清渓川復元現地訪問記 その2 阿部 賢一 2007年6月8日 |
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清渓川復元事業の概要については、ソウル市庁『清渓川復元事業』サイトに詳しく説明されている。 清渓川復元プロジェクトは、1967年〜1976年に清渓川に蓋をして建設された地上部分の8〜10車線の一般道路5.4km(通行量は65,800台/日)、その上に高架で建設された4車線の高速道路5.8km(通行量102,700台/日)を撤去して、清渓川を復元するという事業であった。 事業期間は2003年7月1日か2005年9月30日、工区はそれぞれ約2kmずつ、三つに区分され、設計施工一括方式契約で発注された。 第1工区−大林(デリム)産業・サムスン建設、
三つのエリアのコンセプトは次の通り。
工事は、@地上道路及び高架道路構造物の撤去、A両岸道路の造成工事、B下水道整備、C橋梁工事、D河川復元工事、E造景・景観工事、F用水供給工事、G付帯工事など、多岐にわたる。 工事費総額は3,600億ウォン(約360億円)で全額ソウル市負担。 工事着手から1年11ヶ月、2005年6月1日、午前10時半、ソウル市は通水テストを行い、「今後、1日平均12万トンの水を流す予定」と発表した。この日のテストに使われた水は約3万トンであった。 工事は着工から2年3ヶ月、工事工程表(当初計画)通り完成、2005年10月1日、竣工式が盛大に行われた。 清渓川復元の設計に当たり、清渓川の計画降雨量は、200年確率で一時間当たり118mmである。 清渓川は、上流において水量確保が厳しい乾川である。このため、漢江原水を浄水して送水管を通して送水されて、清渓川に4カ所で供給される。さらに清渓川周辺を通る地下鉄で発生する地下水をポンプアップして、同様に送水・供給される。この二つを主用水として、人工の河川、深さ30cmの清渓川に供給する。高度処理された下水を非常時の補助用水として活用する。供給される水の水質は、計画では生物化学的酸素要求量(BOD)は3ppm以下である。 漢江の原水(高速処理水)は、清渓川に始点(65,380〜68,180トン/日)、三角洞(10,520〜18,520トン/日)、東大門(7,000〜10,000トン/日)、城北川(15,100〜22,300トン/日)の四ヶ所で供給される。地下鉄の地下水は、合計7ヶ所から、合計23,500トン/日が供給される。 出典:平成17年度『韓国港湾空港調査報告書』(5 都市再生プロジェクト(清渓川復元事業)、社団法人日本海洋開発建設協会 平成18年2月 このための送水システムの費用は年間約2億円と予想されている。
4. 清渓川の大雨対策 筆者が、清渓川を訪れて最初に懸念した問題は二つ。 ひとつは、突発的な大雨の場合の緊急避難および排水対策、もうひとつは、高さ5mに達する川幅(側壁間)50〜84mの清渓川両岸の側壁(三面張り)の安全性である。 (1) 豪雨と排水対策 ソウル市施設管理公団は工事最終段階の2005年9月28日、最先端防災システム運営を盛り込んだ清渓川総合管理運営計画を発表した*。 それによると、降雨確率60%以上で雨が降り始めた場合、清渓川散策路への市民の出入りを制限するなど、避難予防・警報システムが発令される。 また、降雨確率が60%以下でも、突然の夕立などの際は、利用市民に避難警報が発令されるほか、ホームレスや夜間利用者などに対する安全対策も示された。 このほか、突発的な降雨時の避難要領や、消防防災本部、警察署と連携した緊急避難、救助システムもまとめる計画。ソウル市はこのため施設管理公団内に「清渓川総合運営室」を設置し、最先端の装備でリアルタイムの監視を行う。 * 朝鮮日報 2005/09/28 筆者が清渓川散策路を往復して気がついたのは、散策路と地上の間の昇降階段場所が意外に少ないこと、そして、その幅が狭いこと(昇降する人がすれ違いできる程度)であった。また、突然の夕立などの場合、全長5.8kmの散策路の数少ない昇降階段からどのように人々をスムースに非難させるのか、その通報、機動性を持った救助出動など万全な安全管理体制が必要である。 突然の大雨で逃げ場を失った周辺の濁流が、清渓広場や清渓川両岸道路からの流入することを防止すること、流入した場合の迅速な排水は、きわめて困難という事態が予想される。
