所沢周辺・日の出町ダイオキシン類
大気拡散シミュレーション

青山貞一 環境総合研究所
 
SCIAS(旧科学朝日)1999年3月号 朝日新聞社

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 「産業産銀座」とまで呼ばれる所沢市周辺。広域ゴミ処分場をめぐり住民が不安を募らせる東京・日の出町。十分な情報開示もなく、行政をどこまで信用していいか、判断もしにくい。そこで、環境総合研究所(本社・東京都品川区)の青山貞一所長に独自にデータを解析した結果を報告してもらった。(サイアス編集部)


図1 所沢周辺の焼却炉分布

 所沢市北部・東部や三芳町、入間市、狭山市など、所沢周辺地域には、図1に示すように、たくさんの廃棄物の焼却設が立地され、産廃銀座とも呼ばれている。とくに所沢市、狭山市、川越市、三芳町、大井町の5市町が接する通称「くぬぎやま」には、1時間当たりの焼却量が4トンを超す焼却炉を含め、20以上の焼却炉が立地されている。

全国的にも例がない60ヶ所もが集中

 関越自動車道の所沢インターチェンジ付近にも、やはり20近くの焼却炉があり、全体としてわずか9キロ四方の範囲に60ヶ所に及ぶ廃棄物の焼却施設が集中している。

 これらの焼却施設は、図1に中●で示した所沢市の西部および東部清掃工場、入間市清掃工場などを除き、民間施設である。もちろん、全国を見渡しても、このような地域は所沢地域以外にはないだろう。

 図2は、所沢地域に集中立地されている一般廃棄物(一廃)及び産業廃棄物(産廃)の焼却施設から拡散するダイオキシン(DXN)がどう広がるかについて、コンピュータを使いシミュレーション(模擬実験)した結果を示している。

煙突が高い分だけ周辺市町村に広がる

 排ガスの量や温度、煙突の高さなどの基礎データは埼玉県環境生活部に事業者が届け出たものを使った。また風向・風速など年間気象データは埼玉県、所沢市から情報の提供を受けた。

 しかし、肝心な産廃施設から出るDXNの排ガスデータは最近になるまで皆無に近かった。そこで図2の模擬実験では、一廃、産廃ともに排ガスDXN濃度を一律100ng-TEQ/m3Nと仮定して、年間の平均濃度を推定した。図の中で、赤い部分がダイオキシンの汚染濃度が高い部分を示している。

 模擬実験結果を見ると、「くぬぎやま」から「東所沢」さらに清瀬市など隣接する自治体にDXN汚染がひろがっている様子がよく分かる。実際、東京都環境保全局が毎年実施している大気中のDXN調査のうち所沢に隣接する清瀬市下宿で測定しているデータで検証してみると、下宿の濃度データは、たとえば1997年の夏に1.5〜2.1pg-TEQ/m3(8月27〜28日)である。

 測定値は1日平均値であり、年平均値と単純に対比出来ないが、模擬実験結果とそこそこ合っていることが分かる。ちなみにこの年の東京都全体の平均濃度は、0.81〜0.94pg-TEQ/m3であり、下宿の値は平均の約2倍、東京で一番高い値となっている。焼却施設の排ガス濃度を、もし一律10ng-TEQ/m3Nとする場合には図中の目盛りを1/10として読めばよい。

 一方、図3図4は、図2の結果の内訳、つまり一廃と産廃それぞれの寄与分を示している。一廃では地上で高濃度が見えないが、これは煙突が高いためである。ダイオキシンは、煙突が高い分、間違いなく周辺市町村に広がっている。

農業だけでなく子供も心配な状況

 所沢の北浦恵美さんたちがつくる「中新井の環境を考える会」は以前から、埼玉県に産廃業者の排ガスデータの情報開示を請求してきた。すると、昨年末になってやっと23産廃施設分のデータが県から開示された。その結果をもとに産廃分について模擬実験したのが図5である。図を見ると、業者が県に出したデータによる模擬実験結果では、図3の濃度の一部しか出ていないことが分かる。つまり、データの多くは通常、産廃業者が燃やしている状態での測定ではないことになる。

