現地調査報告 Present State of Advanced
   Research & Development Ventures in the United States
 
サンディエゴ
最先端研究開発型
ベンチャー企業の実態

青山貞一 武蔵工業大学環境情報学部
 
2007.12.9 転載禁

 現在、日本では研究開発型の独立行政法人のあり方、すなわち本当に公務員に準ずる形で存続させる必要があるかどうかについて、大きな議論tとなっている。もっとも大切なことは、研究員や技術者の能力、実績をどう評価するかであろう。

 日本社会、とくに独立行政法人や大学ではこれがまっとうにできないことで、巨額の税金が浪費されたり、組織の新陳代謝ができなくなっている。

 これに関連し、2007年11月24日の夜、研究開発型ベンチャービジネス企業が集中するサンディエゴ北部の企業に勤める方々とホンネで懇談する貴重な機会をえた。そこでは、世界最先端の研究開発型ベンチャービジネスの実態、とくに人事、給与についてお話を伺うとともに、いろいろ議論した。

 以下はその懇談のなかで伺った米国でも最先端のIT、ナノテク系研究開発型ベンチャーの実態である。


 米国の多くの研究開発型のベンチャー企業では、定期採用は全くなく新規採用もほとんどないとのことだ。そして、毎年、四半期毎に自分が社内で行う研究や業務などの目標を項目毎に定量化させ、ボスに提出させる。

 同時に、毎週、週報で目標に対する進捗度を報告する。更に、週の初めにはグループ毎にBOW(ビギンイング・オブ・ウイーク)ミーティングが開かれ、皆の前で今週の目標を述べ、週の終わりには、グループ毎のEOW(エンド・オブ・ウイーク)ミーティングで、目標に対する実績と、目標未達の場合にはその理由を述べる。

 半期毎にそれがどう達成されたか、されなかったかを定量的に自分で評価、すなわち自己評価した資料をボスに提出するわけだ。

 ボスはその資料をもとに、その人を評価する。その場合、当然のこととして当人の評価、すなわち自己評価を鵜呑みにせず、自分の目で日頃の行状を含め厳しく評価を行なう。

 次に、会社の同部門、たとえばA部門で100人いたとする。それら100人に対して四半期毎の評価が下されます。その結果、三期続けて下から15%、この場合には15人のグループに入ったひとは、即レイオフになるそうだ。

 下から15%に入っている人は、4半期事の評価時に、あなたは今期目標だったと告げられます。目標未達が二期続くと、本人は次に目標未達だと解雇されることが、分かっているので、次の就職口を捜すことになる。

 このレイオフとは違い、会社の業績により不定期に全社一斉のレイオフがある。このレイオフは本人の予想がつかないので、悲しいものだ。

 しかもレイオフは、その日の朝、突然、当人に連絡が行く決まりになっています。米国の研究開発型ベンチャー企業には給与以外の退職金はないので、日割りの賃金と契約解除のいわば辞令を後日受け取ります。本人は直ちに帰宅する。この時点でそのひとは社員ではなくなる。

 翌日、その週の社員の誰もいない週末に、当人は会社に行くが、すでに社員でないので、守衛に付き添われて自分の席に行き、私物を箱にまとめて持って帰ることになる。レイオフ当日、同僚らは、レイオフ者の名前をミーティングで告げられすでに分っているので、この時点ではほとんど口を交わさないそうだ。

 上記は、すべて採用時の契約内容に含まれて当人に伝えられている。入社試験の面談時に当人にこの会社では...と伝えられ、それを承諾しなければパスしないことになっている。

 他方、上位の15%にその成績、実績にしたがってボーナスが出されます。年齢、勤続年数はまったく無関係に、あくまで四半期毎の自分の目標とそれをどう達成したかによって評価されます。しかし、目標を敢えて低くし、それをクリアーするような人は、ボスから「あなたの目標は低すぎる」などと警告を受けます。

 定期昇給はなく、年功序列制もなく、あくまで自分が出す四半期毎の目標とその達成を自分その上司がどう評価するかであり、日本のような情実は冷徹に排除される。もちろん、研究開発部門では、特許などの知的所有権を発明、開発したことが客観的に裏付けられる場合には、問題なく四半期で上位15%になるとともに、通年でも上位15%となるそうだ。

