世界環境規制ニュース2月号(Vol.7, No.2, 2002)発行:(株)環境新聞社

市民参加のダイオキシン調査〜市民がつくる環境政策

環境総合研究所 常務取締役 副所長
池田こみち へのインタビュー記事

注)本誌掲載版と記述が異なる部分がある場合があります。

本ホームページの内容の著作権は筆者と株式会社環境総合研究所にあります。複製、転載することを禁じます。


情報の共有化が重要

――国際ダイオキシン学会(韓国・慶州)で論文を発表した目的は。


韓国慶州で開かれた国際ダイオキシン会議で発表する池田こみちさん
 「今回発表した論文は市民参加による松葉を生物指標とした環境大気中のダイオキシン類調査。松葉を指標としてダイオキシンを測ることはヨーロッパでも行われているが、大気と松葉がどういう関係にあるか、相関関係についての論文は今までなかった。私たちがこの間分析してきた約400検体の松葉に蓄積されたダイオキシンのデータを国際学会で発表することは、今までこれだけのデータを解析した研究はなかったので国際的にも貢献できると思った。また、松葉中と大気中のダイオキシン類濃度にどれだけの相関関係があるのか、など難しいと思われることを市民参加によって調査をすることの意義、一部の学者、行政機関だけではなく一般市民と専門家が連携しながら調査をすることの社会的な意味など、学術的な成果とともに、市民参加による調査方法を世界に伝えたかったことも目的のひとつ。 今回、市民が自主的に松の調査に参加したとは大変意味深い。みんなが努力してやったことが国際的にも評価され、役立っていることを背後にいる何万人もの人達にもちゃんとフィードバックすることも私どもの1つの役割だと思っている」

――実際、学会に参加してみてどうだったか。

 「初めての参加だったので何に焦点をあてればいいのか、どんな反応があるか期待と不安があった。市民参加によってこうした学術的な調査を行うということも初めてだったと思う。汚染マップを作ったり、300、400の松のデータを解析し、実態の把握と汚染の低減に役立てている。本来、国が主導して行うべきプロジェクトであるにもかかわらず、市民が500円1000円のお金を寄付してやっていることは非常に驚きであるという反応があった。国内でも地方での反響が大きかった。情報をいかに共有化するかがとても重要だ。どんなに貴重かつ重要な成果であってもそれが一部の学者や学会だけのものでは社会化されない。重要な発見、新しい発見が世の中の人達にどういう意味があるのかを必ず伝えていかなければいけない。学術的な分野に市民が参加するきっかけになる。そういうことで言えば非常に意味があった。単に市民参加でイベント的に調査活動をやるのではなく、そこで集まったデータを分析・解析して(分析はカナダ)ちゃんとした形で学会に発表して、自分たちの成果を科学的にも裏付けていこうというコンセプトは最初からあった。論文には生協の人達、摂南大学の宮田秀明教授、カナダ分析技術者たちも名を連ねた。国際的でもあり各層の人が協力しあっているところが特徴だ。
 この調査(測定監視運動)は、環境中のダイオキシン類の濃度を知るだけではない。自分達のくらし方、ごみの出し方、自分達の町のごみ対策(分別、焼却法など)などすべてに直結している。市民がデータを得ることで、なぜ自分達の町は隣町より濃度が高いのか。自分の家ではそんなにごみを燃やしていないのに、どうしてこんなに高いのか(地図上で赤い色になるのか)。そのことによって違法な産廃焼却施設が見つかったり、一般廃棄物焼却施設の運転管理状態などが分かる。今後、条例を作って産廃を規制した方がいいとか廃棄物対策を市民が行政に提案できる。そういうことを市民が行政に言えるようになることが重要だと思う。政策とか社会を変えていくための1つの力になる。ただ感情的に焼却炉は嫌だとか言うだけの市民活動は、これからの時代は受け入れられない。科学的根拠をもって、きちんと理解されるような方法をとらないと、ただの苦情とか地域エゴとしか扱われない。そういう意味では今回の調査結果はすごく力になっていると思う。各地の裁判で証拠としても活用された。
 現状では、地方自治体は国から言われた通りの方法でダイオキシンを測定分析している。その方法の科学的な課題や費用対効果、得られたデータをどう活用するかなどについて十分理解しないで測定している。その測定方法は必ずしも最善ではないし、完璧ではない。このことを地方レベルから国に向けて改善させていきたい。税金を使って測っているのだから、住民にとって意味のある、何らかの目安になるデータが得られるような測定をしてほしい。今回の松葉の調査で、そういったことが少しずつ広がってきているのは有意義なことだ。