 「くぬぎやま」や「東所沢」にはたくさんの農地が広がっている。それらの農地にもDXNが降り注いでいる。今回の模擬実験をもとに総合評価すれば、所沢の高濃度地区では農業活動だけでなく、幼児、子供の遊び場などについても何らかの制限が必要となるかも知れない。


図2 所沢周辺地域のシミュレーション結果(全体)


図3 所沢周辺地域のシミュレーション結果(産業廃棄物分)

図4 所沢周辺地域のシミュレーション結果(一般廃棄物分)


図5 所沢周辺地域のシミュレーション結果(産廃業者データ分」

独自の情報開示請求でDXN濃度を発表

 昨年4月、有名な東京・日の出町の谷戸沢広域処分場に三多摩の27のゴミ焼却施設から持ち込まれる焼却灰、飛灰について、服部美佐子さんら「自区内処理を実現する市民プロジェクト」が独自に情報開示請求により調査したDXN濃度データが発表された。

 この調査では排ガス濃度は最高で、163.681ng-TEQ/m3N、灰の濃度は最高で44ng-TEQ/gであった。ゴミの焼却に伴って生ずるDXNの約8割が灰に含まれると推定されながら、そのDXNがどう周辺に飛散するかは、全国2400カ所もあると言われる最終処分場周辺住民にとって重大事である。


 日の出町処分場を管理する事務局は、「各焼却場を出る時点で灰に水をかけ、処分場まで運搬後、用意しておいた土砂で覆土するので場外への飛散はない、また構造上もあり得ない」と言明し、飛散の可能性を指摘する中西四七生さんら「日の出の森・水・命の会」の主張を退けてきた。

 私たちは、処分場からDXNが周辺地域にどう飛散するか、専門的に言えば再浮遊後、どう移流、拡散、沈降、沈着するかについて、その過程を解明する目的で自主研究を開始した。


図6 処分場から飛散するダイオキシンのシミュレーション結果(風の流れ)

非常に複雑な局地風まるで「谷戸おろし」


図7 処分場から飛散するダイオキシンのシミュレーション結果(DXNの飛散1)

 ポイントは、谷戸沢処分場の周辺は地形が 非常に複雑であること、地元で谷戸おろしと呼ばれる複雑な風の流れをどう再現するかにあった。

 具体的には、@処分場に持ち込まれた灰が風や大型車両の走行による巻き上げでどのように再浮遊するか、A再浮遊した粒子状の物質が複雑な地形や気象のもと、どう場外に移流、拡散するか、B飛散した粒子状物質がどう周辺の土壌や水質に付着、沈降するか、を推定することを明らかにすることである。

図8 処分場から飛散するダイオキシンのシミュレーション結果(DXNの飛散2)

 

 図6、7、8は、3次元の流体力学モデル(差分法)と高速パソコンを使い模擬実験した結果の一部を示している。風の流れを予測した後、DXNの飛散を模擬実験する方法である。

 結果は図のように、複雑な地形の影響から局地風が非常に複雑なものとなっている。風はトルネードとなり谷を上った後、一気に風下の集落「玉の内地区」めがけ移流・拡散している。まさに「谷戸下ろし」である。図中、矢印が風向、矢の長さが風速を表し、赤から青の色がDXNの濃度を表している。

飛散状況を検証するため、98年11月、谷戸沢広域処分場の周辺地域5地点で土壌のサンプリング調査を行い、サンプルを私たちと技術提携しているカナダの化学分析ラボに送りDXNの測定分析を依頼した。その結果が図9に示されている。

 この結果は、98年12月4日の『朝日新聞』1面トップにも紹介されたのでご存じの読者も多いだろう。

 数値は、処分場の外周部のハイキングコース近くで293.7pg-TEQ/gの高濃度が検出されたのをはじめ、玉の内地区の田島画家の自宅裏の梅林で112.8pg-TEQ/g、処分場から1400メートル離れた中西さんの自宅裏庭でも15.3pg-TEQ/gが検出された。

 同族体を定性分析した結果、いずれも同じパターンとなっており、検出されたデータが処分場から飛散したDXNであることが分かる。(図10

図10 測定分析結果の同属体パターン
図9 処分場周辺の土壌中のダイオキシン濃度測定分析結果



 


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