Dioxin Bulletin & Review NO.14 10 September 2000よりムラサキイガイを環境指標とした
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目 次
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1999年度はクロマツを「生物指標」として大気中ダイオキシン類(以下、ダイオキシンは原則としてDXNと略)の汚染状況を北海道から鹿児島まで3万人の市民の参加を得て把握し、大きな成果を収めることができた。巻末にあるように2000年度もクロマツを用いたDXN監視運動を中国・九州地区を中心に継続する。今年度はそれに加え海域のDXN類汚染状況を知る新たな取り組みを提案したい。
廃棄物の焼却等により排出されるDXN類は、一方で煙突から大気中に排出され、他方焼却灰、飛灰は海・山に埋め立てられ、最終的に海に流出していく。河口や海ではプランクトンから小魚、魚類・鳥類と食物連鎖でDXN類は濃縮され、最終的に人間の食卓に戻ってくる。ヒトが体に取り込むDXN類のおよそ90%は食物からと言われているが、中でも魚介類からの摂取割合が50%以上と群を抜いて高いと言われている。日本人の食生活は近年欧米型になりつつあるとはいえ、まだまだ魚介類は主要な蛋白源である。日本人の食生活に欠くことの出来ない食材である。にも係わらず魚類の汚染状況についての人々の関心はあまり高まっていない。
本ニューズレターの7〜8号*1で既に紹介しているが、環境庁は平成10年度全国一斉調査として北海道から沖縄までの水生生物に含まれるDXN類の調査を行っており、魚介類368サンプルの平均値が2.1pg-TEQ/gという結果が報告されている。この値は米国環境保護庁(EPA)の魚類に対する警告値(1.2pg-TEQ/gを上回った場合には食用として適さない)を遥かに超える値であり、日本人として大いに危機感を持つべき数値である。さらに、日本の漁業を司る農林水産省の直轄官庁である水産庁も、日本の沿岸魚類及び遠洋魚類についてDXN類調査を実施しているが、いまだに結果の全容が明らかにされていない。
一方、地方自治体でも調査が進められている。東京都では平成9年度から東京内湾魚介類のDXN類調査を実施している*2。それによればスズキ、ボラ、コノシロの3種各10匹の平均は、5pg-TEQ/gを上回っており、東京・神奈川・千葉の大都市に囲まれた東京湾に生息する魚類の汚染が極めて憂慮すべき事態であることが明かとなっている。
(*1,*2) Dioxin Bulletin & Review 7,8号
特集 日本の近海魚類のダイオキシン汚染!
さらに、2000年春、神奈川県藤沢市の荏原製作所が長年にわたって高濃度のDXN類を含む廃水を公共用水域に垂れ流していた事件が発覚し、引地川が流れ込む湘南海岸一帯では、魚類への影響が心配されると共に、サーフィンや海水浴などマリーンレジャーを楽しむ人々の間にも不安が広がった。今年から、魚介類については、小売段階で産地を表示することが制度化され、消費者も店先に並ぶ魚介類の産地を気にするようになってきている。
そこで、今年度から、陸のクロマツに代わるバイオモニター(生物指標)として海のムラサキイガイを地域の海域の汚染を知る指標に選び、市民参加による海の汚染測定監視運動を転換することを提案したい。島国日本の海はどこまで汚染されているのか、主要な港湾や海岸ごとに同じ指標を分析することによって相対的な比較が可能となり、日本のDXN類対策をさらに一歩進める上で重要なデータが得られることが期待される。
まず、「ムラサキイガイ」とはどのような生物か、おさらいしておくこととする。
ムラサキイガイ(イガイ科)
分布:日本各地、世界中の温帯地域。
殻長:6cm
特徴:日本の沿岸を席巻しているヨーロッパからの帰化種。
