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リニア新幹線ルート中央に
位置する町が抱える問題
~山梨県早川町の苦悩(2)~


池田こみち (環境総合研究所顧問)
 独立系メディア E-wave Tokyo 2021年9月20日
 

◆リニア新幹線ルート中央に位置する町が抱える問題

 ~山梨県早川町の苦悩(1)~
 


 前回のレポート、山梨県早川町の苦悩(1)では、同町のほぼ中央を東西に横断するリニア中央新幹線のトンネル工事に伴う発生土砂を町の中心を南北に流れ早川河川敷及びその周辺に受け入れることで、日本一小さい町「早川町」が日本初の巨大リニア開発事業の一翼を担っていることを紹介した。

 2021年9月13日、池田こみち、青山貞一により第二回目の現地調査を行った。

 今回、再度その現場を訪れ、改めて、その実態と課題を整理してみたい。

1.日本一人口規模の小さい町を通過する巨大プロジェクト
  -リニア中央新幹線が早川町に何を残したか


 まず、改めてリニア新幹線のルートを見ておきたい。図1は、JR東海の環境影響評価方法書に掲載されているルートマップである。通過する東京都(品川)⇒神奈川県⇒山梨県⇒長野県⇒岐阜県⇒愛知県(名古屋)の各都県の中で、山梨県内を通過する距離が最も長い。

 東端は上野原市から富士山の北側を通り、西端の早川町まで100km近くに及んでいる。山梨県は、リニア実験線を受け入れてきた経緯も有り、県内ではリニア新幹線への反対の動きは静岡県ほど目立っていないが、東端の上野原市の山間地ではトンネル工事周辺の沢で着工後数年後には一滴の水も流れないほど地下水の枯渇がみられたことが地元で大きな問題となっている。


図1.リニア中央新幹線:ルートマップ (01-Linear-Route map.jpg)
出典:中央新幹線(東京都・名古屋市間)環境影響評価方法書 要約書【山梨県】
平成23年9月 東海旅客鉄道株式会社



出典:静岡新聞

 一方、隣接する静岡県と言えば、北部の山間部を東は山梨県早川町から西は長野県大鹿村まで、わずか10.7kmを通過するだけだが、地下水問題で知事が反対の矢面に立ち、JR東海は代替ルートを検討せざるを得ない状況に追い込まれている。

 さて、早川町は、富士川の支流早川に沿って南北に長く、町の96%が森林、人口が997人(2021年3月1日現在)という日本で一番人口の少ない町制の自治体である。

<早川町の概要:早川町Webサイトより>

 早川町は、山梨県の南西部に位置し、南アルプスの山々に囲まれた自然豊かな町です。町名の由来となっている町の中央を流れる早川を中心に、大小の滝や渓谷が、美しい渓谷美を作り出しています。東西15.5km・南北に38km、369.96㎢の広大な面積を有し、町土の96%を森林が占めています。新緑や紅葉の時期は特に美しく、周囲を囲む山々の四季折々の変化は鮮やかで、見るものの目を楽しませてくれます。

 町の地形を形成した、大断層、糸魚川―静岡構造線が町を南北にはしり、その断層露頭部が国の天然記念物に指定されるなど、地質的にも貴重な場所となっています。

 まさに、町にとっての環境資源は富士川に注ぐ早川とその流域の河川や滝そして南アルプス連なる山々、そこに棲息する野生動植物、温泉、そして隣接する身延町との関係で点在する歴史文化遺産である。その町の北部を横断するリニア中央新幹線は全線286Kmのうち86%の246Kmがトンネルというほどトンネルが多く、静岡県内と同様、早川町内もすべてトンネルで通過する。

 そのため、当然ながら町内に駅はできないことから直接的なメリットはない。しかし、トンネル工事の坑口が複数あり、工事に伴って発生する膨大な土砂※(早川町内だけでも数100万㎥)をJR東海に費用負担をさせ、早川周辺に仮置き場や置き場を提供することを町として決定した。これにより、町の財政が多少でも潤えばメリットがあると考えたのかは定かでないが、平成29年から令和3年にかけて、既に早川町内だけで、以下の11ヶ所もの土砂仮置き場が設置されている。

