平成9年9月10日

環境庁環境影響制度推進室
環境影響評価の基本的事項に関する技術検討委員会
事 務 局 御 中


「環境アセスメントの技術検討課題についての意見書」
−道路事業を対象としたアセスの技術的事項に係わる意見−

環境影響評価の項目並びに調査、予測及び評価の手法の選定の
指針に関する基本的事項に関する意見


                
青山貞一 環境総合研究所長
                        E-MAIL:aoyama@eri.co.jp


1.環境影響評価制度が対象とする項目の範囲

1−1 環境基本法14条各号に掲げる事項の確保(環境への負荷で捉える場合)

 道路事業を対象とした環境影響評価の調査、予測、評価、事後調査の項目として、閣議アセスにおける項目に加え、最低限以下の項目を追加すべきであると考える。

(1)大気環境項目:浮遊粒子状物質(SPM)

 理由:従来の道路アセスでは、NO2、CO及び一部SO2が主要な調査、予測、評価物質とされてきた。大都市の大気汚染、とくに沿道に居住する住民等への影響に関しては、従前より上記のガス状物質に加え浮遊粒子状物質(SPM)の影響が識者より指摘されている。

 実際、国立環境研究所などの近年における諸研究成果においても、ディーゼル排ガスがもたらす粒子状物質(DEP)の健康影響が課題とされている。

 また、東京都、横浜市、川崎市、大阪府など大都市部では、浮遊粒子状物質(SPM)の環境基準の達成率は、NO2と同等に非常に以上に低い状態にある。

 意見者らによる川崎市内の国道を対象とした現況再現推定調査においては、沿道の官民境界における自動車排ガスに起因すると想定されるSPMの割合は、二次生成物質を含めた場合、全体の50%を超えることも推定される。

 このように、国が環境基準を設定しており、沿道住民、都市に居住する住民健康への影響が看過できない重要な大気汚染物質が、従来、道路環境アセスの調査、予測、評価等から除外されてきたことは、きわめて遺憾なことである。

 環境アセス法における道路アセスの対象に、ぜひSPMを含めて頂きたい。
 
(2)地球環境項目:二酸化炭素(CO2)

 理由:わが国が排出する二酸化炭素(CO2)の約2割は、自動車を中心とした運輸部門からのものである。1990年以降のわが国のCO2排出量の増加要因は運輸部門と民生部門にあり、自動車CO2排ガスの影響は看過できない。

 自動車排ガス起源のCO2の増加要因は、全国規模の自動車保有台数の増加、走行台キロ(走行量)の増加など、物流、人流の自動車依存が大きなマクロ的原因であると考える。

 しかし、道路事業の路線選定、構造、設計等によって、同一の自動車交通量であってもCO2の排出量が異なることが知られている。たとえば、東京都環境科学研究所などが過去蓄積してきたシャーシダイナモによる台上テストデータから見ても、走行モードにより著しくCO2排出及び燃費が異なる。これは、道路本線の縦断勾配のとり方や高速道路におけるインターチェンジ、ランプ等の設計、構造の仕方によりCO2排出量が異なることを意味する。一般道路部では、実走行モード、とくに渋滞状況におけるCO2排出が累積的には、日本全体ではきわめて大きなものとなる。

 さらに、道路事業に付随する各種照明設備などの電源として太陽発電パネルを使用するなど、自動車CO2排ガスとは別に、道路関連施設におけるCO2排出削減が課題となる。

 道路事業に関連し、CO2排出削減を全国的に推進する上でCO2を道路環境アセスの対象項目とする事を要望したい。

1ー2 対象とする影響及び行為の範囲

 (1)複数道路事業がもたらす累積的影響

 複数の幹線道路事業(一般道路、都市高速道路、国土幹線自動車道路等)が年次を追って特定地域において計画、建設、供用されるような場合にあっては、それぞれの道路事業を個別の事業としてアセスの対象にするのではなく、当該道路の建設段階に対応し、累積的な環境影響の予測を行うべきである。

 従来、道路事業者が異なる、供用年次が異なるなどを理由として累積的影響の予測、評価が行われてこなかったが、地域環境の保全の観点からして、事業者の違い、供用年次の違いを超え、主務機関を設定して複合事業を対象としたアセスを行うべきであると考える。

 (2)道路網全体がもたらす広域的影響

 上記の比較的地理的に限定された範囲における複数道路のもたらす累積的影響とは別に、広域道路網がもたらす広域的影響についても道路整備五ヶ年計画の改訂時などにおいて影響をアセスすべきである。

