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冤罪を生み出す構造
(9)
中国人留学生に無罪判決

青山貞一

掲載日:2007年7月12

本文等、転載厳禁

 <本事件の詳細は今後、青山貞一が連載する予定>

 中国からの留学生が、もともと交通事故の被害者であるのに、知らぬ間に犯人隠避・教唆の容疑者として逮捕、拘留、起訴され、結果的に加害者にされていた刑事事件の裁判の判決が、2007年7月11日、午後3時30分、横浜地方裁判所の第401号法廷であった。

 犯人隠避罪とは、逃走資金を与えたりして犯人の発見を免れさせる行為。犯人をかくまう目的で身代わりの犯人を立てることなども犯人隠避罪にあたるとされている。本件では、事故を起こした運転手の身代わりをさせること。一方、教唆は、人を教唆(そそのか)して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科するとされている。また教唆者を幇助した者についても、前項と同様とするとされている。

 7月4日に開かれた公判で、検察側は論告求刑として10ヶ月の実刑を求刑、被告人弁護側は無罪を主張していた。

 開廷一番、大島隆明裁判長は「無罪」の判決を下した。裁判長は、主文朗読後、判決理由、証拠の信憑性について中国語の通訳を入れながら約1時間、丁寧に説明し、最後に検察側証人の供述や証言はことごとく信用に足らないとして、刑事事件訴訟法336条をもとに無罪を判決した。

 そして最後に、留学生に「就職活動はどうですか?」と誤認逮捕、誤認起訴なで4ヶ月弱、神奈川県警の戸部警察署に留置され、その後も容疑者として公判に7回たたされた韓君に優しく語りかけた。

 もともとこの事件は、物的証拠がほとんどなく、検察側は交通事故を起こした加害者である暴走族少年らの警察、検察における取り調べ段階における供述や裁判所への証人出廷時の証言だけを一方的に信用し、被害者である中国留学生の捜査段階の供述や本人証人として出廷した時の証言をまったく信用せず、起訴してきたことに決定的な問題がある。

 その背景には、全7回の公判を傍聴した感想として、中国人(中国からの留学生)であることへの偏見、差別が底流にあることは間違いないところである。事実、検察は冒頭陳述及び論告求刑などで、被告が中国人であることをことさら強調していた。

 改正刑事事件訴訟法による導入された公判前整理手続により警察、検察の膨大な調書が弁護士に提供されたが、その段階から加害者側の証言が相互に食い違っていた。さらに証人出廷した3人の加害者側証人(いずれも少年)相互の証言も著しく、食い違っていた。

公判前整理手続
2004年5月に成立した改正刑事訴訟法のうち、「公判前整理手続」を中心と した部分(「刑事裁判の充実・迅速化を図るための諸方策」として導入された部分)は、2005年11月1日に施行された。 「公判前整理手続」は、第1回公判期日前に「争点及び証拠の整理」を行う新た な準備手続。公判前整理手続に付された場合、手続の進行は現在と大きく異 なったものとなる。そして、この手続の適正な運用は、2009年5月まで に実施される裁判員裁判の重要な前提となる。

 もともと、偏見、差別に満ちた司法当局のきわめて杜撰な逮捕、捜査、起訴がこの事件の根底にあると思える。11日の判決理由でもこのことが明確になったといえる。

 無罪判決後、法廷では、裁判長から静粛にとたしなめられるほどの大拍手が巻き起こった。11日の判決法廷は、傍聴席が満員となったが、そのなかには第一回公判から継続的に取材してきた読売新聞記者やフリーのジャーナリスト、冤罪問題の研究者らも多数いた。

 事件の経過は以下の通り。

2006年9月19日午後9時 交通事故 

2007年1月中旬  加害者第二回目の交通事故
        
2007年1月16日 留学生逮捕 

2007年2月上旬  留学生起訴 拘留期限後も拘留

2007年4月11日 第一回公判 検察による冒頭陳述

2007年4月27日 第二回公判 2証人取り調べ

             第二回公判後、夜に留学生釈放

2007年5月17日 第三回公判 2証人取り調べ

2007年5月30日 第四回公判 2証人取り調べ

2007年6月13日 第五回公判 本人証人取り調べ

2007年7月 4日 第六回公判 検察の論告求刑、
             弁護側の最終弁論

2007年7月11日 第七回公判 判決


図  横浜市西区の事故現場


 以下は、傍聴された冤罪問題研究者、藤沢顕卯氏のコメント


青山先生

 全面無罪判決に心からお祝い申し上げるとともに、これまでの青山先生他のサポート活動に敬意を表します。

 ここ数年の刑事裁判での有罪率99.9%の中で、1/1000の確率の貴重な判決公判に立ち会うことができました。私自身は裁判傍聴は少ないですが、長年冤罪支援をやっている人でも無罪判決を初めて(傍聴で)聞いたと言ってましたので、実際大変貴重な機会だったと思います。