 地点毎に環境保全対策についてJR東海の報告書が提出され地域住民への説明会なども開催されている。

※:JR東海によると、全線の工事で発生する残土量は約5,680万立方メートル。このうち最も多い岐阜県内の発生土量は約1,280万立方メートルと見込んでいる。(出典:赤旗電子版2019年4月2日)

表1 早川町内の発生土仮置き場 
   ( )内の年月日は環境保全についての報告書表紙に記載の年月日

出典:早川町Webサイト リニア中央新幹線について より

表2 発生土置き場環境保全についての目次構成
    (すべての地点について共通目次)

出典:早川町Webサイト リニア中央新幹線について より

 上記より一通りの環境影響評価手続きに沿った項目は並べられているものの、重要な項目が抜け落ちていることが分かる。それは、早川に沿って町を貫く唯一の幹線道路である県道37号(通称:南アルプス街道)沿道の峡谷の景観を著しく破壊していること、また、一日450台と予測されている土砂運搬ダンプの往来による交通環境を悪化させていることである。

 北部にはギネスブックに登録されるほどの歴史を誇る高級温泉旅館もあり、鉄道がないため、観光客は必ずこの県道を利用することになるが、途中、景観を楽しむどころか埃と騒音と見苦しくブルーシートに包まれて盛り上げられた土砂の山を見ることになる。


現場写真1 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix 9900



現場写真2 
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix 9900
DSCN0323


現場写真3 日本軽金属による土砂の埋め立て
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix 9900
DSCN487


 また、隣の身延町には日蓮宗総本山として全国から信者や観光客を集める身延山久遠寺の門前町が身延山の裾野に広がっているが、その飛び地が隣接する七面山頂上の奥の院にもあることから、その参道にも繋がる早川沿い、さらにその支流である春木川沿いのルートは自然を保護し美しい山と川の景観を守ってこそ価値があり、意味があるというものだ。

 法華経の聖地として名高い七面山は、南アルプス連山のひとつだが、標高1982m、山岳信仰で知られている霊山であるにもかかわらず、その裾野を流れる春木川は今、リニア開発に伴うトンネル残土が積み上げられ、新たに道路建設工事まで進められているのだ。


図2 七面山周辺:中央を流れる川が早川の支流、春木川  Google maps (02-Shitimenzan1.jpg)

 今回の視察では、七面山の奥の院に登る山門(登山口)から少し先に進んだところにある羽衣白糸の滝とお万の方の像、さらに250mほど上流にある雄壮な日蓮宗 日朗雄瀧まで行き、春木川沿いの開発と発生土の受入状況を確認することができた。
 こともあろうか、霊山への登詣者たちが行き交う春木川添いの道は、道路工事の現場が続き、重機がそこここで動き回り山も川も静けさを失っていた。


現場写真4 春木川周辺 下流部合流点近く 
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix 9900
DSCN0342



現場写真5 春木川周辺 上流部道路整備の現場 
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix 9900
DSCN0352
 

現場写真6 春木川周辺 上流部の道路工事 
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix 9900
DSCN0425


2.身延町でも進む道路事業からの残土受入

 早川町の中心を背骨のように流れる早川は、身延町に入ると富士川に合流する。その合流点の手前、早川右岸の河川敷と、合流した富士川本流の右岸河川敷に大規模な土砂の仮置き場が有り、人工的な台形の土砂にブルーシートが掛けられた状態となっている。


現場写真7 早川橋から下流を望む 早川右岸の仮置き場(現場A) 
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix 9900
DSCN0513


現場写真8 南アルプス街道沿い (現場A)
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix 9900
DSCN0532



現場写真9 身延町富士川右岸の仮置き場(現場B) 
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix 9900
DSCN0577


