頓挫した巨大資源循環事業 「エコループ・プロジェクト」 規制緩和路線のなかで進む 「政」「官」「業」「報」癒着の構造 青山貞一 2006年6月22日 |
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環境庁事務次官及び神奈川県知事の要職を歴任した元高級官僚、岡崎洋氏(神奈川県在住)は、地元自治体である神奈川県で重厚長大企業、ゼネコン、産廃関連企業などと連携し、環境省、神奈川県、市町村などの行政も巻き込む巨大な廃棄物処理事業、「エコループ・プロジェクト」を2001年4月頃から構想しはじめた。 その岡崎氏は、県知事退官後、自ら会社やNPOを立ち上げ、重厚長大メーカー、環境コンサルタント、ゼネコンと連携、さらに県内の多くの市町村を巻き込み巨大廃棄物処理事業「エコループ・プロジェクト」を画策したのである。 プロジェクトの立地予定地は神奈川県の西部地区にある山北町である(下の地図も参照のこと)。
岡崎氏に率いられた「政・官・業」のゴミ事業混成軍は、計画を知った地元の環境団体などの市民団体や地域住民などの強い反対を押し切り、巨大事業の計画を実行に移そうとした。しかし、規制緩和路線の風に乗って「政・官・業・報」の連携によって強引に進めた計画は、結果として地元の地権者の反対、さらに地元自治体、山北町長の正式な立地返上の反対表明により2005年秋に、頓挫した。 ここでは、計画の概要及び中止に至る経過を報告したい。 そのなかでは、大メディアがこの重要な問題に、押し黙ったことがある。本来、無謀な計画、一民間事業に、なぜ国(環境省)、神奈川県、市町村がかくも直接間接的に関与したか、あるいは巻き込まれたのか、現地取材し報道すべきであろう。にもかかわらず、地元神奈川新聞以外、まったくと言ってよいほど、調査報道はおろか、まともな報道はなされなかったのである。 ここではその真相にも迫りたい。 <計画の概要> この「エコループ・プロジェクト」だが、ゴミ弁連会長の梶山正三弁護士が「ゴミ・マフィア」と呼称するように、県内の横浜市、川崎市など政令指定都市を除くゴミを県西部の山北町一カ所に集中・運搬させ、巨大施設で処理しようという計画である。 それは重厚長大メーカーの大型焼却炉、大型溶融炉などを多数山北町に建設し、一手にビジネス化しようという「壮大」なものであった。 以下にその規模、すなわち1日のゴミの計画処理量を示す。 通常の基礎自治体では一日の処理量が数10トンである。東京、横浜のような世界に冠たる巨大都市でもひとつの清掃工場の一日の最大処理量は、500トン程度であるから、本事業の最終規模である5,500トン/日がいかに巨大なものであるかが分かる。 出典:エコループプロジェクト事業計画概要 このプロジェクトが元高級官僚と民間事業者ら政官業によって構想された背景には、廃棄物事業への民間参入を容易とする規制緩和路線があり、事実、廃棄物処理法は基本的にその路線に沿って幾たびか改正されてきた。 さらに、市町村にそのための中間保管施設を建設させ、基礎自治体をエコループプロジェクトで立ち上げた会社の事実上の「下請け機関」とさせようという目論みもあったと思われる。この点はきわめて重要である。 本エコループ・プロジェクトの詳細、元高級官僚と国、自治体、業界などとの関係は、以下のゴミ弁連の関連資料(PDF)をご覧頂きたい。 |
<規制緩和路線のなかで政官業癒着による 巨大プロジェクトの推進> 上記の膨大な資料をお読みいただければすぐに分かるように、元高級官僚、岡崎氏らは、株式会社エコループセンター、 特定非営利活動法人環境テクノロジーセンターといった組織を次々に立ち上げた。 それらの組織を核として一方でゼネコン、重厚長大企業、コンサルタントと連携、さらに、環境省、神奈川県、県内市町村などの行政機関に元事務次官、元知事の名を生かし、同プロジェクトへの参加、支援を要請するなど、政官業あげての一大ゴミ事業を立ち上げようと目論んだのである。 同事業の報告会では、何と神奈川県の松沢成文知事、神奈川県議会議長の新堀典彦氏、環境省廃棄物リサイクル対策部の南川秀樹部長、国立環境研究所理事長らが来賓として挨拶している。 さらに出席者名簿を見ると、主要な政官業の面々(260名)が参加している。リストをみれば元高級官僚の人脈がよく分かる。 形式的には一民間のプロジェクトに、かくも多くの行政関係者が列席していることにも驚かされる。規制緩和のなかで、まさに儲かる産廃、ゴミ事業に群がる企業、産業の動向が読みとれるだけでなく、その背後に国、地方あげて行政が間接的に関与しているさまも読みとれるのである。 