読売新聞2004年2月25日朝刊「論点」
行政事件訴訟法改正
原告救済の姿勢が不十分

阿部泰隆
神戸大学大学院教授


 行政訴訟は「やるだけ無駄」といわれている。行政活動の違法性という、本来の争いにたどり着くまでに様々な障害物に阻まれ、門前払いになりやすい。判例では原告適格が狭いため、たとえば、都市計画道路の事業認可がなされたとき、深刻な騒音、大気汚染を防止しようとしても、沿道者にはその取消しを求める資格がない。被害発生後の民事訴訟では実際上は救済されにくい。行政指導、都市計画、通達などは違法でも、「行政処分」ではないため行政訴訟では取り上げられない。処分を知ってから三か月の出訴期間を過ぎると訴えを起こせない――などである。

 このような障害を乗り越えても、仮救済の門は極度に狭く、行政の裁量は広く、資料もなかなか出てこず、裁判官はしばしば、行政側の法解釈を権威があると受け止める。被告の行政側は、下級審で敗訴しても、「まだ最高裁がある」と親方日の丸で頑張る。 原告は、徒手空拳である。一億円の課税処分を最高裁まで争えば百四十四万円もの印紙代に加え、弁護士費用、被告・行政側の手元にある証拠を収集する労力、行政側が次々に案出する珍理論への対応などで、挫折しやすい。まるで、ウサギがライオンに挑むようなものである。その結果、原告勝訴率は数%で、訴訟数も、日本では、人口比でドイツの数百分の一、韓国、台湾の数十分の一にとどまる。

 戦後最大の今回の司法改革で、行政事件訴訟法の改正が取り上げられたのは、利用者に使いやすい行政訴訟の仕組みを導入するためである。

 政府の司法制度改革推進本部行政訴訟検討会は、このほど行政事件訴訟法の改正のための報告書を提出した。その内容は、▽権利救済の実効性を目指す▽原告適格を拡大する▽生活保護の拒否や高校不合格といった「拒否処分」に対して、単に取り消すだけでなく、その支給や合格などの利益処分を決定させる「義務付け訴訟」とその仮決定制度を導入する▽免職や営業停止、改善命令などに対する仮救済である「執行停止」の要件を緩和する▽出訴期間を延長する――などである。

 しかし、積み残しになった課題も多く、その意味で報告書は、中途半端で不明確だ。原告適格の基準は、従来どおり「法律上の利益」である。原告適格を拡大するといっても、処分の根拠法令や侵害される利益など四項目を「考慮する」といった手直しにとどまるので、判例が原告適格を拡大する保障はない。

 義務付け訴訟の仮決定制度も不十分だ。たとえば公立高校の入試で、成績上位者が身体障害者というだけの理由で不合格になった場合、仮入学できる可能性が開けるが、その基準は「償うことのできない損害」を被る場合という。この表現だと一年や二年浪人しても人生は償えるとして、救済されないかもしれない。同級生と一緒に四月に仮入学できるように、「重大な損害」と修正されるべきである。

 これまで行政訴訟は、裁判官が法律を形式的に解釈し、救済を拒否する傾向にあった。そこで、裁判を受ける権利を包括的かつ実効的に保障すること、不明確な法規は救済する方向で解釈すること、両当事者の対等性を確保することを法律に明示すべきである。印紙代も無償か大幅に減額するのが適切だ。 今回の報告は改革の第一歩として評価できるが、内閣と国会は、残された重要な課題を先送りすることなく、改正作業の中に取り込むべきだ。
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 行政法。著書に「行政の法システム」など。61歳。