成貝が船舶に付着してきたのだろうか、1920年代に神戸港付近で発見され、1950年中頃には全国で見られた。在来の近似種のイガイやムラサキインコガイがそのあおりを受けて減少したように言われたことがあるが、この2種は本種よりも外洋性なのであまり競合しない。むしろカキやアコヤガイの上に着性して被害を与えている。ムール貝は本種のことだが、日本では取って食べようとする人は少ない。(小学館 フィールド・ガイド20 海辺の生物、松久保晃作著より)
摂南大学宮田教授の著書、岩波新書「ダイオキシン」より各地のムラサキイガイのDXN類濃度について以下に紹介しておくこととする。二枚貝のムラサキイガイ(ムール貝)は定住型であり、世界中の海域に広く生息している。そのため海洋汚染の適切な指標生物と考えられ、多数の環境汚染物質のモニタリングに利用されている。
図2−1ムラサキイガイ中のDXN類濃度(PCDD+PCDF+Co-PCBs)
単位:pg-TEQ/g
出典:宮田秀明著 岩波新書「ダイオキシン」より作成
ムラサキイガイ中のDXN類濃度(pg-TEQ/g)は、最小値の沖縄の0.2と最大値の愛知県の9.9の間で50倍も違いがあり、海洋汚染に著しい地域差があることがわかる。高濃度地域は、愛知、大阪、神奈川、千葉であり、人口密度が高く、商工業活動の盛んな大都市沿岸である。逆に低濃度地域は、沖縄、高知、北海道、岩手及び日本海側の各地である。この汚染傾向は大気の場合と類似しており、DXN類汚染は都市型汚染であることがさらにはっきりしてくる。
また、宮田教授等は、人為汚染の非常に少ない北海道利尻島に生息するムラサキイガイを大阪湾で飼育し、約4ヶ月後に蓄積濃度が最大に達し、その後は平衡状態になることを明らかにしている。すなわち、取り込み量と排出量が同じになるときが約4ヶ月後になり、このときの蓄積濃度が生息域の平均汚染濃度を反映するものと考えられると結論づけている。
環境庁は、平成10年度全国一斉調査の一環として368サンプルの魚介類の中で、15サンプルのムラサキイガイを調査している。その結果は次表に示す通りである。
下記15サンプルの平均は、コプラナーPCBを含め1.107pg-TEQ/gとなっており、図3−1、図3−2に示すように、採取地により違いがあるものの、全体としてダイオキシン(PCDD)、フラン(PCDF)、コプラナーPCBの順に濃度が高くなり、コプラナーPCBの構成比は平均で68%に達している。これは、コプラナーPCBがPCDD、PCDFに比べて親水性が高く、生物濃縮性が高いことを裏付けている。
自治体名 | 地域分類 | 所在地 | 調査地点(公表用) | 毒性等量[pg-TEQ/g] (WHO1997) |
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PCDDs | PCDFs | PCDDs +PCDFs |
Co-PCB | PCDDs +PCDFs +Co-PCBs |
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千葉市 | 大都市 | 中央区 | 都川 都橋 | 0.026 | 0.000 | 0.026 | 0.588 | 0.613 |
東京都 | 発生源 | 目黒区 | 目黒川 太鼓橋 | 0.162 | 0.409 | 0.571 | 1.034 | 1.605 |
新潟県 | バックグラウンド | 佐渡郡相川町 | 相川町海域 達者沖 | 0.159 | 0.134 | 0.293 | 0.309 | 0.602 |
兵庫県 | 発生源 | 尼崎市 | 大阪湾(1) 尼崎港沖 | 0.154 | 0.354 | 0.508 | 1.242 | 1.750 |
神戸市 | 発生源 | 中央区 | 大阪湾(1) 神戸港中央 | 0.189 | 0.243 | 0.432 | 1.216 | 1.647 |
島根県 | バックグラウンド | 隠岐郡五箇村 | 福浦海水浴場 海水浴場内 | 0.220 | 0.150 | 0.370 | 0.200 | 0.570 |