日本ではごみを焼却することが前提

 今、各地で市民は行政に松葉を測るように要望している。最初は国や自治体も松葉を測るつもりはないと一方的に突っぱねていた。しかし、学術的にも認められれば行政も無視はできなくなる。最近では、環境省でも理解し評価するようになってきている。これは、非常に大きな動きだと思う。今までは、なかなかそういったことはなかった。市民の寄付だけでは、長期間調査を続けるのは難しい。九州エリアでは3年間は市民だけで頑張って松を測ったけど、それから先は行政に調査して欲しいと請願活動を展開しており、既にいくつかの市や町では採択されている。市町村が予算を出して小学校の校庭にモニタリングの松を植えたりしている。非常にインパクトがあることだと思う。
 東京では、国分寺市が市内にモニタリング用の松を30本くらい植えることを予算化した。今後、それを使って行政がモニタリングしていく。杉並区も区内の13カ所で松葉を測っている。千葉県の柏市では新規施設の立地に先だってバックグラウンド濃度を把握するために松葉を使ってダイオキシン類を測定した。これらは市民からの要望によって実現した調査である。あちこちで、市民と行政の協働による調査が実現している。」

――論文への反響は。

 「私の口頭発表の会場には百数十人が出席していた。参加者からは、「松葉を使えば焼却炉の排ガス濃度が一定レベルに下がっているかどうか、ちゃんとモニタリングできるんですね」、「国家レベルでやることを住民参加でやっているのはすばらしい」という感想もあった。
 焼却炉問題のほとんどは先進国の問題で分析技術が上がれば上がるほど、研究が進めば進むほどダイオキシンが人間や地球規模の生態系にとってどれだけ危険なものかが明らかになっている。それによって各国が基準を厳しくしている。発がん性、胎児毒性などを見ていると他の先進国に比べ日本の政策、法律はまだ遅れていると感じる。ヨーロッパ、アメリカに比べてダイオキシンに対する規制、基準の内容が不十分だ。ダイオキシン類対策特別措置法の中身を見なおし、改善していくことも必要。日本では基本的にごみは焼却することが前提となっている。焼却技術は若干上がっているが基本的な考えは変わっていない。ヨーロッパでは、いかにごみを焼却しないか。いかにごみを減らすか。そこの部分にエネルギーを注いでいる。生産者責任、排出者責任を厳しく問う仕組みを導入して廃棄物の削減に努めている。また、不法投棄対策の規制も強化している。それに対して日本の対策は、まだまだ生ぬるい。先進的な技術で焼却を推進して最終処分場を延命しようとしている。これは、ヨーロッパ、アメリカとの環境問題への意識の違いだ。国レベルよりも市民レベルの違いが大きいと思う。日本では、どの程度汚染されているかなど基本的な情報はできるだけ市民に公表したくないという行政の体質がまだまだ強い。狂牛病や所沢のダイオキシン事件にしても、いち早く安全宣言してことの本質に触れたくない、危ない物は見せたくない、高い濃度が出たときは隠したいという体質。
 それに対してヨーロッパは牛乳にしてもどのレベルまで達したらそれを全部政府が買い上げて廃棄するとか明確な方針を持っている。そういった情報の共有化の部分でも日本とヨーロッパでは全然違う。日本人はここ数年、特に所沢のダイオキシン事件以降ダイオキシン問題についてようやく騒ぎだし、関心も高まった。しかし日本の魚、近海魚がどの程度の汚染レベルか実態を知らない。水産庁、環境省は調査しているが、そのデータを分かりやすい形で消費者に提供していない。それをみると、まだ国民の側の認識もあまい。一般市民の魚介類の汚染に対する認識は低く、ごみは高温で焼却すれば安全だという誤解も蔓延している。基本的にごみ問題解決に向けての認識が不充分であるような感じがする」


――日本では市民がごみ処理に参加できる環境がないと思うが。

 「個人的にはごみを減らそうとか、燃やすのを止めようと思っても現実問題としてごみを出さなければならない環境にある。一連のシステムが焼却・埋立依存型になっている。今、日本で一番欠けているのは学術レベルで市民側をサポートする動きが少ないこと。大学でも環境分野を研究している研究者、分析機関も多い。商業ベースで分析している会社も多い。しかし、これらの人達が市民とか地域で起こっているいろんな問題にどれだけ役割を果たしているか疑問だ。ほとんど役割を果たしていないような気がする。商業ベースで、高い予算で行政から委託されたものは分析するが市民が頼んでも分析してもらえず、断られるという実態もある。そのへんの溝がものすごくあるような気がする。私たちのような小さい研究所が日本では唯一、市民側のサポートをしている。市民側というのは市民の側に立ってではなく、市民から委託されたことを第三者的にいい物はいい、悪い物は悪いとちゃんと測定して値を返す。こういうことをやっている所は、まずないのではないか。私達は、ボランティアではなく、市民からお金を取ってやっているけどそういったところも極めて少ない。「儲け仕事はやるけど、ちょっとでも行政から睨まれることはしたくない」というようなことが蔓延している。こうした風潮は大学の先生達にも共通していると思う。その辺の意識の違いがある。
 国や国立研究所、他の民間企業の方々も参加し発表していたが、日本がこういった場所で発表する内容は国際的にどういうものを出せば貢献できるのか、日本の実態を分かってもらえるか、そういうところがないといけないと思う。論文のための論文を出してもあまり意味がない。国際的に貢献できるような日本からの論文が少なかったような気がする。どちらかといえば5年前の数値はこうだったが今はこのくらいに下がったなど結果報告的なものが多かった。このような国際学会では私たちのような地道なもの、日本の実態を国際的に伝えるようなものが喜ばれるのではないか」


