろう。最低でも方針は示したい。

青山:
 そのために一審判決の問題点について意見書を書くことは出来る。

Jさん:裁判の判決では1万2千倍に希釈されると言われた。

青山:
 それに対する反論が今回の調査の目的だと思っている。いわゆる希釈拡散倍率は、UF6などを使ったトレーサー実験以外では、風洞実験、あるいは風洞実験によって検証された3次流体モデル(コンピュータモデル)がある。いわゆるプリューム、パフモデルでは現状を再現できないばかりか、通常希釈拡散倍率が異常に大きくなることが分かっている。

Fさん:
 都の硫化水素説はあまりにばかばかしいのでこれまで反論もしてこなかったがこれは悔やまれる。今回の東京地裁での裁判官は渋谷清掃工場の事件と同じ裁判官。

Fさん:
 類似施設での影響については、新宿の中継施設は仕組みも規模も同じような施設だが、杉並の事件のあとに作られたこと、排出口が住宅側でないことから、杉並とは状況が異なる。換気は強制換気システムとなっている。

青山:
 発生源とレセプターとの関係は、同一風向、相互の位置関係では、濃度Cは排出量Qを風速Uで割った関係となる。すなわちC=Q/Uである。

 重要なことは、仮に測定分析の濃度が低くても、排出される空気量が多く継続的に排出されれば、相当な量が環境中に蓄積されることだ。そこに人が居住していれば、口→気管→肺を通じてかなりの摂取量となる可能性がある。

 今回の杉並中継所では、排気塔、排気口の実煙突高が非常に低く、換気塔のてっぺんに傘があるので、おそらく風速が低い日には、地を這うように住宅側に汚染が流れてくることが予想される。

Kさん:シミュレーションでは、平成8年(1996年)2月始めから試験稼働、4月から本格稼働で、原告は7月途中で被害のため転居しているので、2月から7月途中もしくは8月までを対象として欲しい。この間は活性炭処理される前で、各種物質の濃度データも測定されていない。

青山:
 その間の練馬、杉並等の関連する気象データを入手する必要がある。

Iさん:化学工場であるとの観点が必要、可燃性のものも?

青山:
 今回は今までお話ししてきたように「到達」について証明することが重要。

Fさん:個別の物質については言っても仕方がない。

青山:
 排気塔は屋根があり上空には上がらない、下から排出される換気塔の方が排気量は多いだろう。そうとうダウンドラフトがおこっていると思われる。

Eさん:都の主張の拡散率はものすごくちがう。

Aさん:粒子状物質の形状は球体か?

青山:
 一般的には例えば焼却由来のものは球体だろう。粒子状物質は沈降したり、付着する可能性があるが、今回のシミュレーションでは粒子状物質の形状は関係ない。ガス状物質として行いたい。結果は過小評価とはなっても過大評価にはならないだろう。

Aさん:今でも「煙のよう」と言っている。夕方や明け方に上昇したものが降りてくる。

青山:
 気象データのモデル化は、16方位別、風速別にシミュレーションしたものを組み合わせてやれるので、シミュレーションは柔軟性がある。

Kさん:平成8年頃の住宅地図を送っていなければ、送るので連絡して欲しい。

Fさん: 寝屋川でも廃プラからパレットを作っている周辺で被害が起こっている。そこに廃プラ施設が計画されており反対が起こっている。

青山:
 ある程度の中間結果が出たら、報告会を開き、皆さんにお見せし、再度議論したい。

 つづく