1.公共事業を評価する3つの視点
大規模公共事業を第三者的立場で評価する上で筆者は次の3つの視点を提唱している。
第一は公共事業の社会経済的な<必要性>の検証・評価、第二は科学技術的な<妥当性>の検証・評価、第三は情報公開、市民参加など適正手続面での<正当性>の検証・評価である。
本来、この分野では環境アセスメントが分析のツールとして機能しなければならない。しかし、わが国の環境アセスは<必要性>に踏み込めないことが大きな課題となっている。また代替案が設定されないことから、計画や事業の相対評価ができない。結果的に、環境影響の数値あわせ、「環境アワセメント」が横行する。さらに<正当性>についても、わが国では行政手続法、情報公開法、環境アセス法などの適正手続が米国に較べ30年以上遅れて施行されるなど、公共事業の立案過程への国民や住民の参加がきわめて限定されてきた現実がある。そのなかで大規模な公共事業が一人歩きしている。
2.日本の公共事業
2−1 公共事業費と財源
日本には土建業が約60万社あり、600万を超える就業人口があると推定されている。これらはいかに日本が土建系の公共事業費に支えられた異常な国家であるかを示している。OECDのナショナルアカウント(*1)によれば、日本は公共事業費の絶対額が大きいだけでなく、GDP比、国土面積比ともに著しく大きい。G7諸国のGDP比はせいぜい2〜3%だが日本は9%弱である。面積比は米国の78倍、カナダの755倍、ドイツの7倍、フランス、イタリアの12倍、英国の16倍と突出している。
ところで公共事業費の30%強を占めるのは道路事業である。道路事業は、@揮発油税(ガソリン税の国税分)、A地方道路税(同地方税分)、B軽油取引税、C自動車取得税の全額、また自動車重量税は約85%が国と地方の道路特定財源となっている。だが、道路財源で重要なのは特定財源だけでなく、国と地方の一般財源や財政投融資を含めた投資財源にある(*2)。それを含めた1997年度の総投資額は実に14.4兆円に及ぶ。1997年の場合、特定財源と一般財源の割合はほぼ同じであり、一般財源分の借金が問題となる。さらに1992年から地方道路財源のうち一般財源の割合が急速に大きくなっている。それらを考慮すると、道路事業でも累積債務は巨額となる。先のOECDデータをもとに1ドルを110円として推計すると、総公共事業費は44.2兆円、そのうち道路投資額は14.4兆円、33%となる。特定財源に連動し、一般財源、財政投融資の割合が増大していることが分かる。
これら道路に次ぐ公共事業投資は、ダム、堰などの治水事業であり、年間4兆円規模となる。96年時点での道路、治水以外の公共事業総額は26兆円であり、大部分は国債と地方債など借金でまかなわれている。それには空港、港湾、海面埋立、農業構造改善事業、廃棄物処理処分事業などがある。空港建設では特別会計、財政投融資が含まれる。
図2−1 各国の公共事業費(対GDP)
出典:OECD、1996年、ナショナルアカウント
図2−2 各国の公共事業費(単位面積当たり)
出典:OECD、1996年、ナショナルアカウント
2−2 国庫補助メカニズム
財政的に困窮しているにもかかわらず、日本では多くの自治体が大規模な公共事業を推進している。その背景には、国庫補助だけでなく国から地方に流れる交付金により地方債が償還される「魔法のメカニズム」がある。両者、すなわち国庫補助と地方交付金による償還などを併せると国から自治体への補助は事業費全体の70〜85%に及ぶ。これはダム、堰などの治水事業から大規模なごみ処理施設にまでにわたる。
図2−3は、公害防止計画対象地域におけるごみ処理施設建設の費用負担のメカニズムを示したものである。図では焼却炉などの中枢プラントは、最終的に84%が国庫補助となることが分かる。また地方単独事業でも38%も国庫負担となっている。すなわち、地方で行われる大規模公共事業は、国から圧倒的多くの財政支援があってはじめて可能となる。
図2−3 公共事業費負担のメカニズム(ごみ処理施設設置の場合)
出典:グリーンピースジャパン委託、環境総合研究所実施、
「ダイオキシン対策等に伴う一般廃棄物焼却施設の建設費用、日本における全容と推移の把握」、2001年8月
2−3 国・自治体の累積債務
突出した公共事業費の多くを財政面で支えてきたのは国債、地方債などの起債である。わが国がかかえる多重累積債務は平成12年時点で645兆円、平成13年で666兆円に増えている。平成8年以降急激に国債発行が増え、平成11年から平成12年の合計で124兆円と大幅増となっている。平成12年度の日本の国家予算が85兆円、平成11年度が82兆円であるから、いかにこの借金の額が大きいかが分かる。当然、国や自治体の借金は信用があって可能となる。実際、都道府県が発行する債券は、財政健全度合を国が評価し許可している。一方、国については外国がその信用度を格付けしている。信用が低下すれば国債の受け手が減る。金利が上昇し、累積債務がさらに増える。さらにこれらの膨大な累積債務を今後どうやって返済するかが課題となる。債務償還は今の若年層によって行なわれることにならざるをえない。問題は、彼らが公共事業投資のために累積債務を増やしてきた政府や政権の政策形成、意思決定に参加していないことである。