 その他、四半期の順位、半年の順位、通年の順位で、それぞれトップなどにはボーナスが出されます。さらに通年のトップには、サバチカルとしてたとえば2週間、世界中にどこにでも家族を含め行けるファーストクラスチケットが与えられます。

 懇談に参加されたある企業のXさんは会社にとってのキーテクノロジーであるナノテク技術の開発で何度も米国、国際特許を取得していた。

 詳しくは聞いていないが、Xさんがサンディエゴに来て7年になるとおっしゃっていますので、7年間おそらく毎期、上位15%にいるだけでなく、四半期トップなり半年トップ、さらに通年トップに何度か入っていると思われる。

 いずれにしてもXさんの会社の場合、開発する内容が当該分野で世界の70〜80%のシェアを独占しているものの、当該分野の技術がまさに日進月歩であり、開発すべきものが明確になっていることから、会社にとっての貢献が非常に明確であることが大前提にある。






ソニーは全米の研究開発部門、管理部門をサンディエゴに集中させた

 Xさんの研究開発がなぜ必要かについては、ここで詳細を話す余裕はないが、たとえば世界中のパソコンのCPUの大部分を独占しているインテルは、単に電子回路設計の大手であるだけでXさんの会社の技術がCPUの速度の鍵を握っている。

 超小型、軽量、超停電力なLSIを開発するためには、それらの電子回路をナノテクから将来はピコテクレベルの回路の線幅精度でシリコンウェハーに焼き付けるための技術が不可欠だ。現在最先端のシリコンウエハー上の回路線幅は40ナノメートル。もちろん焼き付け杖でエッチング的な技術により、電気が通る部分と通らない部分、半導体部分などを実際の回路とする技術も不可欠です。

 この場合、焼き付け線幅精度が問題となるわけで、その線幅が狭い精度が低いと同一面積における回路の集積度が低くなる。インテルなどが毎年毎年、新たな何GHzクロック速度のCPUを世に出しているが、そのためにはインテルが設計したCPUの回路図をより安定した狭い波長の波長ブレと雑音がない鮮明なレーザー光線と光学レンズによって、シリコンウェハーに焼き付けることが不可欠となる。

 昔のパソコンのCPUと今のパソコンのCPUでは、集積度が大きく異なるが、それを可能とするために、単一周波数幅で安定したブレが少なく、雑音を出さないレーザー光線となるそうだ。

 ただしこれも、かなり限界まできていることは間違いがなく、将来、会社が潰れる可能性がないとはいえないとのこと。

 マスク上の回路パターンをシリコンウエハー上に光学的に転写する場合、光源の波長が短くなればなるほど、その解像度が上がる。20年以上前は、光源として水銀ランプのg線(435nm)が使われていたが、水銀ランプのi線(365nm)に変わった。

 それが、水銀ランプからはこれ以上短い波長の強度のある光はでないので、15年前よりKrFエキシマレーザ(248nm)に変わり、5年前からArFエキシマレーザに変わった。今後、光源はエキシマレーザからEUV(13.5nm)に移行すると言われている。

 Xさんの会社のレーザー光線技術をもとに、ニコン、キャノン、カールスツァイスの3社の光学、すなわちレンズメーカーがつくったレンズを通すことでナノレベルの電子回路のシリコンウェハー上への焼き付けが可能となるそうだ。

 ニコンとキャノンはレンズと露光機の両方を製造しているが、カールツアイスはレンズのみの製造を行い、露光機の製造は、オランダのASMLという会社が行っている。ASMLは昔フィリップスの子会社だったが、現在は独立している。

 この技術は、世界でニコン、キャノン、カールスツァイスの3社しかないそうで思わぬところでレンズ技術が生かされいるわけだ。たとえば現在のニコンの売り上げ、たとえば900億円の約半分から2/3はこの技術によるもので、カメラ、デジカメ、顕微鏡が約半分で、それらは何ら売り上げの主流ではないとのことである。

 キャノンは全体売り上げが大きいのでそれほどのことはないようだが(約1割)、安定した収入のベースとなっているはずだ。

 米国の多くのの研究開発型のベンチャー企業の勤務形態だが、完全フレックス制となっており、早朝型、夜中型さまざまとなっているそうだ。一日の労働時間もさまざまで、自分がすべきことを期間内にすることが問われる。