高さ5mの側壁とはどのようなものか、写真[11]の歩いてる人と壁の高さを参照していただければ容易に理解できよう。この写真では、左壁部分は造園部分も設けた二段になっているが、右側の壁は直立5mの高さとなっていて、とても人が取り付けるものではない。この写真では昇降路も見当たらない。 写真[11]は、ビオトープ(生物の棲息場所として人工的に整備した環境)らしき仕掛けがそこかしこに施されているのがわかる上流部分の典型的な風景である。これらの景観は人々の目や心を和ませてくれる。流れをよく見ると、小魚が遊泳しているのが確認できる。 しかし、昨年の大雨洪水で、放流されていた魚が大分流されてしまったという。 (2) 島津康男氏の体験 現地をたびたび訪れている島津康男氏は、現地滞在中の2006年7月25日、前日からの大雨(日雨量200mm)*のため、通常水深30cmの清渓川が1m以上にもなって、両岸の散策道路も草むらも水没してごうごうと音を立てて濁水の奔流が流れ下り、高さ5mの三面張りの石積壁からも水が噴出しているのを目撃した。 もちろん散策道路に降りる階段部もすべて閉鎖され警備員が警戒していたという。翌日水位は半分ほどに下がったが、草むらはすっかり泥まみれ、放流されていた魚なども流れ去って、ただの濁り川になっていた、と報告している。 出典: http://www.jriet.net/ases/060817.htm * 計画雨量118mm/日を完成一年後にはやくも突破していた事実に注目したい。水の逃げ場のない都市河川の弱点が露呈した。多分これは台風による大雨であったのだろう。筆者の懸念は清渓川復元約一年も経たず既に現実となっていたのである。 (3) 側壁の安全性 上述の島津氏の報告にも、大雨時、側壁から水が噴出してるのを目撃したと報告している。側壁背面の防水対策がどのようになされたのかも心配である。漏水の噴出は、年月を経るにしたがい側壁崩落の危険性が増す。 もうひとつ側壁にインパクトを与えるのは、側壁上の歩道に植林された樹林の成長に伴う根張りの問題である。
清渓川両岸側壁上の地面は二車線の道路で一方通行となっている。側壁際の歩道部分が車道よりも一段高く設置されており、清渓川への雨量の流入を多少防ぐ役割を果たしている。しかし、局地的な集中豪雨などに伴う車道部分冠水時の流入・排水対策が十分であるとは見えなかった。 [12]の写真も、清渓川のビオトープ状況が分かる。側壁上の歩道には7〜8メートル間隔で韓国原産の「ヒトツバタゴ」約1500本が街路樹として植えられている。花が満開すると夏でも雪が積もったように白く光る。 筆者が訪れたのはちょうどその季節、白い花が咲いていた。ヒトツバタゴはソウル地域の街路樹として使われたことがなく、公園の“鑑賞用”として利用されている。当初、街路樹候補として桜が挙がっていたが、成長条件が揃わないという指摘を受け、ヒトツバタゴが選定された*。 再開発前の清渓川路周辺の街路樹には、主に銀杏が植えられていた。復元工事に伴い清渓川商店街周辺の歩道にはエンジュ、ケヤキなど750種余の街路樹を移植されることになった*。 * 朝鮮日報 2003/10/31
「ヒトツバタゴ」はソウルでは街路樹としての実績がない。今後どのような成長していくか、慎重にフォローする必要がある。我が国の松江城二の丸(上記コラムの写真参照)の同種樹を見ると、環境条件がよければ結構大木になると予想される。しかし、5mの側壁上の街路樹としてどう成長するか注目したい。 最近、維持管理の容易性から、筆者の住む多摩地域では、ケヤキ、桜、イチョウなどに代わって、ハナミズキ、ヤマボウシ、ナナカマドなどが街路樹として利用されている。清渓川両岸の「ヒトツバタゴ」も現在のところはこれらの樹種と同様とてもスマートな街路樹のように見える。 5. 案内標識板