図2−4 日本国の累積債務の推移と内訳 単位:兆円
出典:大蔵省資料、自治省資料等
3.公共事業がもたらす環境問題
以下、筆者らが行ってきた自主調査研究等から公共事業がもたらす環境問題について例示する。詳細は、環境総合研究所のホームページ(http://eritokyo.jp/
)を参照のこと。
3−1 首都圏の道路網建設事業
(1)東京湾岸地域
環境総合研究所では、環境庁からの委託調査(*3)で、1988年に東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県の東京湾岸地域を対象として、幹線道路整備事業がもたらす自動車排ガスの影響をNOxの総排出量とNO2の高濃度メッシュ数を予測、評価した。現状は1985年、予測年は2000年である。この調査では、予測の前提として、@基本、A湾岸集中、B一極集中、C多極分散の4つの将来シナリオを設定し、相対比較を行った。基本ケースは、東京臨海副都心大規模開発事業が行われない場合を想定している。
当時のシミュレーションではいずれのシナリオでも大気汚染は排出量、濃度とも大幅に減少せず、「高値安定」となることが分かった。図3−1は基本シナリオのシミュレーション結果を示している。都心迂回を回避するため環状系幹線道路を建設すると、都心部の濃度が若干さがるものの、迂回先の外郭3県の沿道周辺の土地利用が変わり、発生集中交通量が増加し、大気汚染が3県にスプロールすることが分かる。
図3−1 東京湾岸地域の幹線道路事業と大気汚染
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現状(1985) |
将来(2000) |
(2)東京23区
一方、世界に類例を見ない高密度の市街地、東京23区は、自動車台数と走行距離を掛けあわせた走行量ではすでに限界に達しており、首都高速中央環状線、東京外郭環状道路などの環状系幹線道路建設を行ってもNO2の環境基準の達成は極めて困難なことが分かった。東京23区では大気汚染は市街地全体を覆いドーム状態となる。その結果、沿道だけでなく市街地全体の大気が悪化し環境基準はいつになっても達成できない。図3−2はその状況を示している。
図3−2 東京23区の大気汚染濃度の推移
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出典:環境総合研究所、東京特別区における窒素酸化物・浮遊粒子状物質高濃度
汚染地域解析調査報告書、1999年8月
(3)大規模都市再開発事業
筆者らは、地域住民の依頼を受け東京都心部の大規模再開発の環境アセスと事後調査を行った。再開発はJR恵比寿駅近くの約10haの工場跡地に超高層ビル群と都市計画道路等を官民あげ開発する計画であった。地域住民は都アセス条例など、あらゆる機会をとらえ意見を述べた。しかしアセス書の内容は一字も変わらなかった。依頼を受け行った市民アセス(*4)では、超高層ビル、都市計画道路、地域冷暖房施設等につき、事業者アセスが触れていない点や不備を環境保全措置として指摘提案した。たとえば地域冷暖房施設の煙突は、当初低い位置に設計されていたが、正面の高層住宅棟を高濃度の煙が直撃することが分かり、最終的に業務棟のエレベーターを煙道とすることで決着するなど、行政アセスが見過ごした点で多くの実績をあげることができた。
さらに事業者と住民が環境調査協定を締結し、調査基金を設定した。それをもとに、建設段階から各種の環境モニタリングを市民参加で行い、結果を毎年、住民、事業者、行政が参加する報告会で発表し議論してきた。これは供用後も継続している(*5)。
図3−3 開発前後の自動車排ガスによる大気汚染変化
出典:環境総合研究所
3−2 大型広域ゴミ焼却炉事業
(1)大量廃棄と大量焼却
図3−3は、政令指定都市の一人1日排出するゴミ量と自治体全体の総排出量を示している。いずれの政令市も1日一人当たり1〜2kgと大きい。これは中小都市の約2倍となっている。
これはわが国が、1977年にオランダでゴミを焼却することによりダイオキシン類が発生することが分かった後も、大量生産、大量消費、大量廃棄をつづけてきたことを意味する。