 留学生の受けた取調べや100日の勾留での多大なる苦痛、当初の警察発表を垂れ流したマスコミによる報道被害、裁判での心身負担、就職活動に与えた悪影響、等々を考えると簡単におめでたいとも言いがたいものを感じます。

 冤罪被害は無罪判決により原状回復がなされる訳では決してありません。不当勾留で失った多大な時間をはじめ、上記のような損害、苦痛はどんなことをしても決して補われることはありません。

 これらの問題の背景には刑事制度、司法制度の抱える根深い問題やマスコミのあり方、法律の不備など様々な問題、矛盾があります。

 社会の抱える問題は常日頃マスコミで報道されるメジャーな問題ばかりではありません。

 むしろマスコミがなかなかとりあげないような問題にこそ社会の矛盾の本質が隠されていると思います。

 議員や司法の世界を目指す方はこのような問題にも常に心を砕き、社会の本質的矛盾が解決されるよう努力していただきたいと思います。

 特に草の根の市民運動をしている団体の中にはこのような問題に命懸けで取り組んでいる人たちが少なくありませんので、それらの人たちの声に耳を傾けるべきと思います。

 冤罪については最近は一部が表面化しマスコミでもとりあげられるようになっていますが、それらはほんのごく一部、氷山の一角です。その下には驚くべき冤罪の世界の深い闇が広がっています。

 藤沢 顕卯


 以下は読売新聞及び共同通信の記事。共同の記事は、全国地方新聞に掲載されている。


身代わり運転依頼は事実証明なし、
中国人留学生に無罪判決


読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070712i401.htm


 交通事故の相手だった無免許の少年に、身代わりの運転者を立てるように唆したとして、犯人隠避教唆の罪に問われた中国人留学生で、横浜市南区、大学院生韓鋭被告(26)の判決が11日、横浜地裁であった。

 大島隆明裁判官は「身代わりを依頼した事実の証明がない」とし、無罪(求刑・懲役10月)を言い渡した。

 判決によると、韓被告は2006年9月19日、横浜市西区の市道交差点でバイクに乗っていて、一時停止を無視した少年(当時18歳)のバイクと衝突した。少年は無免許で、戸部署の事故処理の際、たまたま近くにいた男友達(同19歳)が運転していたことにした。

 友達が少年審判で身代わりを打ち明けた。戸部署は少年の供述に基づき今年1月、韓被告が無免許の相手だと保険がおりないと考え、「身代わりはいないのかと唆した」として逮捕した。大島裁判官は「事故の被害者が、見ず知らずの相手に身代わりを要求するとは考えがたい」と指摘した。

 韓被告の弁護人は「少年のウソを見抜けない捜査はずさん」と話している。

(2007年7月12日3時5分 読売新聞)



中国人留学生に無罪判決
「事実の証明ない」  事故身代わり依頼認定せず 


 交通事故の加害者の少年が無免許だったため、保険金が下りないと思い込み、少年の知人に身代わりを頼んだとして、犯人隠避教唆罪に問われた中国人留学生の男性(26)に対し、横浜地裁(大島隆明(おおしま・たかあき)裁判官)は十一日、「身代わりを依頼した事実の証明がない」として、無罪判決(求刑懲役十月)を言い渡した。

 事故は昨年九月十九日夜、横浜市西区の路上で少年=当時(18)=のミニバイクが、アルバイトで中華料理を配達していた男性のミニバイクに衝突し、男性が胸などを打撲した。

 検察側は、少年が無免許であることを知った男性が「保険金が下りない」と思い込み、少年の遊び仲間の男性=当時(19)=に身代わりを依頼し承諾させたと主張。

 弁護側は「身代わりを依頼した事実はない」として起訴事実を否認し、無罪を主張していた。 判決理由で大島裁判官は「(被告の男性が)見ず知らずの者にいきなり身代わりを要求するとは考えがたく、加害者が無免許であると保険金が出ないと信じていた証拠もない」などとして、検察側立証の柱だった少年らの法廷証言について信用性が低いと結論付けた。

 さらに「無免許で事故を起こしたことで(少年は)家裁による厳しい処分を恐れていたと推測される」として、身代わりを頼んだのはむしろ少年だったと指摘した。

 神奈川県警は一月、業務上過失傷害容疑などで少年を、犯人隠避容疑で少年の遊び仲間の男性を、犯人隠避教唆容疑で被告の男性を逮捕。少年と仲間の男性を家裁送致していた。

 被告の男性は起訴後も拘置され、逮捕から三カ月以上が経過した四月末になってようやく保釈された。

 中井国緒(なかい・くにお)横浜地検次席検事の話 判決内容を十分に検討し、上級庁と協議の上、適切に対処したい。