 これは本来、道路網を対象とした計画アセスに類するものとなるが、東京都、神奈川県、大阪府などでは、過去から窒素酸化物総量削減計画等に関連した地域シミュレーションにおいて類似の調査を実施していることもあり、技術的手法は環境庁大気保全局の総量規制マニュアル等ですでに確立している。

 (3)特殊道路構造、特殊走行条件下での影響

 通常の走行モード(実走行モード、高速モードなど)と著しく異なる走行モード、たとえばインターチェンジ、料金所、ランプ等の特殊条件下の道路構造における影響の把握をアセスの対象とすべきである。

 (4)道路事業に関連する代替案(複数計画)

 道路事業を対象としたアセスは、可能な限り計画立案の早期の段階に適用すべきである。また、道路事業における起点、終点、主な経過地を結ぶ路線代替案はじめ、道路事業の構造、設計を含め代替案を対象とした環境影響評価を行うべきである。これによりさまざまな観点から道路計画の妥当性が明確になるものと考えられる。


2.調査手法の選定に関する基本的要件

2−1 調査の目的・視点

 (1)地域環境特性の把握

 道路事業を実施以前の地域環境及び地域の社会経済状況をより正確に把握すること。とくに計画路線の立地位置周辺の自然環境、環境負荷等の状況をあらかじめ把握することにより、土地利用面から事業実施による著しい影響の発生を回避することにある。 

 (2)将来予測関連データの収集

 一方、事業がもたらす影響の予測に関連して必要となるモデルの選択、各種パラメータ等の設定のためのデータ把握、すなわち現況再現シミュレーションのための各種データを収集することも調査の大きな目的である。

 (3)現況再現性の確保
    
 しかし、従来の道路アセスは、予測が全国一律に画一化されており、地域の環境特性を反映した予測が行われているとは言いがたい。実際、大気、騒音等のシミュレーションの前提であるべき現況を再現するため のシミュレーション(これを現況再現シミュレーションと言う)が、従来 の道路事業を対象としたアセスではなされていない。

2−2 調査の手法

 調査手法としては、既存文献資料調査、現地実態踏査、GIS等をもちいた細密数値データや衛星からの詳細画像の解析調査など、さまざまなものがある。従来、道路事業の調査は、画一的にマニュアル化されており、自然環境や地域の環境資源の保全との関連で道路の計画路線を選定する上で十分合理的な調査がなされているは言いがたい。

 大気環境については、道路事業の計画路線地域における現況の大気汚染濃度や騒音レベルをより正確に把握しておくことが重要である。しかし、現状では、大気汚染については、数日間の現地調査結果を近傍の自治体の測定局の当該測定期間のデータとの間で単相関分析をするだけであり不十分である。現況濃度の把握のためには、現地実態調査、常時測定局データをもとにしたスプライン解析調査など、解析調査を援用することが不可欠である。

 道路交通騒音については、伝搬経路における地表条件及び回折要因をできるだけ正確に調査、把握する必要がある。現状では、全国ほぼ画一的に日本音響学会式及び道路構造別の地表条件補正値を用いている。3dB(A)の誤差は同一車種構成の場合、2倍の交通量に相当することに留意すべきである。

2−3 調査に関する留意事項

 調査は、目的にところで示したように、単に現状を把握すると言うだけでなく、後の将来予測の前提をなすものである。道路事業アセスでは、現況再現シミュレーションによるモデル、パラメータの検証、精査が従来ほどんどなされていない。その結果、どこの地域でも一部を除き、同一の予測モデル、パラメータが用いられている。調査結果を将来予測、事後調査等に反映させること、現況再現性を確保するために援用しなければならない。


3.予測手法の選定に関する基本的要件
  評価手法の選定に関する基本的要件


3ー1 予測の目的・視点

  道路事業における予測の目的は、道路事業がもたらす著しい環境影響を出来る限り精度高く予測し、自然環境破壊、環境負荷の増加を未然に防ぐことにある。

  道路事業がもたらす影響の予測の地理的、社会的範囲は大別して、

  (1)官民境界
  (2)沿 道
  (3)その背後地
  (4)都市ないし地域レベル
  
の4つにおいてなされるべきである。

 道路交通騒音については、(1)及び(2)が重視されるべきだが、大気汚染については、環境基準の設定の主旨からして、住民の健康との関連において、 (1)〜(4)のすべてが重要であり、それらを対象とした調査、予測、評価が必要となる。

 これに対して従来の道路大気アセスでは、(1)、しかも官民境界線上での予測、評価が圧倒的大部分である。これでは道路事業がもたらす影響の一部しか予測、評価されないことになる。