岡山県 | 発生源 | 岡山市 | 児島湾水域 旭川河口部 | 0.058 | 0.160 | 0.220 | 0.420 | 0.630 |
山口県 | 大都市 | 防府市 | 三田尻湾・防府海域HD-2 三田尻中関港 |
0.006 | 0.082 | 0.089 | 0.250 | 0.340 |
山口県 | 中小都市 | 柳井市 | 柳井・大島海域ND-9 柳井港 | 0.300 | 0.340 | 0.640 | 0.470 | 1.100 |
愛媛県 | 発生源 | 伊予三島市 | 伊予三島 川之江海域 | 0.130 | 0.105 | 0.235 | 0.584 | 0.819 |
愛媛県 | 発生源 | 伊予三島市 | 伊予三島 川之江海域 | 0.155 | 0.258 | 0.413 | 0.586 | 0.999 |
愛媛県 | 発生源 | 伊予三島市 | 伊予三島 川之江海域 | 0.160 | 0.481 | 0.640 | 2.514 | 3.154 |
熊本県 | 中小都市 | 本渡市 | 有明海 | 0.226 | 0.177 | 0.403 | 0.662 | 1.065 |
大分県 | 発生源 | 別府市 | 別府港 BSt-9 | 0.108 | 0.173 | 0.281 | 0.702 | 0.983 |
大分県 | 大都市 | 大分市 | 大分川 弁天大橋 | 0.080 | 0.067 | 0.147 | 0.584 | 0.730 |
平均 | 0.142 | 0.209 | 0.351 | 0.757 | 1.107 |
図3−1 ムラサキイガイ中のDXN濃度(毒性等量)
図3−2 ムラサキイガイ中のDXN類濃度(毒性等量構成率)
出典(表3−1、図3−1、図3−2):平成10年度、ダイオキシン類緊急全国一斉調査結果について
また、DXN類の同族体パターンを見ると、以下に示すように、採取地による若干の違いはあるものの、いずれも、4塩素化体が高く7、8塩素化体は低い濃度となっていることがわかる。これは、宮田教授が大阪湾北港で採取し分析された結果と同様のパターンとなっている。
図3−3ムラサキイガイ中のDXN濃度(同族体パターン)
<大都市近海>
<発生源近傍>
<バックグランド地域>
出典:宮田秀明著 岩波新書「ダイオキシン」より作成
一方、東京都が実施した平成10年度東京都内湾のDXN類生物汚染状況調査結果によると、隅田川河口、荒川河口、多摩川河口、中央防波堤外側の各地点から採取した10サンプルのムラサキイガイの平均毒性等量はPCDD+PCDFが
0.58pg-TEQ/g(ND=O)、コプラナーPCB類が平均1.1pg-TEQ/gとなっている。
図3−4 東京内湾のムラサキイガイのDXN類構成
注)サンプルの採取地 | No.1〜No.2 隅田川河口 No.3〜No.4 荒川河口 No.5〜No.6 多摩川河口 No.7〜No.10 中央防波堤外側 |
この結果を、先に示した環境庁の全国一斉調査と比較すると、DXN類(PCDD+PCDF)は、全国15サンプルの2倍、コプラナーPCB類は1.5倍となっており、東京内湾の汚染が著しいことが伺える。
図3−5 全国一斉調査と東京内湾調査の比較
DXN類の異性体分布を見ると、10検体のほとんどが同様の異性体分布を示しており、DXN類濃度もそれほどばらついていない。ダイオキシン、フラン共に4塩化物が多いことが特徴である。同一置換塩素数のとき、水溶解性はPCDD、PCDF、コプラナーPCBの順に大きくなることが明らかとなっている。
図3−6 東京都内湾のムラサキイガイに含まれる
DXN類(PCDD+PCDF)の同族体パターン図
一方、コプラナーPCB類の異性体分布を見ると、mono-ortho(モノ−オルソ)の5塩化物が非常に高くみられ、その次にnon-ortho(ノン−オルソ)の4塩化物と、mono-ortho の6塩化物がほぼ同量ずつ蓄積されている。mono-orthoの5塩化物は、non-orthoの4塩化物とmono-orthoの6塩化物の20倍近くも多い。
