2000年10月9日(月) 中日新聞

市民がデータ集め来春から全国調査
身近な海辺のダイオキシン汚染

 海は安全か−。ダイオキシン類による海岸部の汚染にスポットを当てた市民参加型の海洋汚染調査が来春、環境問題を多角的にとらえるシンクタンク「環境総合研究所」(東京都品川区)の音頭でスタートする。ほぼ全国に生息するムラサキイガイを対象に、地域別汚染状況を明らかにする。サーファーと研究者が共同調査を行う初の大規模な試みで、神奈川県内でダイオキシンがたれ流された「藤沢ダイオキシン問題」に揺れた湘南を舞台に十月一日、試験調査が実施された。(生活部・山本哲正)

■ほろ苦い冗談

 ウェットスーツに身を包んだ二人が、藤沢市引地川の河口で堤防に張り付いた。海を愛するサーファーたちの全国組織「サーフライダー・ファウンデーション・ジャパン(SFJ)」事務局長の上田真寿夫さん(三八)と「海と自然と砂浜を守る会」の塩阪源一郎さん(三七)。サーフィンを楽しむ若者たちを背に、ムラサキイガイの採取に追われた。

 貝は堤防にガッチリくっついている。金属製のヘラではがそうとする間に、何度も波が打ちつけた。しぶきをかぶった塩坂さんは「あーダイオキシンの海だ」と冗談めかす。サーフィン、観光で多くの人の訪れを待つ地元住民としてはほろ苦い冗談だ。

 作業を見守り、陸部で貝を受ける環境総合研究所の青山貞一所長(五三)、提案者の同研究所、池田こみちさん(五一)、地元サーファーら約十人に交じり、「伝説のサーファー」日本サーフィン連盟相談役坂田道さん(六三)の姿もあった。

 坂田さんが「海の環境問題だ。お手伝いしたい。」と話すと、上田さんがこう補足した。「自分たちが入り、飲むことだってある海のこと。汚染には関心が高い。サーファーが水質を調査するのは、世界の潮流だ」

試験調査の作業に集中する参加者、
ダイオキシン類の分析には、
ムラサキイガイのむき身が200グラム必要とされる
=神奈川県藤沢市の引地川河口で

(上は新聞掲載写真ではなく環境総合研究所撮影)

サーファー団体も協力

■地域間で比較

 研究所は大気のダイオキシン類汚染についてクロマツを指標にした全国調査を、昨年度から生協など市民と共に進めてきている。いわば、その海版だ。

 水産庁に魚介類の調査はあるが、魚種別に汚染具合を明らかにしたものの採取地を公表していない。また環境庁の調査は採取地表示はあるが、調査魚種がそれぞれ異なり、地域比較は難しい。ムラサキイガイの調査で海洋汚染の全国データ地図づくりが可能になる。

 ダイオキシン研究の第一人者、摂南大学の宮田秀明教授(環境科学)も「ムラサキイガイは停留性で、魚よりもその海域の汚染を反映する」と、調査対象の選び方を評価、調査に期待を寄せる。

 SFJとの協力は、藤沢ダイオキシン問題が今年三月に発覚した後、同研究所のホームページでクロマツ調査を見たサーファーが「私たちの入る海は大丈夫か」と問いあわせてきたのがきっかけ。もともと環境問題への意識が高かったSFJと協議し、十数人参加の試験調査にこぎつけた。来年度は本格調査の一回目として、全国三十ヵ所で行う計画を立てた。

 池田さんは「全国のデータをそろえ、行政と共に汚染源を追求、海の浄化に役立てたい。さらに正確な情報を市民に共有してもらえば、データに基づかずに魚介類の取引が減る風評被害を防ぐことにもなるのでは」と話している。

試料採取の様子
(上は新聞掲載写真ではなく
環境総合研究所撮影)

標本の貝採取 参加者確保が課題

■1地点7万円

 本調査に向けての課題は参加者の確保だろう。一兆分の一グラムレベルの分析になるため一地点の調査に約七万円程度の費用がかかる。費用負担のあり方はまだ検討中とはいえ、参加者が多いに越したことはない。採取もずいぶん楽になる。

 青山所長は「伝説のサーファーの参加に、海をきれいにしたい熱意を感じた。調査で得られるものは、汚染実態の把握だけでなく、サーファー、漁師、研究者、市民が一緒の場所、時間を共有することでもある」としており、SFJを通じてサーファーに呼びかけるほか、各地で海を愛する人々にも連携を求めていく。

 海洋汚染調査の問い合わせは同研究所=電03(5759)1690=へ。

採取したムラサキイガイ
(上は新聞掲載写真ではなく環境総合研究所撮影)

採取したムラサキイガイの一部
(左は新聞掲載写真ではなく
環境総合研究所撮影)

環境総合研究所

 環境科学や環境政策の専門家によるシンクタンク。自治体の環境政策立案支援などを営利部門とし、非営利部門の自主研究では「ナホトカ号の重油流出の環境予測」「湾岸戦争の地球環境への影響予測」などがある。青山貞一所長は、アジア経済研究所などで環境アセスメントの技術を磨いた。

藤沢ダイオキシン問題

 環境装置産業の大手メーカー荏原製作所の藤沢工場(神奈川県藤沢市)で、超高濃度のダイオキシンが8年にわたり引地川から相模湾へとたれ流されていたことが、今年3月に分かった。工場排水路と引地川合流点で1リットルあたり8100ピコグラムを検出。ダイオキシン対策法では河川水の環境基準を同1ピコグラムと定めており「基準の8100倍」と世間を驚かせた。

 直後に漁業や観光に「風評被害」も出たが、県と市は6月、「周辺地域での海水浴や魚介類の採取で健康に影響が生じる恐れはない」と事実上の「安全宣言」を出した。


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