 今回お話を伺った米国の多くの研究開発型のベンチャー企業の幹部は社の近くの高級住宅地にすんでいるが、他の一般社員、研究員も車まで20分程度に住んでいる。昼間に自宅に食事を取りに行ったり、男性社員でも子供を朝、夕に車で送迎しそのまま会社に戻ることもしょっちゅうあるとのこと。また男女、人種による差別は法律により厳しく規制されている。

 ところである日突然首になるシステムだが、アメリカ社会では、研究開発型ベンチャーほどではないとしても、大部分上述のようなシステムを企業(場合により大学、行政も)採用していることから、いわば米国社会では当たり前のこととなっている。また首はあくまで「あなたはこの会社に向いていない」ということであり、全人格的な否定ではないように、当人に伝えられる。

 一方、プロ野球のFA宣言同様、上位15%のえり抜きの技術者、研究者、財務担当者らが他社に引き抜かれたり、給与の高い会社に自分ででてゆくことも結構あるそうだ。多くの人が、1つの会社で働いていながら、他の色々な会社に履歴書を送り、更に良い条件での雇用を求めている。従って会社も必要な人間にはあの手この手(ストックオプション等)で繋ぎ止めるような手段を取っているようだ。

 面白いのは、一端会社を自ら出て行った者が再度、元の会社に戻ってくることが結構あることだ。つまり能力(ミッション、パッション、アクション)がある優秀な人材はいつでも高給優遇され、他方、いくらUCLAやスタンフォード、MIT、カリフォルニア大学バークレーなどの名門校を卒業していても、上記の能力がない、発揮できない、さらに発揮しない人材は、不要となる。

 もともと米国の大学は激烈な能力主義なので、金持ちが無理矢理に息子をハーバード大などに入れるケース(ブッシュ親子など)がなおことはないとしても、それらの大学を上位の成績で卒業した人間は、それなりの能力をもった人材であることに違いがないようだ。上記のような超一流の大学に入るには、各種奨学金を受けることが大前提となり、その意味でも、成績が重要なものとなる。

 理由は日本のように、受験テクニックなどで東大に入り、その後は何とか卒業しても、東大ということで行政や外郭団体だけでなく、企業でもそれなりに出世することは99%ないからと言える。

 たとえば四半期の一期目、二期目は下の15%でに三期目にとてつもない発明や成果を出すひとはいないのかと伺ったところ、はっきりないと言っていました。また日本の会社そしきのように、窓際族はそもそも存在しえないそうだ。さらに入社後1年以内で辞職するひとは結構多いそうだ。これは私の環境総合研究所((ERI)に似ている。

 ところで、Zさん一家が米国に渡ったあと、会社が半導体産業の大不況期に入り、大幅な人員削減を行った。現在の勤務先もある理由で倒産の危機にあったことがあるそうだ。そこでは15%一律全部門からではなく全員ある日にレイオフされることになり、全員にそれが通告された。結果的にそのときは会社の倒産はなかったが、研究開発型ベンチャーにはたえずその種のリスクがつきまとう。

 Zさん一家は、もしレイオフされると自動的にその会社での就職をもとに発行されているビザが打ち切られ、家族全員が即刻国外退去となるので、そうなったら死刑宣告同様と覚悟したそうです。

 結果的に倒産はなく、今まで順調に経営、売り上げ、利益はでているようですが、そのベースは経営者の理念、ミッション、財務体質とともんじあくまで人材への非常に厳しい評価があり、ミッション、パッション、アクションがない人材は1年も同一企業にいられない現実があるからなのです。

 現在サンディエゴには、かつてのサンホセ、パルアルトなどのシリコンバレー同様、それ以上に、米国や世界を代表する研究開発型企業、ベンチャービジネスが集中立地している。そのなかには、バイオテクノロジー系の世界的な企業も多数ある。

 東海岸ではボストンやその近郊に研究開発型企業があるが、何しろ西海岸は広大な土地が安く入手でき、道路網がこれ以上ないほどしっかり整っていることがベースにある。今回私が泊ったランチョ・バーナードホテルの周辺は、それらの研究開発型企業の経営者、研究者幹部が住んでいるいったいには高級住宅地がある。

 残念なことに、それらの住宅の多くが前代未聞の山林火災の被害を受けている。