日本は大量廃棄だけでなく、主要先進国がゴミの減量化と非焼却に努力してきたにもかかわらず、「焼却主義」をとってきた。その結果、日本は人口が約2倍の米国よりもゴミ焼却の総量が多い世界最大の大量焼却国となった。図3−4はそれを示すとともに、日本の大気中のダイオキシンの平均濃度が、欧米先進国の約10倍、スウェーデンに較べ約50倍と高くなっていることを示している。
図3−3 政令指定都市のごみ排出量の比較
作成:環境総合研究所、 平成9年度実績値
図3−4 先進各国のごみ焼却量と大気中ダイオキシン類濃度(1991〜1993)
出典:環境総合研究所
(2)市民参加のダイオキシン汚染全国調査
環境総研ではわが国の焼却主義がもたらす汚染実態の全国を生活クラブ、グリーンコープなど環
境生協と連携し1999年から継続して実施してきた(*6,7)。大気中ダイオキシンの測定には、一地点1日当たり約40万円の費用がかかる。そこで筆者らは地域の汚染状況を精度高くしかも年平均で把握する方法として生物指標の活用を摂南大学宮田研究室と共同研究してきた。科学的知見は、国際学会などでも発表している(*8)。
この方法はクロマツの針葉を用いている。調査の社会的特徴としては、@住民ひとりひとりが調査に参加できる、A住民ひとりひとりの経済的負担が大きくない、B結果が調査に参加した住民に共有できること、また技術的特徴として、@測定結果が地域代表性をもつこと、A長期平均特性をもつこと、B得られた点データから地域全体の面的汚染状況が得られることなどがある。
図3−5は、全国調査によって得られた各市区町村単位の年平均濃度を都道府県単位で集計した結果を示している。図より分かるように、首都圏など大都市の大気中のダイオキシン濃度は非常に高い。これは明らかに大量焼却の結果である。図3−6に東京都における市区単位の分析結果を示す。
なお、全国調査に参加した市民は2001年秋時点で約4万人、松葉サンプル数も400に及
んでおり、大量廃棄、大量焼却を監視する市民の環境モニタリングとしては、類例のない
ものとなっている。これらの成果は、2001年9月韓国の慶州で開催された国際ダイオキシ
ン会議で4本の学術論文として発表された。
図3−5 都道府県別の平均濃度
出典:環境総合研究所
図3−6 東京都の市区単位の平均濃度(1999)
出典:環境総合研究所
4.まとめ
以上、わが国の公共事業の財政負担と環境影響の現場を定量データをもとに検証してきた。
結論として言えることは、わが国には公共事業を国民、市民の側から第三者的に議論、検討、評価そして検証する「場」がなく、国、自治体の裁量に任されてきたことである。その結果、社会経済やひとびとの価値観の変化とかかわりなく、巨大な公共資源が土建的事業に投入され、著しい財政負担と環境影響をもたらしてきたと言っても過言ではないだろう。
21世紀は環境の時代と言われる。その観点から、まさに従来の土建的事業に依拠した公共政策からローマクラブが「成長の限界」報告のなかで提言した定常状態な社会経済システムづくりに移行することが問われる。当然、その場合、公共政策の立案過程への広義の意味での市民参加が不可欠となる。
<参考・引用文献>
(1)OECD、ナショナルアカウント、1996年
(2)こ島真也、道路特定財源の見直しだけでは道路建設は止まらない、環境行政改革誌上フォーラム、晨(あした)、1998年1月号
(3)環境庁委託、環境総合研究所実施、大気環境の動向予測調査(東京湾岸広域大気拡散予測調査)、
1989年3月
(4)環境総合研究所、サッポロビール恵比寿工場跡地再開発事業による周辺住宅地への化尿影響評価 調査報告書、1990年9月
(5)環境総合研究所、サッポロビール恵比寿工場跡地都市再開発事業に伴う環境事後調査報告書、19
95年4月,1996年8月,1997年4月
(6)環境総合研究所、1999年度松葉ダイオキシン分析研究報告ー全国で3万人の住民・消費者が参加 ー,
Dioxin Bulletin & Review No.13-2, 20 August 2001
(7環境総合研究所、2000年度松葉ダイオキシン分析研究報告ー継続調査で広がる監視の輪ー,
Dioxin Bulletin & Review No.15, 10 September 2001
(8)K.Ikeda, T.Aoyama et al, Correlation of Dioxin Analogues Concentrations
between Ambient Air and Pine Needle 1-4, Environmental Levels, 21st International
Symposium on Halogenated Environmental Organic Pollutants and POPs, Gyeongju,
Korea, 9-14 Sep. 2001
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