図3−7 東京都内湾のムラサキイガイに含まれる
コプラナーPCB類の同族体パターン図
魚介類のDXN摂取経路は水からであるといわれている。宮田教授によれば、
「一般水環境下では、大部分のDXNは底質に存在している。底質中のDXNは、水に溶解した後、水生生物に取り込まれる。しかし、底質は有機物を多く含み、DXNを強く吸着するため、水への溶解量は極めて少ない。したがって、底質から魚への移行量は少ない。(中略) 底質から魚への移行率は、底質の有機物含有量が多いほど低くなる。生息域の底質の状況によって生物濃縮率は大きく異なる。(中略)
DXN類の生物濃縮率は、PCDD、PCDF、コプラナーPCBの順に大きくなり、コプラナーPCBが最もとりこまれやすい。魚の場合、コプラナーPCBの濃縮率は、PCDDの230倍、PCDFの110倍も高い。同一置換塩素数の場合、水溶解性は、PCDD、PCDF、コプラナーPCBの順に大きくなる。水溶性の高い化合物ほど底質から水、水から生体への移行率が増加する。(中略)
以上のように、環境から水生生物への汚染移行は各DXNの物理的性質、媒体の種類及び生物の生息条件に大きく左右される。とくにコプラナーPCBの生物への高度な移行傾向は、我が国の大都市付近の沿岸魚に大きなインパクトを与える結果となっており、高濃度のサッパ、コノシロ、イシモチでは、濃度の約90%をコプラナーPCBが占めている。(中略)水環境の上層から中層に生息する魚類は、呼吸と食物摂取によりDXNに汚染される。呼吸の場合は、水からエラを経由して、食物摂取の場合には、餌を経口的に摂取した後、胃腸を経由して体内に取り込まれる。(後略)」
そこで、荒川河口や多摩川河口の水質(DXN濃度)について見てみることとしよう。平成9年度に東京都が報告している内湾DXN類調査結果では、以下のようになっており、
単位 | 平成9年度 | 平成10年度 | |
---|---|---|---|
隅田川河口沖 | pgーTEQ/L | 0.007 | 0.033 |
荒川河口沖 | pgーTEQ/L | 0.009 | 0.11 |
多摩川河口 | pgーTEQ/L | 0.056 | 0.063 |
中央防波堤沖 | pgーTEQ/L | 0.051 | 0.085 |
我が国の水に係わる環境基準1.0pg-TEQ/Lは達成しているものの、米国環境保護庁のガイドライン値である0.013〜0.014pg-TEQ/Lを超えている水域もある。これらの結果から、水質の分析結果が低いからといって、生物に対する影響、生物への蓄積量が相対的に小さいとは言えないことを示している。
摂南大学の宮田教授によれば、「底質や海水を比較して、ムラサキイガイ中のPCDDとPCDFは極端に四塩化体が多く、七塩化体及び八塩化体の高塩素化体になるほど取り込み率が低下し、とくに両化合物ともに八塩素化体は極端に取り込み率が低かった。
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一方、排出速度は両化合物のほとんどの異性体間で差異はなかった。したがって、ムラサキイガイの特異的な汚染は、主に各異性体の取り組み率の差に起因する。これは魚類の場合と同様に、高塩素化体ほど分子サイズが大きく、また海水の浮遊粒子などへの吸収性が増加し、直接的及び間接的な両方の取り込みに際して物理的サイズの制約を受けるためと思われる」と説明している。
図4−1 大阪湾北港における底質、海水及び
ムラサキイガイ中のDXN濃度と組成の比較
<ムラサキイガイ同族体パターン>
<海水同族体パターン>
<底質同族体パターン>
出典:宮田秀明著 岩波新書「ダイオキシン」より作成
大阪湾北港の海洋汚染データを利用すると、我が国の沿岸における海水中のDXN濃度は、ほぼ0.02〜0.94pg-TEQ/Lの範囲にあるものと推測されるとしている。
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