 また自然環境項目との関連では、上記とは別に道路事業によって喪失する土地、自然環境を含めたものが範囲となる。

3ー2 予測の手法

(1)交通量予測

  従来、道路事業のアセスでは、将来予測年次別に日交通量が与件として示されてきた。

 周知のように高速道路、一般道路を問わず、過去におけるそれらの予測交通量の精度は低い。それは、従来のアセスにおける予測交通量は、道路事業者が道路建設の必要性を得る上で実施するいわゆる4段階予測(発生集中、分布交通、配分等)の結果をそのまま援用していることにも原因がある。

 これら予測交通量の精度は、供用段階にある幹線道路の交通量調査結果からも明らかになっている。最も顕著なものとして、本四連絡架橋の児島坂出ルートなどの有料道路がある。当該道路では、予測と実績との間には、約2倍の開きがある。大都市部では、潜在的自動車交通需要が多く、呼び込み効果も大きな事から、予測値と実測値が2倍も異なることはまれであるが、いずれにしても、従前の予測交通量の妥当性、精度には、課題が山積している。

 環境保全の観点からは、可能交通容量の上限を予測値にして影響予測することによって、”安全側”をとるという考え方もある。しかし、道路建設の経済効果などを重視している”政策的予測交通量”を与件とし、それ以降のアセスを行うことは問題といわざるをえない。

 現状の道路事業における交通量予測値の精度を考えれば、少なくとも最低限と最大限の幅により交通量の予測値を示すことが望ましく、それぞれに対応し、影響予測、評価を行うべきである。

(2)車種構成等の予測

 上記の交通量の予測とは別に、車種構成の予測が重要なものとなる。車種は軽乗用、乗用、普通乗用、軽貨物、小型貨物、貨物、バス、貨客、特殊(種)車とともに、エンジン型式(ガソリン、副室ディーゼル、直噴ディーゼル)が含まれる。

 従来、車種構成については、類似道路の構成をそのまま援用することが多かったが、道路建設予定地域の将来における社会経済特性のいかんにより走行する自動車の車種構成も大きく代わる可能性もある。

 可能な範囲ではあれ、交通量と同時に車種構成についても定量的な予測を試みるべきである。

(3)影響予測の範囲

 現状の道路事業における大気汚染予測は、官民境界線上のポイントにおける予測だけが事業者によって重視されてきた。しかし、現実には国道43号線訴訟、西淀訴訟における最高裁判決をみるまでもなく、その背後地における環境影響も重要な意味をもっている。
    
 背後地を含めた濃度勾配及び複雑な道路構造を有する事業の場合には、平面濃度コンターとして予測結果を示すなど、できるだけポイントだけでなく、地域の濃度分布が分かる予測と結果の表示が必要である。

 一方、騒音については、従来から道路端から背後地側へ100〜150m程度を予測、評価していいる。

(4)自動車大気汚染物質の排出係数の予測、設定

  従来の建設省所管道路事業のアセスでは、排出係数、すなわち1台の自動車が1km走行することにより排出される大気汚染物質の量(通常、g/km・台)がきわめて現実から離れた値が使われてきたと言える。

 本来、アセスに用いられるべき排出係数は、

 (1)車種(軽乗用、乗用、普通乗用、軽貨物、小型貨物、貨物、バス、貨客、特殊(種) 車など)
 (2)エンジン型式(ガソリン、副室ディーゼル、直噴ディーゼル)、
 (3)等価慣性重量、車載重量
 (4)登録年次、規制年次、
 (5)将来規制プログラム(平成元年度ディーゼル規制、NOx法規制など)
 (6)車齢
 (7)走行モード

などを考慮して、予測年次別に設定されるべきである。さらに、道路事業予定地周辺における地域特性も考慮すべきである。

  過去における建設省所管道路事業では、全国ほぼ一律の値それも排出原単位をいずれも結果的に過小評価となる排出原単位が事業者によって推奨されている。

 したがって、用いる排出係数については、大型車、小型車等に集約する場合でもその算出根拠をすべて示すべきである。

(5)大気汚染予測モデル及び関連パラメータ

 従来の道路事業の大気アセスでは、道路環境整備マニュアル等によって、実質的に単一の大気拡散予測モデル及び拡散パラメータの使用がほぼ決められてきた現状がある。

 しかし、道路事業に係わる沿道土地利用、道路構造、建築状況、地形等によって大気拡散予測モデルに選択に幅があるべきである。実際、大都市で高層建築物が林立する沿道にあっては、局地的な気象(風向、風速、大気安定度等)が複雑なものとなる。また、高架、地下、堀割、平坦道路が並存するような複雑な道路構造を対象とした影響予測においても、従来の予測モデルは十分それらを考慮したものとはなっていない。