清渓川散策路への昇降場所、両岸の歩道などには、案内標識版板が随所に設置されている。 写真[13]左側の標示板には、清渓川両岸の道路、主要建物などが示されている。もうひとつの特徴は近隣の公園及びビルのトイレが示されていることである。 右側のブルーの標示板には七項目の『禁止事項』が図示されている。 清渓川散策路の禁止事項は、この標識板から判断すると、「喫煙禁止」、「河川に入ること禁止」「立小便禁止」「オートバイ乗入禁止(自転車は?)」「ジョギング禁止?」「ゴミ捨て禁止」「犬の散歩禁止」である。 夜間散策したときは、ゴミには気が付かなかったが、早朝散歩してみると、ゴミが散乱していたがその数は少なかった。しかし、ゴミ箱は設置されていない。我が国の都会でよく見られる「落書き」もまだ見当たらなかった。 我が国では都会のあたりまえの風景になっているホームレスの「ダンボール小屋」もない。その面で、関係当局の常時監視が厳しく行われているのではないだろうか。夜間は気が付かなかったが、早朝散歩したとき、セキュリティー職員?が巡回していた。 6. トイレ問題 上述の案内標示板にはトイレ利用可能場所が標示されているが、筆者が歩いた三面張り側壁に囲まれた清渓川散策路にはトイレは設置されていなかった。 2005年10月のオープン当初の一ヶ月で、清渓川始点の清渓広場に続く毛廛橋(モジョンギョ)付近のビルのトイレに観覧客が殺到、おかげでそのビルの水道代金が3倍以上になったと、現地紙が報じている。関係者間でその後改善策が協議されたという。筆者が散策した範囲内では、公設トイレなどは清渓川内部や両岸などには確認できなかった。 7. 水の臭気の問題 清渓川に流れている水は『3. 清渓川復元事業の工事概要』に述べたとおり、主として、漢江からの取水と、地下鉄路線の水が供給されている。 最初の「夜のイルミネーション」散策、そして翌早朝の「ビオトープ景観」散策で、その素晴らしさには感動したが、気になったのが、この事業の主目的の一つ「流れている水の臭気」であった。 インターネットなどで検索したが、この「清渓川に流れている水」についてのコメントは見出せなかった。 しかし、この「臭気」は筆者にとってはとても気になる。今回一緒に旅をした友人も、この「臭気」が気になったという。むっとするような「悪臭」という感じではないが、感じのよくない「におい」であった。 このような「におい」のなかで、率直に言って、ゆっくりと散策を楽しむという気分にはあまりなれない。 この「臭気」は「緑の清渓川」「華やかなイルミネーションの清渓川」散策を楽しむ韓国の人々にはどう受け入れられているのだろうか、気になった。 清渓川復元事業以前は、悪臭を放つ清渓川に蓋をし、地上及び高架の自動車交通の激しいところであった。 その当時の「臭気」に比べれば、この環境は格段に改善されていることは容易に推察がつくが、上流部分のこの「臭気」に対する苦情はないのだろうか。 筆者は今回日程の関係で下流部分には残念ながら行けなかった。 2005年10月、一ヶ月間の『清渓川復元』への外国人訪問者は15万人に達した。韓国人の関心はほとんど上流側に向けられた。それとは対照的に、2005年10月22日、現地を訪問した小池環境相も含めて外国人の大半は、むしろ、下流の「自然生態区」に関心を寄せたと、現地紙は報じている*。 その「自然生態区」、清渓川下流の竜踏駅区間から中浪川と合流する地点までは現在すさまじい悪臭が漂っていること、夏になるとさらに状況は悪化すると推測されている。この「悪臭」について、住民からの苦情が相次いでいると、最近、現地紙が報じている*。 現地紙によれば「清渓川の竜踏駅近くの橋。橋の下には緑色のヘドロが浮いている。階段のような形をしたコンクリートの構造物や散歩路の近くにはビニール袋などたくさんのゴミがたまり、虫がわいて悪臭が漂っている。中浪川と合流する清渓川下流の最終区間も同じような光景だ」。 清渓川管理センターは「この堤防構造物は、中浪水処理場への管路があるため清渓川復元工事でも除去できなかった。そのため、週に1〜2度、浮遊物を除去している。」と説明している。 清渓川の水がこの構造物によって堰き止められ、滞留して、スムースには下流に流れない事態が生じている。
清渓川始点の落差の大きい滝、意外に急な流れと豊富な水量、そして、小型の段差滝や飛び石間のの白い泡立ちなどが多い第1工区は、供給される水の「臭気」を軽減させようという曝気の仕掛けであるのではなかろうか、というのが筆者と友人の推測である。 2年3ヶ月という脅威的な短期間で完成した『清渓川復元』の評価は韓国内外で高い評価を受けている。 (つづく) ■ |