 ここ身延町内の河川敷に積まれた土砂は、リニア中央新幹線のトンネル工事からの発生土ではなく、国土交通省と中日本高速道路(株)が事業主体となり進めている「中部横断自動車道」の工事によるものである。

 中部横断自動車道については、下図3に示すように、太平洋(静岡県)から日本海(新潟県)を南北に横断する道路として整備が進められている道路の静岡県と山梨県を繋ぐ部分がその土砂の発生場所となる。


図3 中部横断自動車道ルート(静岡-山梨間)
出典:中部横断自動車道(富沢~六郷)の概要 NEXCO中日本より抜粋

<中部横断自動車道の概要>

 中部横断道は上信越自動車道と中央道、新東名高速道路の3本を南北につなぐ計画で、山梨―静岡間は、中央道の双葉ジャンクション(JCT、山梨県甲斐市)から新東名の新清水JCT(静岡市)までの約75キロを結ぶ。

 最終的には、佐久小諸JCT(長野県小諸市)と新清水JCTを結ぶ全長約132キロの高速道路となり、既存の上信越自動車道と中央道、新東名高速道路の3本を南北につなぐ計画となっている。山梨県内の一部区間、南部町の南部ICから身延町の下部温泉早川ICの13.2kmが2021年8月29日開通し、静岡から山梨の間は全線で開通した。

 なお、山梨県北部の中央自動車道長坂JCTから長野県の長野自動車道佐久小諸JCTに繋がる部分については、中央自動車道(長坂IC)-長野県八千穂IC区間が未整備となっている。同区間は標高も高く難工事が予想されており、反対する住民も多いことからまだ着工の目処が立っていない。

 山梨県最南端の南部町からその北の身延町をつなぐ部分、さらにその北の市川三郷町から南アルプス市に至る部分についても、トンネル部分が非常に多くなっており、なかでも、富沢IC~六郷ICの間は全区間28.3kmの53%がトンネルとなっていることから発生する残土も膨大である。

 下図4は、グーグルマップ衛星画像から身延町の残土仮置き場の位置を示したものである。


図4 衛星画像で見る身延町の発生土仮置き場
出典;Google mapをもとに池田が作成


 今後、この膨大な量の発生土はいつまで河川敷及びその周辺地域に仮置きされるのか、また、再利用の計画はどのようなものなのか、気になるところである。リニア中央新幹線のトンネル工事で発生した土砂については、自然由来のヒ素や地層に含まれるウランなどが検出される可能性もあることから、膨大な量の発生土を長期間にわたり河川敷に積み上げておくことは危険を伴い、下流域への影響についても配慮が必要となるだろう。

 いずれにしても、仮に工事現場周辺の自治体が土木工事発生土を有償で受入た場合であっても、第三者性、透明性が高く、合理性のあるモニタリングの継続と地元住民や下流域住民への適切な情報提供が極めて重要となるだろ。
                                           以上
参考資料

・リニア新幹線のルート JR東日本
https://linear-chuo-shinkansen.jr-central.co.jp/plan/
・山梨県 発生土置き場の状況
https://company.jr-central.co.jp/chuoshinkansen/efforts/yamanashi/soil.html
・リニア トンネル工事の残土 赤旗新聞デジタル版
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik19/2019-04-02/2019040215_01_1.html
・中央新幹線(東京都・名古屋市間)環境影響評価方法書 要約書【山梨県】平成23年9月 
東海旅客鉄道株式会社
・中部横断自動車道(南部IC~下部温泉早川IC)が令和3年8月29日(日曜日)16時00分に開通しました。 https://www.pref.yamanashi.jp/kousokudouro/chyuubuoudann.html
・中部横断自動車道(富沢~六郷)の概要 NEXCO中日本作成 PDF
・中部横断道最長のトンネルは「4999m」 https://trafficnews.jp/post/110390/2
・報道が少ないリニア計画の真実を伝えるため取材費用を募ります。水涸れ 梨県上野原市の山間地
https://readyfor.jp/projects/linear/announcements/99916



(2)につづく