コラム 2004年 元旦に思う 「大日本主義」と「大アジア主義」 がもたらした未曾有の惨劇 青山 貞一 その5へ |
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◆「大日本主義」の帰結 その後日本は一貫して朝鮮半島から中国大陸、さらに東アジアから東南アジアにまで侵攻を進める。日本は大陸では満州国なる傀儡政府を樹立、太平洋戦争に突入した。日本近代の歴史は、まさに「大日本主義」の歴史でもあった。しかも、日本政府は「大東亜共栄圏」※3)、すなわちアジア諸国を欧米列強から開放すると言う美名のもと、アジア諸国に侵攻、侵略し、領土を占領した。軍部は、たえず近隣アジア諸国に「あなた方を欧米列強から護る」と喧伝しつつ、その実、武力による対外膨張主義の道をつきすすんだのである。 日本は、1941年から東南アジア諸国への侵略をすすめ1945年敗北した。日本が起こしたこの戦争の数々は、アジア及び太平洋諸国に実に犠牲者2000万人以上もの世界史上まれにみる惨劇をもたらした。これはNHKが2003年暮から元旦にかけ深夜に連日放映していた「映像の世紀」の最終章を見れば明らかである。 ※3 日本の軍隊は、中国大陸に大東亜共栄圏(アジア広域共存共栄経済圏) の建設を目指し侵攻した。当時日本の指導者はこの行為を、欧米列強に よる「植民地解放の聖戦」と呼んだ。日本がこの大東亜共栄圏の名の下に 行ったことは、何ら植民地解放、とか聖戦ではなく、単なる新たな植民地 主義的侵略であったとされている。 ※ 日本の「大東亜共栄圏」が結局、美名とは裏腹に東南アジア諸国の資源 を搾取、収奪することになったことを示す貴重な絵がある。 http://www.tanken.com/toa.html ◆そして知らぬ間に軍事面では「普通の国」に 日本は太平洋戦争、第二次世界大戦で壊滅的な敗北を喫した。米国による占領統治を経て、その「大日本主義」的な歴史にピリオドをうったかに見えた。だが、戦後復興は、明治近代の殖産興業ばかりでなく、その経済力を背景に再度、国民の見えないところで富国強兵を推し進めたのである。 下図は2002年度の世界各国の軍事費ランキングである。
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