 また大気拡散パラメータ(標準偏差等)についても地域特性を十分反映したものを採用できるようにすべきであると考える。

 実務でも現状では、パソコンがかつての汎用機、スーパーコン並の速度と容量をもっており、大気拡散シミュレーションについても、3次元の流体力学モデル(差分モデルあるいは有限要素法による解)を用いた詳細な予測が十分可能となっている。これら技術進歩を十分考慮した予測技術の指針化と改定が望まれる。

(6)特殊道路構造、走行条件のアセスの実施

 高速道路の場合、通常の走行モードが著しく異なるインターチェンジ、料金所、ランプ等の特殊条件下の道路構造を対象とした詳細なアセスを行うべきである。

 従来、一部試みられてきた特殊条件アセスでは、たとえば排出係数を実走行モード、規制値モードあるいは高速モード値を使うなど、現実の走行と異なったものと使い、結果として環境負荷、環境影響の過小評価となってきた。

 このような走行モードでは、局地走行モードの排出係数を用いるべきある。

 騒音についても同様である。加速域におけるパワーレベルが実質的な道路交通騒音の上限を規定していることから、上記のような特殊条件を対象としたアセスでは、平均的なパワーレベルとは別に連続点音源として連続加速を考慮したパワーレベベルの設定が必要となる。

(7)背景濃度の予測

 過去の首都圏、近畿圏等、大都市部における道路事業の大気環境アセスにおける最大の課題は、おそらく開発予定の道路事業がもたらす環境影響、すなわち道路からの寄与濃度以外のいわゆる背景濃度の予測、設定にある。

 背景濃度の構成要因としては、

 (1)工場・事業所、
 (2)民生(家庭、ビル)、
 (3)飛行機、
 (4)船舶、
 (5)細街路
 (6)他

が考えられる。

 従来、大都市における幹線道路のアセスの多くは、この将来における背景濃度を過小予測することにより、全体として予測年次において環境基準を達成すると言う「アワセメント」シナリオがあった。
 
 将来背景濃度の推定、予測は技術的にも容易なものではなく、これを事業者に任せること自体大きな課題である。東京都、神奈川県、大阪府など従来から窒素酸化物の総量規制地域にあっては、最低でも5年に1度、総量規制のための地域シミュレーションを業務として行っていることから、できるだけそれらの結果を援用できる体制をつくるべきである。

 過去、大阪府がそのような試みをしてきたと聞くが、大都市部では、公共団体が背景濃度設定について責任を有する体制をつくるべきである。

(8)変換モデルの選択

 窒素酸化物予測におけるNO→NO2への変換など、化学反応をともなう汚染物質の予測に関しては、全国画一的な変換モデルの指針化ではなく、複数から選択が可能なもの、現況再現性が得易いものなどを選択可能賭すべきである。これは、SPM、HCなどについても妥当する。


4.環境の保全のための措置の指針に関する基本的事項

4−1 環境保全措置を考える視点

 これについては、基本的には、

  (1)立地、土地利用によって事前に著しい影響を回避する措置
  (2)構造、設計、付帯設備等を設置することにより著しい影響を回避する措置
  (3)事業実施によって喪失する環境・資源等を代償することによる措置

の3つが考えられる。
    
 従来、(2)が中心とされてきたが、(1)について計画立案過程の公表を含め重視すべきである。

4−2 環境保全措置の検討の経過の記述

 道路事業を対象としたアセスは、可能な限り計画立案の早期の段階に適用すべきであり、立地だけでなく、道路の構造、設計を含め代替案を対象とした環境影響評価を行い、その経過をすべてアセス報告書に記述すべきである。

 経過には、上記の(1)〜(3)の経緯も含まれる。

 これによりさまざまな観点から道路計画の環境面から見た妥当性が明確になるだけでなく、社会経済的必要性、妥当性も判断できるようになる。

4−3 評価後の調査等の実施

 事業実施後におおいて実際に生ずる環境影響を環境モニタリングし、予測、評価し、結果を公表することは、アセスの社会的信頼性を確保する上できわめて重要なものである。

 いわゆる事後調査では、当該道路事業からの影響、寄与とそれ以外からの影響寄与を明確に分かることが物理的に困難なことが多いが、そのためにも調査(現況調査)をしておくことが重要なものとなる。

 また、大気汚染のように、年間を通じて事後調査されるべきものについては、大規模事業を中心に沿道に数カ所、常時モニタリング局を設置し、関連データをテレメータ等の手段で収集、整理し事後調査の評価データとして用いるべきである。

 また、建設段階、供用段階で最低それぞれ1回、総合的な事後調査を行い、予測、評価と対比するなどの方法により、アセス内容と実際に生ずる影響との対比を公開する必要がある。その場合、著しく予測値と実測値が異なる場合を含め、その原因、理由を明確にする必要がある。