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読谷村役場の話では村の水脈は座喜味城を中心に二つの流れがあるという。それは北の長浜ダムに続く地下水脈と、座喜味城から旧読谷飛行場を抜け西海岸へ続く地下水脈である。 読谷村史によると、村内には共同の井泉が93カ所ある。個人の井戸(チンガー)については、戦前の都屋を例にあげると51世帯のうち、30世帯の井戸が掘られており、村全体では811との記録がある。琉球石灰岩層で豊かな水脈が網目のようになっていることが分かる。 歌と三線の始祖とされる赤犬子の伝説には出身地楚辺の干ばつ時の暗川(くらがー)が語られ、また「世の清水出じゃちへ 神太陽のそろて守りよわちへ 宣むる音揚がりや」とおもろで謡われている。沖縄学の井波晋猷は、赤犬子は井泉を見つける能力があった人ではないかといっている。 雨だれの音で三線音楽を作ったとか五穀を持ち込んだとか伝説の人ではあるが、その伝説を生み出す地下水という自然環境の素地がこの読谷村にはあったと思われる。 ところが、現在、旧読谷飛行場から西海岸への地下水脈の途中に広大な産廃処分場があり、操業中や終了した処分場を含めると県道6号沿いに波平、座喜味、都屋、楚辺、大添、大木にまでまたがる。処分場跡は集落や公共施設に様変わりした所もあるが、閉鎖後もガスが噴出したり、有害物質が放置され使用不能な土地もある。 また、操業中の民間処分場から六価クロムや高濃度の有害化学物質クロルデンが検出され、硫化水素が発生し、地下水温が30度以上の高温で化学変化を起こしていることも明らかになった。処分場周辺井戸からも基準値の120倍のヒ素も検出されている。 県は昨年10月に処分場内を検査し、今年3月に検査結果の報告があったが、産廃業者の報告の時と同様に、報告書にはクロルデンの分析を担当した県外機関の計量証明書がなく、公正な報告ではなかった。県が業者に改善命令を出し繕っても、半世紀もの環境破壊と安定型処分場のずさんな有害物搬入の根本的な問題解決にはなっていない。 異常気象が起きている今、将来は、地下水が石油資源に匹敵する人類の貴重な財産になるといわれている。水は生命の源、豊穣の源。 水の存亡が地域の興亡とつながることは歴史が証明している。 (読谷村、61歳) |