そもそも、廃棄物処理法では、廃棄物処理業及び廃棄物処理施設(5トン/日以上の施設)について、都道府県(政令指定都市)が民間事業者に対し許認可をすることとなっている。廃棄物処理業には収集・運搬と処理の2種類がある。 本件では、将来許可を受ける側と許可をする側が一堂に会し、祝賀会をしているようなものである。官民癒着と言われても申し開きができないのではないか。 廃棄物処理施設は一日の処理量が5トンを超える場合、許認可、未満の場合、届け出とされているが、本プロジェクトでは、最終的な処理量は一日、5500トンと途方もない値となっていることからも、許可を受ける側と許可を出す側が一緒になって、事業報告会で挨拶をしている場合ではない。 元知事がしていること、元環境事務次官がしていることだから、また皆で渡れば怖くないと言うことだとすれば、とんでもないことである。 筆者(青山)自身、2004年4月から2005年5月まで特別職、非常勤で長野県の環境行政に直接関与してきたが、民間の巨大廃棄物処理事業(営利事業)の構想や計画段階で、知事はじめ行政関係者が上記のような対応をすることは100%ありえない。 いずれにしても、形式的には一民間企業の事業にかくも国、自治体や議員が出席しているのか、きわめて不可思議であり、誤解を受ける等という甘いものではないだろう。 さらに不可思議なのは、マスメディアがこのような背景、経緯、実態を取材し記事として公表すべきであるが、地元新聞の小さな記事はあっても、その種の記事はまったくなかったのである。 ◆株式会社エコループセンター事業報告会出席者名簿 <想定される巨大事業がもたらすリスク> 地元基礎自治体や住民の意向をまったく無視し、唐突に構想、計画された内容は、専門的に見ても無謀なものばかりであり、地方自治の原点にさかのぼってもおかしなものばかりであったといえる。 事業の対象地域。神奈川県西部全域が対象となっている。 出典:エコループプロジェクト事業概要より 上の地図を見てもらえば分かるように、この事業では、横浜市と川崎市をのぞ神奈川県中西部地域全域の廃棄物が処理の対象地域となっている。 日量5500トンに及ぶ巨大なゴミをほぼ一カ所で焼却、溶融処理すること自体、利権問題を別にしても当該施設の周辺の住民、環境への影響は看過できないものとなるだろう。 多数の焼却炉、溶融炉を一地域に立地、建設する計画は、各種の有害化学物質汚染など、環境問題、健康問題、自然環境破壊などを憂慮するひとびとから激しい批判を受けることになった。 <押し黙る巨大メディア> さらに、この計画は、ゼネコン、重厚長大企業、コンサルタントなどの利益を反映したものと思われ、地域での住民運動のみならず、次第に全国規模の反対運動を誘発することとなったのである。 神奈川県のみならず最終的に全国規模の大きな問題となったこの計画とそれへの急速な反対運動の盛り上がりだったが、メディアの対応はまったく鈍く、地元の神奈川新聞に小さく掲載される程度であった。 本来、元環境事務次官、元神奈川県知事が計画した巨大事業であれば、当然のこととして、新聞はじめメディアはその全容を報道すべきであり、識者らのコメントを掲載すべきである。にもかかわらず、信じられないことだが、地元の神奈川新聞に何回か記事がでたものの、それ以外のメディアには全くと言ってよい程、掲載されることはなかったのである。
地元での議員らのエコループ事業への賛成、反対等の動向は、たとえば、地元のタウンニュースで、エコループ問題に町が二分〜巨大な廃棄物処理施設構想に揺れる山北町〜などとして若干ではあるが報道されている。 しかし、地元以外の一般紙、テレビ等で報道されることは皆無に近かった。 <環境弁護士らの対応> ところで、この巨大ゴミ事業の計画が、約100名の弁護士らによるゴミ弁連で議論されたのは、福井県池田町で開催された総会の席上であった。 会長で神奈川県厚木市在住の梶山正三弁護士(理学博士)が当該事業の概要書を配布し、ことの重要性について他の弁護士らの前で問題提起した。 その後、ゴミ弁連は環境研究者らと2005年春以降、この「神奈川エコループプロジェクト」を問題視するなかで、2005年秋、現地でゴミ弁連の総会を開催し、計画の撤回に向け全力で取り組むこととなった。その中心となったのは地元神奈川県の岩橋弁護士である。
地元住民団体やゴミ弁連弁護士の動き以外として、かながわ市民オンブズマンの大川隆司氏は2005年3月24日発行の広報誌61号で、次のような興味深いことを書いている。少々長文となるが以下に引用してみたい。