市民と行政の間に大きな溝

――池田さんが興味を持った論文は。

 「沢山ありすぎて特定に困るが、展示会場で面白いものがあった。日本にはまだ導入されていない焼却の排ガス濃度を測定する装置だ。日本の法律では自分達で煙突からの排ガス中のダイオキシン濃度を測る。焼却炉の事業者が年に1回法律に乗っ取って4時間以上排ガス濃度を測定して届け出る。しかし365日稼動している焼却炉で年に1回4時間位測って何が分かるのか前々から言われていた。
 それに対してベルギーでは焼却炉の排ガス濃度は連続測定することが義務づけられている。4,6週間連続測定する装置を開発してベルギー国内15箇所の全焼却炉に取り付けられている。ドイツでも一部このような装置が取り付けられている。日本はこれだけの焼却炉を抱えているのに今まだ年に1回だけの焼却炉の排ガス濃度の測定で済まされている。これには非常に疑問がある。日本でも連続測定してその排ガス濃度や稼働状況を市民に開示していくことは非常に大切なことだ。いくらアセスメントで「影響は軽微」などと言っても実際稼動してからの状況は違う。それを地域住民に保証していくことは最低限の義務だと思う。
 法律は事業者側に有利なようにできている。法律にそって測定されたデータが単に開示されるだけでなく、その数値がどういう意味を持っているかについて、NGOや大学の研究者、専門家が係わって、国の測った数値の解説をしていく必要があると思う。そういうことをやる人がいない。大学の先生も自分の論文を書くためにはそれを使うけど、それを市民が理解できるようにわかりやすく解説したりする人がいない。アメリカやヨーロッパでは多くのNGOが専門家を抱え弁護士を雇って情報やデータを「トランスレート」して自分のホームページに解説したものを載せたりしている。日本と海外の違いは情報開示であり共有化。どれだけ透明性があるかだ。
 環境問題に関して日本は技術面、例えば焼却炉技術は世界一だと思う。しかし政策というのはハード面だけではなくソフトの面こそ重要である。住民に対してどれだけ実態を伝えてきたのか、住民の参加を得ながらごみ処理の政策を作ってきたのかとなると疑問が残る」

海洋汚染は大気汚染が原因の一つ

――今後、興味をもっている研究内容は。

 「松葉に関しては、3年間分の市民参加の調査結果をまとめて、濃度レベルでどう変化したか、地域ごとにどのように改善が行われたか、一度総括することを考えている。各地域の市民活動がどういうふうにデータを役立てたか、その成果もまとめていきたい。
 松葉の調査は大気の問題だが一方では海洋を対象とした調査にも取り組み始めた。ムラサキイガイを指標として海の汚染(ダイオキシン濃度)の比較を全国レベルで行おうとしている。サーファーの国際組織であるサーフライダーズ・ファウンデーション・ジャパン(SFJ)という組織があって、そこの人達と一緒にやっている。海と大気は一見違うようだけど非常に関連がある。焼却したものは最初大気汚染になり雨によって海にいく。東京湾の魚が汚染されているのもこのようなことが原因のひとつだ。調査活動を通じて海と空気は非常に近いものだということを訴えていきたい。
 今年度から、ムラサキイガイのデータが蓄積していくので、松葉の調査に参加した地域には海の情報も伝えていって空気を汚すこと、つまり焼却を続けていくこと、内陸に焼却灰を埋め立てていくことは結果的に魚を汚染することにつながる。そのことをみんなに伝えていきたい。2001年度は、日本全国20カ所くらいでムラサキイガイの調査をしているので、2002年5月くらいには結果が出せると思う。市民が自ら自分たちの環境のことを測定していく活動を何らかの形で続けていけば行政に対する影響力も大きい。そういうことを継続できればいいと思っている。今後はムラサキイガイの研究結果も学会に出そうと思っている」

----以上

 掲載誌では、この後に、2000年度の調査結果一覧表と濃度順グラフが掲載されています。


(C)Copyright by 株式会社 環境総合研究所

 本ホームページの内容、掲載されている仕様、グラフィックデータ等の著作権は株式会社環境総合研究所にあります。無断で複製、転載・使用することを禁じます。