上記に関連し、地元神奈川新聞が「エコループ問題」として松沢県知事の行状のおかしさについて社説でも触れている。この社説は、市町村によるゴミ処理広域化計画(地方自治法に言う広域連合制度を用いてゴミの広域化処理を行おうという計画)との比較においてのみエコループ事業への批判を展開している。 もっぱら、ゴミ処理の広域化そのものについて、多くの批判がある。 <無謀な巨大事業、中止に追い込まれる> かくして、元高級官僚、岡崎氏らによって構想、計画された「神奈川エコループ・プロジェクト」は、次第に地元町民、地権者、県民、自然保護団体、環境団体、さらにはそれを支援する環境弁護士、オンブズマンらの活動によって次第に中止に追い込まれて行く。 以下は地元自治体から元高級官僚が代表取締役を務める会社に山北町町長が送ったFAXである。 ◆山北町長からエコループセンター代表取締役への候補地断念のファックス ◆エコループセンターから市町村長・一部事務組合へのファックス エコループセンター事業説明会に参加し、受け入れ側に傾いた山北町長が、上記の候補地断念に至った背景には、直近に放映されたTBSの「噂の東京マガジン」がある。 この番組はけっして「環境ジャーナリスト」が取材し制作する報道番組ではなく、いわばお笑いタレントらが出演する情報番組であるが、しっかり現地取材し、双方の言い分を聞き、問題の本質をえぐることで有名な番組である。 TBSの「噂の東京マガジン」放映後、抗議の電話が町役場に殺到し、町長がねを上げた、というのが最終的に町長が立地を返上する重要な要因であったと言われている。 これは本来、マスメディアやジャーナリズムがまともに機能し、報道すれば、それなりの役割を果たせる可能性があることを示すものだ。 上記については、以下の論考が参考になる。 ◆日高 康弘:山北町エコループ撤退にみる住民運動の成果 <事業者、行政と報道の危うい関係> 遺憾なことだが、本件の場合、元高級官僚が取り仕切ったこの計画、事業について記者が現地を取材し、記事にされたことは、ついぞなかったのである。これはきわめて異常なことである。 もっぱら、元高級官僚側のプレスリリースをもとに事業の計画を紹介する記事はあるにはある。たとえば、タウンニュースなど地元紙によるエコループプロジェクト 事業化を決定一タウンニュースはその一例である。また業界紙、たとえば、リサイクルニュース: 一般廃棄物と産廃を一括処理へ新会社設置など。 しかし、この種の記事はいわば広報記事であって、環境問題、財政問題、利権問題など本質的な題は何ら触れていない。 ◆事業計画だけを伝える記事の例 実は、元高級官僚が設立した環境省の外郭団体「地球人間環境フォーラム」と言う財団のなかに、永年、「環境ジャーナリストの会」と言う主要新聞、テレビ等の記者、OBらが参加する任意団体があった。 会員らはただ事務所を間借りしているだけと言うが、はたしてそうだろうか? 日本社会では記者クラブの存在そのものが行政や事業者とジャーナリスト、ジャーナリズムの癒着の温床として批判され、田中康夫長野県知事は脱記者クラブ宣言をした。 しかし、今回の事案では、巨大プロジェクトを構想、計画し事業化使用とした元高級官僚が設立、運営する環境省の外郭団体のなかに、こともあろうか「環境ジャーナリストの会」があったのだ。こうなれば、それを知る人は、だからまともな取材、報道がなかったのかと思うだろう。まさに李下に冠たとえ通り、「環境ジャーナリストの会」は襟を正すべきである。 長くなったが、環境省の外郭団体を介した「行政」と「報道」の危うい関係については以下などで詳細に報告している。ご覧頂きたい。 ●青山貞一、池田こみち、鷹取敦:環境省随意契約問題 この種の「行政」あるいは「事業者」と「報道」の危うい関係は、原発事業、核廃棄物再処理事業などに絡む問題で常態化しているが、結果的に「報道」が国民の知る権利をまったく満たさないばかりか、事実、真実の前に立ちはだかっていると言える。 以下に、日本のマスコミにはごく一部以外全く報道されてこなかった英国のセラフィールド核廃棄物リサイクル施設の深刻な事故である。 ●青山貞一:日本のマスコミが報じない英核廃棄物再処理施設の甚大な放射能漏洩 1→2→3→4→5→6 日本の核廃棄物の多くはこの英国セラフィールドとフランスで処理されている。その意味で、事故の事実を伝えない日本の報道機関は、戦争時の「大本営発表」機関同様、存在する意味も価値もないと言っても過言ではないだろう。 いずれにせよ本来、環境行政を監視し、問題があれば批判するべき日本環境ジャーナリストの会が、環境省から特命随意契約で仕事をとり、上記のように、環境立法、環境施策のミッションに逆行するようなことを行うひとが理事長をつとめる財団法人の一角に事務所を置いていることひとつをとっても、到底、看過できない、と思うのは私だけではないだろう。 |